表彰台に立てなかった彼女のこれから。

日本時間では2月11日から12日に日付が変わってからの数時間。
それまでスピードスケートの男女500m、ジャンプのノーマルヒルフィギュアスケートの団体と、事前の煽りの割にはなかなか結果が伴わず、ネット上でも“ため息”を聞かされたことが多かった今回の五輪で、初めて日本人が素直に喜べる瞬間がやってきた。

4回転技を決めたスイス人に金メダルこそさらわれたものの、あのショーン・ホワイト選手ですら苦しんだソチのハーフパイプで、平野歩夢平岡卓の両選手が堂々の演技を決めて「銀」「銅」と一気に2つのメダルを獲得!

そして、そのままテレビを付けていれば、スノボで取れなかった一番きれいな色のメダルを、世界の第一人者・17歳の高梨沙羅選手が取る・・・はずだった。

だが・・・

1回目のジャンプでトップとほとんど差のない3位に付けていた高梨選手は、2本目で全体の9位、というまさかの低スコア。
金メダルはおろか、表彰台にすら立てない4位、という、彼女の今シーズンのW杯での実績を考えれば、信じられないような大惨敗となってしまった。

五輪に出場する日本選手の中には、世界レベルの大会で実績をコンスタントに残しているわけでもないのに、なぜかメディアに愛され、競技が始まるまで散々持ち上げられた末に、箸にも棒にも・・・という戦績で大会を去る者も決して少なくはないが、高梨選手の場合は、2011/12年のシーズンくらいから、毎年W杯や世界選手権で安定した成績を残してきており、今季に至っては既にシーズン13戦中10勝、残る3回も2位2回に3位1回、とほぼパーフェクトな成績を残している。

身びいきが過ぎる国内メディアのみならず、外国のメディアでさえ「ポケットの中に金メダルが入っているのか?」と本人に聞き、金メダル確実予想を出すくらいだから、少なくとも表彰台に立てないような事態に陥ることは考えにくいレベルの選手だったはずなのに・・・と、もう早朝に差し掛かる時間帯に、目にしたテレビの向こう側の光景に、自分は驚き、落胆するほかなかった。


公式記録を冷静に眺めてみると、高梨選手の飛距離自体は、上位の他の選手と比べても、そんなに目劣りするものではない。

1位 フォクト選手(ドイツ)     103.0m(76.0点)飛型点53.0点 風-2.2点 126.8点
                   97.5m(65.0点)飛型点53.0点 風+2.6点 120.6点 247.4点
2位 イラシュコ選手(オーストリア) 98.5m(67.0点)飛型点54.0点 風-0.8点 120.2点
                  104.5m(79.0点)飛型点49.0点 風-2.0点 126.0点 246.2点
3位 マテル選手(フランス)     99.5m(69.0点)飛型点56.0点 風+0.7点 125.7点
                   97.5m(65.0点)飛型点55.0点 風-0.5点 119.5点 245.2点
4位 高梨選手(日本)        100.0m(70.0点)飛型点51.0点 風+3.1点 124.1点
                   98.5m(67.0点)飛型点50.0点 風+1.9点 118.9点 243.0点

1回目のフォクト選手の103.0mや、2回目のイラシュコ選手の104.5mといった爆発的な飛距離こそ出ていないものの、不利な追い風の中で100mまで距離を伸ばした1回目のジャンプなど、飛距離だけを見れば、高梨選手も決して上位の選手に見劣りしない。

にもかかわらず、表彰台に立てなかったのは、飛型点がことごとく上位3選手を下回ることになってしまったから。

高梨選手の敗因を伝える日経紙の記事には、以下のようなくだりがある。

「唯一の弱点ともいえた飛型点を向上させるため、昨夏から着地でテレマーク姿勢を入れることを最優先に練習を積んできた。(略)今季のワールドカップ(W杯)では得点源にするほど課題を克服しつつあったテレマークを、五輪本番では2回とも入れることができなかった。追い風に背後からたたかれるような感覚で飛びながら、足が前に出なかった。『本当に出さなきゃいけないときに出せなかったのは準備不足。力の足りなさを痛感させられた。』(日本経済新聞2014年2月12日付け夕刊・第13面)

競技のスローモーション映像を見ていた時は、「何でそこで体勢を決められないの?」と評論家的な突っ込みを入れたくもなったのだが、おそらく当の本人にしてみれば、実際にジャンプ台からスキーを履いて飛んだことがないほとんどの日本人には分からないような、微妙な感覚のズレがあったのだろう。
そうでなくても踏み切りのタイミングを合わせるのが難しい、とされるソチのジャンプ台と、得点補正だけではまかないきれないような「風」が、高梨選手をわずか4.4点差の中に上位4選手がひしめく繊細なメダル争いの犠牲者にしてしまった・・・


ノルディックスキージャンプ競技というのは、かつての原田雅彦選手の例を挙げるまでもなく、もともと当日の環境やコンディション自体で、結果が大きく左右される“一発勝負”性の強い競技だし、先ほどの「テレマーク」の話だとか*1、今季ですら欧州で行われたW杯との相性は決して良くないことなど、高梨選手にも全く死角が存在しないわけではなかった*2

それだけに、本当はそういった事情もきちんと事前に報じるべきなのにそれをせず、「飛べば金メダル確実」くらいの勢いで、大会前に煽り続けたメディアにも、多くの人々を落胆させた原因の一端はある、というべきなのだろうが、今それをいったところで、当の本人にとっては何の慰めにもならないだろう。


まだ若い高梨選手には、もちろん「次」がある。

ただ、前々シーズンまでは無敵の強さを誇っていた19歳のサラ・ヘンドリクソン選手が、大きな故障で戦線離脱を余儀なくされ、何とか復帰した今大会でも21位に終わっている・・・ということからも分かるように、今の年齢が17歳だからといって、高梨選手に次の五輪での盤石な地位が保障されているわけではないし、単に見ているだけの人間が思うほど「次の4年頑張る」ことは容易ではない、と思う。

だからこそ、今は、メディアや世論の心ない声が、未来ある17歳の平昌に向けた準備を妨げることがないように、と、願うのみである。

*1:かつてサラ・ヘンドリクソン選手との間でライバル関係を続けていた頃は、ことごとく飛型点で負けて勝ちを逃していたし、その後もつい最近まで弱点として指摘され続けていた話だ。

*2:今シーズンのW杯はBSでも放映されていたので、何戦か見ていたのだが、その中の解説でも、高梨選手がまだ盤石の存在ではない、ということは、度々指摘されていた。

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