的外れな議論の末に見えた現実〜みずほ銀行特別調査委員会報告書より(後半)

目指した理想に立ちはだかった壁(その2)〜「個人情報保護」の壁

さて、提携ローンに関する反社対策の徹底、という高邁な理想を掲げていたみずほの担当者が突き当たったもう一つの大きな壁が、「個人情報保護」の問題である。

調査報告書によると、平成23年1月にみずほFGとみずほ銀行、そしてオリコの担当者が、経済産業省を訪ねて「個人情報(顧客情報)の共同利用の可否」について照会しているのだが、それに対する担当官の回答は、

「オリコは個人情報保護法のみならず経済産業省が公表する「経済産業分野のうち信用分野における個人情報保護ガイドライン」の適用を受けるところ、同ガイドラインは、「与信事業者は、同法第 23 条第 4 項第 3 号に規定する共同利用を行う場合には、利用目的において、その旨特定し」、「契約に係る同意を確認する書面において、その旨特定することとする。」と規定されているため、かかる書面による同意なく共同利用を行うことはできない」(59〜60頁)

という身も蓋もない杓子定規なもの。

もちろん、調査報告書にも書かれている通り、これはあくまで、「キャプティブローンの反社チェック」という文脈で行われたものではないし、みずほ銀行側の顧客情報を、「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」に則ってオリコと共同利用する、という選択肢も残されていたのだが*1、これだけ厳しい見解をもらってしまうと、その内容をFAXの写しで知った担当者が、

みずほグループの不芳属性先情報をオリコに還元するという態勢作りが個人情報保護法から実現困難であり、したがって、本キャプ
ティブローンの入口チェックもまた実現困難であると認識するに至った」(60頁)

と考えてしまうのも、やむを得ないことだといえるだろう。

調査報告書では、

「事後チェックが既に実施されていたように、オリコ側が保有する本キャプティブローンの顧客情報を入手することは、みずほ BK が金銭消費貸借契約上の債権者であることから当然適法にできる事項であって、オリコからみずほ BK に対する顧客情報の提供が問題となるものではなく、他方、みずほ BK からオリコに対する不芳属性先に関する情報提供の可否は、上記経済産業省の見解が根拠とした「経済産業分野のうち信用分野における個人情報保護ガイドライン」とは別に、金融庁の公表する「金融分野における個人情報保護に関するガイドライン」に照らして検討する必要があった。」(60頁)

と、あたかもコンプライアンス統括部の担当者が、誤った解釈をしたかのような指摘がなされているが、法形式的にはみずほ銀行が契約当事者になっているとはいえ、顧客の側から見れば、個人情報を取得したのはあくまでオリコであって、みずほ銀行ではない、という現実がある以上、事前の同意を経ることなく顧客情報の提供を受ける、というのはかなり勇気のいることである*2

それまでの反社チェックは、みずほ・オリコ間で極秘裏に行われていたから良かったものの、それを業務フローに完全に組み込んで、結果が顧客にまでフィードバックされるようになった時にどんなトラブルにつながるか・・・と考えると、反社チェックを継続して行うかどうかすら、担当者は躊躇したはずだ。

ましてや、みずほ側が有している顧客情報(不芳属性先情報)などは、機微情報の最たるものであり、いかに別のガイドラインが存在するといっても、担当者側では、到底リスクを乗り越える気にはならなかったに違いない。

かくして、理想に向けた取り組みはとん挫することとなり、その後は、「重要」と思われていた仕事がスポイルされていく時に良くある、典型的な経過をたどっていく。

2回目の事後チェックの結果は、コンプライアンス委員会、取締役会に報告されていたものの、記載事項は大幅に削減。
3回目以降の事後チェックの結果については、コンプライアンス委員会に対する報告さえなされなかった。

平成23年5月以降は、オリコとの折衝においても、みずほ銀行の担当者は、反社チェックの強化に向けた積極的な働きかけは行っていない。

その間、社内監査によるチェックを受ける機会もあったが、コンプライアンス統括部の担当者は、監査サイドの担当者に対して、「入口チェックができない理由」を説明したのみで、監査サイドも半ば遠慮気味に踏み込まなかったため、問題が大きく取り上げられることはなかった。

・・・こういった一連の対応については、調査報告書の中で、

(1) 当初は取締役会やコンプライアンス委員会に報告されていた定期の本キャプティブローンの事後チェックの結果について、その頭取への報告を義務付ける関連規程があるにもかかわらず、取締役会やコンプライアンス委員会にその報告がなされなくなり、
(2) 当初は検討課題とされていた入口チェックの導入の可否や本キャプティブローンの債務者に限定しないみずほ FG の反社情報のオリコへの還元の可否等は、その後の担当役員への報告書や業務計画において、課題認識から欠落し、
(3) 経営課題の達成状況の検証を行うべき業務監査部は、本キャプティブローンの問題を認識しながら、監査報告書において十分な指摘を行わず、
(4) 金融庁の指摘がなされるまで、反社会的勢力との取引の解消に向けて、更なる抜本的取組みが行われることがなかった。
(83頁)

とまとめられ、その後のまとめの記載においても、厳しく指弾されている。
確かに、調査報告書がいうように、こういった対応が、「本キャプティブローンが自行の貸付債権であるという意識が希薄であったこと」や、「反社会的勢力との関係遮断に組織として取り組むことの重要性に対する役職員の認識が不足していたこと」等に起因する、といってしまえばそれまでなのだろう*3

だが、それ以上の抜本的な対策を打つための糸口が見えず、半ば不毛なルーティンワーク化していた「反社チェック」作業について、あえて報告するモチベーションが湧かないのは、人間として当然の心理だし、旗振り役の頭取、役員までいなくなってしまっている状況で、あえて“嫌われ者”になってまで、取引先に「事前チェック」を強要できる担当者は、そうそういるものではないだろう。

その後の金融庁対応のところも含めて、報告書では、もっぱらコンプライアンス統括部の「C氏」の行動が記載され、明に暗に、その行動が批判されているようにも読めるのだが*4、自分が同じ立場にいても、実際に取ることのできた行動は、大差なかったのではないかなぁ・・・と思わずにはいられないのであり、それこそが、本報告書を涙なくして読めないもの、と自分が評価する所以である。

結局、何が問題だったのか?

さて、ここまでで引用してきた調査報告書における認定事実を読んで、大組織特有の問題こそ感じられるものの、「あれほど大騒ぎするような話だったのか?」と思った人は、決して少なくないはずだ。

金融庁の処分の内容は、http://www.fsa.go.jp/news/25/ginkou/20130927-3.htmlに記載されている通り、

(1)提携ローン(注)において、多数の反社会的勢力との取引が存在することを把握してから2年以上も反社会的勢力との取引の防止・解消のための抜本的な対応を行っていなかったこと、
(2)反社会的勢力との取引が多数存在するという情報も担当役員止まりとなっていること、等
経営管理態勢、内部管理態勢、法令等遵守態勢に重大な問題点が認められた。

というものであるが、(2)については、みずほ銀行社内における調査ミスの結果に過ぎず、早い段階で頭取にまで報告されていたことは、前編でご紹介したとおりである*5

なので、問題は(1)ということになるが、「取引の防止」に関しては、少なくとも「事後チェックを徹底的に行う」という対策には、早い段階からみずほ銀行側でも着手しており、反社認定先情報のオリコのデータベースへの登録も行なっているのであって、少なくとも「何もしなかった」という批判は当たらない。

もしかすると、金融庁は、

「銀行たるもの「反社」と名の付くものとの取引一切を排除せねばならず、そのためには「事前チェック」以外の対応しかありえない、そして、万が一取引の存在が発見されたら、発見され次第、直ちに取引を解消しなければ対策をとったことにはならない」

という思想に立脚しているのかもしれないが*6、みずほの担当者が頭を悩ませたように、信販会社経由の提携ローンレベルの取引でそれをやろうとすれば、おそらく、この種の信用供与スキーム自体が成り立たなくなるし*7、少なくとも既に契約が成立している相手に対して、単に「反社」というだけの理由で、期限の利益を奪うようなことをしたら、逆に相手に訴えられて金融機関側が敗訴するリスクさえ負うわけで*8、上記のような主張に則って処分を行ったのだとすれば、それはいささか勇み足に過ぎるように思える。

また、金融庁の処分を善解して、大組織にありがちな「対応が野ざらしになってしまったこと」、あるいは「組織として問題意識が共有されておらず、検査に対して要領を得ない回答が多かったこと」*9を戒める意図だったと考えるならば、まぁ分からないでもないところだが、そうだとすれば、処分理由の記載は少々刺激的に過ぎるし、それを受けたメディアも騒ぎ過ぎだった、というほかない*10

いずれにしても、調査委員会報告書が世に出たことで、的外れな議論は今後影を潜め、複数事業者が提携する場面において、不適切な顧客の情報を共同利用することの難しさ、だとか、反社条項を発動することの法的なリスク、それゆえに、世間がいうほど単純に「反社対応」は進まないのだ、といった、本質的な問題に目が向けられることを、個人的には期待したいと思っているのであるが、果たしてどうなるか*11

新しい生贄を次々と見つけ出して、紋切り型の批判で叩くだけがメディアの仕事であってはならないはずで、“大企業組織の病理”的なものを叩くにしても、ちゃんと報告書で描かれた現実を踏まえて(疑問があるなら、さらにその裏まで取ったうえで)、論じてほしいなぁ・・・というのが、今の率直な思いである。

*1:残念なことに、同じ法律の解釈でありながら、所管官庁の違いによって、時々規制のレベル感が変わってくることはあるし、経産省の場合、ガイドラインに書いていないことまで、“口先指導”で規制しようとしているきらいがある。今回の話からもそういったところが透けて見える。

*2:顧客の申し込み時の書式に、共同利用に関する承諾欄がある、あるいは、提出先としてみずほ銀行が明記されている、といった事情があれば話は別だが、申し込んだ時点でどの金融機関が融資するかも決まっていない商品に関し、そこまでの手立てが講じられているとは思えないし、実際そうなっていなかったからこそ、担当者は問題意識を持ってしまったのだと思われる。

*3:他に、調査報告書では「役職員の退任・異動により課題認識の断絶が生じたこと」、「組織としての課題取組みの継続性を担保するための制度が機能しなかったこと」、「反社会的勢力の問題の経営陣に対する報告の行内ルールが明確性を欠き、行内に十分浸透していなかったこと」等々、8つの「原因」が挙げられている。

*4:ただし、さすがに報告書も、状況を考慮してか、明確にC氏を批判するような記述は避けている。

*5:なお、調査報告書では、この経緯について「金融庁の入検時に、Cが事後チェックの結果はコンプライアンスに報告されていない旨回答した」のが原因であるとし、その後の記者会見等においても、「Cが言うのであれば間違いないと軽信していた」としている(78〜81頁)。個人的には、会社全体にとってはともかく、担当者にとっては極めて重大な体験だったはずの一連の対応について、単なる“記憶違い”で「(一度も)報告しなかった」という回答をした、と結論づけるのはちょっと不自然な印象も受けるが、調査報告書が個人責任の追及を目的としたものではない以上、そういう纏め方の方が穏当だとは思う。

*6:現に、みずほ銀行は、金融庁の入検後、一度は現実的ではない、として選択肢を否定していた「反社会的勢力と判明した顧客に対する貸付のオリコへの保証債務履行の請求」を行うこととしたようである(80頁)。個人的には、オリコに対して代位弁済を求めることで、「みずほ銀行が当該債務者を(オリコから入手した間接的な情報によって)反社と認定していることが債務者に知れることになる」というリスクは大きい上に(万が一、みずほ銀行保有している反社情報が不正確なものであったりした場合には、大問題になりかねない)、それをしたところで、結局、オリコが対応に窮することになるだけだから、非現実的な解決策だと思っているし、特別調査委員会も同様の感想を抱いたからこそ、報告書56頁にこの解決案の採否に対するみずほの判断を簡単に記載しただけで、それ以上深追いしなかったのだろうと思うのだが・・・。

*7:いずれ、他行においても金融庁が同様の検査をすれば、面白いほど、同種の話がわんさか出てくることだろう。みずほの方がまだマシだった、という話にすらなってしまうかもしれない。

*8:今回のケースでは、銀行・顧客間で成立する金銭消費貸借契約の約定に、暴排条項が盛り込まれていない、という大問題がある(報告書では、オリコ側で作成した定型的な約定のつくりに問題があり、かつ、銀行側が取引約定に一斉に暴排条項を入れた際にも、チェック対象とならなかったことが原因である、と指摘されている)が、仮に、暴排条項があったとしても、その発動が適法な行為として認められるかどうか、といえば、いまだ有識者の見解が定まっていないところである。

*9:この辺はあくまで憶測に過ぎないが。

*10:もちろん、調査報告書が指摘するように、「経営陣への過去の報告の有無に関する貴行の説明が変転したこともあり、実態以上にこの問題に対する社会の疑惑を増大してしまったことは否めない」(102頁)のも事実なのだが、それにしても、あのバッシングはひどすぎた。

*11:日経新聞の月曜法務面などを見ていると、この期に及んでもなお「(コンプライアンスを徹底するために)社外取締役を取り入れることが欠かせない」などという、ピントはずれなコメントが載っていたりもして、何だかなぁ・・・と思ったりもするのだが(ちなみに、今回のみずほの件では、社外取締役の出席する会議にも、ちゃんと、「キャプティブローンの顧客に、反社チェックに引っかかったものがいる」という情報は出てきているのであるが、結局、問題の本質が指摘されることのないまま、やり過ごされているのが実態だったのであり、「社外取締役を通じたガバナンス、コンプライアンス」といっても、その程度が結局は限界なのだと自分は思っている)。

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