「消費者裁判手続き特例法」は誰に影響を与えるのか?

法案化されるまでには、それなりのプロセスを経てきたものの、ひとたび動き出せばあっという間に・・・という感じで、昨年末の混乱を極めた国会の中で、サックリと可決されたのが「消費者の財産的被害の集団的な回復のための民事の裁判手続の特例に関する法律」である*1

「集団的消費者被害救済制度」というタイトルで議論されていた頃から、経済界からの反対の声が強かった、ということもあってか、日経新聞では、閣議決定された直後、

悪徳商法集団訴訟 被害者救済へ特例法案」

とあたかも、典型的な「悪徳商法」だけが適用対象になっている法律、と見まがうかのような見出しでこの法律を報じていた*2のだが、中身をきちんと読めば、そんなに射程の狭い法律ではないことは明らか・・・ということで、年が明けてからは、一気に「企業」活動への影響を懸念する記事を連発している。

まずは、2014年1月12日付朝刊の社説で「実りある消費者救済制度に」というタイトルで、上記法律の内容を簡単に紹介した上で、

「国会審議では、担い手となる団体への支援のあり方と、企業活動に不当な影響を及ぼさないようにするための対策を検討することが付則に盛り込まれた。乱訴は誰にとっても得にならない。団体を適切に認定、監督できるよう、経済界と消費者の声を踏まえて納得のいく指針を設けたい」
「ともすればこの制度は、懲罰的な巨額賠償で知られる米国のクラスアクションと同一視されがちだが、実際は異なる仕組みである。日本では請求できる範囲も大幅に絞り込まれている。正しく理解してもらう努力が必要だ。」(強調筆者)

と、新制度に一定の評価を与えつつも、運用等における慎重な配慮、理解を求めるトーンのコメントを表明。

そして、翌日の法務面では、さらに多くの紙幅を割き、

「集合訴訟 どう備える」

という見出しで、「消費者裁判手続き特例法」の成立について、様々な見解を紹介している*3

製品事故リスクを警戒する東芝の副社長のコメントや、小売業者(ヤマダ電機)のコメントを掲載し、さらに落合誠一・中央大法科大学院教授のコメントとして、

「多数の消費者と定型的な契約を結ぶための約款について、特例法の仕組みを使って無効の訴えを起こされる可能性があると指摘。『企業は約款をチェックする必要がある』と警告する」

というところまで指摘しながらも、「賠償請求、適用範囲狭く」という小見出しで、拡大損害や人身損害が対象外であることを紹介し、

「導入当初は企業への影響は小さいとの見方が多い。」

と纏めるあたりは、さすが経済紙・・・という印象を受けるのだが、それでも、「(訴訟件数が)特例法ではある程度多くなる」という弁護士のコメントを載せてみたり、「施行3年後の見直し規定」で、拡大損害などが対象に加えられる可能性があることを示唆するなど、まさに“アメとムチ”的な記事である。

これまであまり関心を持ってこのニュースをウォッチして来なかった担当者でも、新年早々、上司からこの記事の切り抜きを突きつけられ、“さぁ、どうしよう”と途方に暮れる、というケースが、これから出てくるのではないかと思われる。

新法は経済活動にどれだけのインパクトを与えるのか?

そこで、こういった親切半分、煽り半分の記事を受けて、我々はどう振る舞えばよいのか、ということなのだが、やはり、今回成立した法律の中身を見る限り、「きちんとした会社なら全く影響がない」と言えるほど、呑気に構えていて良い状況ではない、と自分は思っている。

請求の対象から明確に除外された取引類型も確かにあるものの、

(1)契約上の債務の履行の請求
(2)不当利得に係る請求
(3)契約上の債務の不履行による損害賠償の請求
(4)瑕疵担保責任に基づく損害賠償の請求
(5)不法行為に基づく民法の規定による損害賠償の請求

という3条1項各号に基づく請求は、消費者と企業の間のトラブルをほぼ全て含む、と言っても過言ではない。

また、拡大損害や逸失利益、人身損害、慰謝料といったものが含まれない、といっても、取引の対価自体がそれなりの金額になっているような事例であれば、最終的に請求が認容される金額もかなり大きくなるのは間違いないわけで、日経紙が強調するほど「適用範囲が狭い」わけではない、というのが、自分の率直な感想だ。

これまで、差止請求しかできなかった適格消費者団体の側にしても、“実績づくり”のプレッシャーはかかってくるだろうし、「金銭的な損害賠償」がそれなりに見込めるようなケースであれば、迷わず第一段階訴訟の提起を考えるだろうから、最初の何年かは、かなりの数の訴訟が係属することになっても不思議ではない。

とはいえ、大手企業を相手に、これまで争われてきた本人訴訟や、それに準じるような“チャレンジ訴訟”で、企業側がほぼ例外なく勝ってきている、という現実からも分かるように、それなりに社会に名の通った会社が、きちんとプロセスを踏んだ上で市場に送り出している製品やサービスであれば、新法ができたからといって直ちに裁判所で否定されまくるような事態に陥ることは、ちょっと考えにくい。

これまでの経験上、いい意味でも悪い意味でも、「特定のサービスに対して一部の消費者が抱く損得勘定」よりも、「消費者全体が享受しうるメリットや、商品・サービス市場の安定性」といったものを重視する傾向が強いのが、伝統的な日本の裁判所、裁判官ではないか、と自分は感じているし、トラブルが中途半端に“集団化”“運動化”する(その結果、和解等で解決する途まで閉ざしてしまう)ことを嫌う裁判官も、依然として多いはず。

それゆえ、商品・サービスのユーザーのほとんどが「これはひどい」と声を上げるような事態に陥っていない限りは、なかなか事業者側に「共通義務」を認めないのではないか・・・というのが自分の見立てである。

事業者側の担当者であれば、誰もが“一番風呂”の熱湯に浸かりたくない、と思うのは当然の心理だが*4、仮に、無理やり一番風呂に突っ込まされてしまったとしても、その会社なりの「理」と「信念」がそこに存在するのであれば、それを使って淡々と反論していけば、新法ができたからといって、これまでと大きく結論が変わることはない、と言ってよいのではないだろうか。

本当のインパクトは別のところにある?

さてそうなると、今回の新法が何かを変えるとしたら、どこに対してなのか・・・ということが気になるのだが、個人的な印象としては、やはり、消費者側の事件を担当する弁護士の先生方への影響は、それなりに出てくるのではないか、と思えてならない*5

これまでは、勇気と財力のある消費者が、それぞれの弁護士に委任して追行していた損害賠償請求事件について、第一段階の手続きを適格消費者団体が独占する形となり、そこで勝った場合には、「簡易」な手続きで、個々の消費者から同団体に授権がなされることによって、淡々と手続きが進んでいく。

もちろん、適格消費者団体の訴訟代理人以外の弁護士でも、相談を受けて手続きのアドバイスをするくらいの関わり方は、引き続きすることができるだろうが、適格消費者団体が存在感を発揮すればするほど、訴訟の表舞台に立つ弁護士の絶対数が減ってしまうことは避けられない。

また、他の消費者と「共通の権利義務」を有するとはいえ、問題解決に至るまでのスピード感だとか、解決方法に対する感覚は、個々の消費者によって大いに異なることが予想され、あえて「集団的被害救済」のスキームには入りたくない、と思う消費者も少なからずいるはずだから、本来であれば、適格消費者団体の訴訟遂行の状況にかかわらず、個別に争える可能性は残しておいた方が良いと思うのだが、残念なことに、新法には、

第62条 共通義務確認訴訟が係属する場合において、当該共通義務確認訴訟の当事者である事業者と対象消費者との間に他の訴訟が係属し、かつ、当該他の訴訟が当該共通義務確認訴訟の目的である請求又は防御の方法と関連する請求に係るものであるときは、当該他の訴訟の受訴裁判所は、当事者の意見を聴いて、決定で、その訴訟手続の中止を命ずることができる。

という規定もあるから、よほどの事情がない限り、一部の消費者が適格消費者団体の意向から離れて独自に訴訟を進めることは難しいだろう。


こういったややこしい話にならないように、一般的に弁護士が受任するレベルの事件と、そうではない事件*6との間で、弁護士と適格消費者団体とのすみわけが上手にできればよいのだが、果たしてそううまくいくのかどうか・・・。

法律はできたものの、目に見えるような変化を実感することはできず、かえって当事者の納得感がそがれただけ・・・という不幸な結末を招かないように、これから新法の施行に向けて、運用面からの、しっかりとした詰めの議論が進められることを、自分としては、期待するのみである。

*1:法案の内容、及び成立経緯等については、消費者庁のHP(http://www.caa.go.jp/planning/index14.html)を参照のこと。

*2:日本経済新聞2013年4月19日付け記事。

*3:日本経済新聞2014年1月13日付け朝刊・第17面。

*4:それゆえ、第一線でトラブルを引き起こしがちな商品・サービスを抱えているような会社は、今一度、運用面も含めてしっかりと対処法を検討する必要もある。

*5:この点については、以前のエントリーでも何度も書いてきたことである。http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20111226/1324916012など参照。

*6:例えば、事案の複雑性に比してあまりに請求額が低額過ぎ、弁護士を使うとペイできない、と思われるような事件など。