ショートプログラムの翌日の新聞では、まるで“キャリアの終わり”が訪れたかのような非礼なコメントを浅田真央選手に浴びせていた各メディアだったが、一夜明けた昨日の夕刊から今日の朝刊になると、うってかわって、フリーの演技を称える記事と“佐藤コーチとの4年間”を語る美談づくしの記事であふれている。
確かに昨夜の彼女の演技は、“逆襲のチャルダッシュ”以来の“奇跡”と言ってよいほど素晴らしいものだったし、佐藤信夫コーチと歩んできたバンクーバー五輪後の4年間に様々なドラマが詰まっていたであろうことは容易に想像が付くのだが、こういう手のひら返しを露骨に見せつけられてしまうと、(毎度のこととはいえ)少々うんざりしてしまう。
そして、もっとうんざりするのは、浅田選手の演技と並び、空前のハイレベルな戦いとなった最終グループの選手たちの演技への言及が、思った以上に少なかったこと・・・。
今大会の男子もそうだったが、通常、五輪レベルの大会になると、最終グループ独特の緊張感や、そこに立つまでに蓄積されてきた疲労の影響などから、本来の力を必ずしも発揮しきれない選手、というのが必ず出てくるもので、「ミスをしなかった者が勝つ」という展開になることが常である。
だが、今回の女子フリーは、いい意味でそんな経験則が裏切られた、“異例”の展開になっていたわけで、各メディアが“報道機関”を自称するのであれば、その事実をもっと丁寧に報じてほしかった気もするところである。
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最終グループの最初に滑ったリプニツカヤ選手は、中盤で、張りつめたものが壊れてしまったかのような不安定さを覗かせ、団体戦の時のパーフェクトな演技には程遠かったが*1、それでもスクリーンから飛び出してきたような“赤い服の少女”を最後まで演じ切り、15歳とは思えない見事な表現力の片鱗は十分に見せていた*2。
そして、2番滑走のコストナー選手の“ボレロ”は五輪史に残る名演技。
地元の期待を一身に受けて滑ったトリノ、欧州で堂々の実績を積み重ねて臨んだバンクーバー、と、前評判では常にメダル候補と目されながらも、肝心の本番、しかも比重が大きいフリーの演技で、ことごとくジャンプを失敗し、下位に甘んじてきたのがこれまでのコストナー選手だったのだが、今回は、“ボレロ”の独特のリズムに合わせ、女性選手にしてはダイナミックな体を最大限に躍動させて、場内を興奮の渦に巻き込む素晴らしい演技を見せた。
トリプルアクセルや3回転-3回転コンビネーションのような大技こそないものの、ジャンプを確実に決めて、3回転ループ以外はすべてでGOE加点付き。
さらにスピン、ステップはすべてレベル4。
元々、速いテンポの曲でスピードに乗り過ぎて、ジャンプをコントロールできない、というパターンが目立った選手だっただけに、今回は、スローな三拍子、というテンポが幸いしたのかもしれないし、ともすれば退屈になってしまいがちなこの曲が、元々表現力に定評の曲があったコストナー選手の魅力を引き出すのにちょうど良い触媒だった、ということなのかもしれないが、いずれにしても、彼女の演技を見終わった時、「これで今大会の金メダルは決まった」と思った視聴者も少なくなかったことだろう。
しかし・・・ここからさらにもう一つのヤマが来た。
3番滑走、地元の大きな声援を浴びて登場したソトニコワ選手が、出だしから豪快なジャンプを連発。
最終組で滑るレベルの他選手と比べても、滞空時間が明らかに群を抜いており、当然ながら高いGOE加点を得ながらプログラムが進んでいく。
3回転フリップ+2回転ジャンプ2種類の3連続コンビネーションでは、勢いが付きすぎたのか最後の着氷が乱れたものの、そこから先も豪快な勢いは止まらず、最後のジャンプを決めて、コレオシークエンスに入っていくあたりで、もう既に会場は興奮の渦。ざわざわとスタンディングオベーションが始まっているような雰囲気になっていたのがテレビの向こうからも伝わってきた。
それまでフリー首位だった浅田真央選手のスコアを上回るフリーのスコアを叩き出し、コストナー選手を上回ってこの時点で首位に。
豪快でありながら、指先までしっかりと神経が通った演技を見せるところは、さすがロシア選手、の一言に尽きるところで、演技構成点の高さも、先のコストナー選手と彼女に関しては十分納得が行く。
で、本来であれば、2人続けての大歓声に飲まれて、引き立て役に回っても不思議ではないのが、このあとを滑る選手たちなのだが、続くグレイシー・ゴールド、アシュリー・ワグナーという米国勢も、傍から見ている分には大きなミスなく滑り切る。
後からスコアシートを見ると、エッジエラーだったり、回転不足だったり、と細かいミスは出ていたようだし、それゆえ、最終グループの演技者たちとの比較の中で、順位的には今一つ最上位層には届かなかったものの、ソトニコワ選手が作り出した会場の空気を、自分たちの方に引き寄せるには十分過ぎるほどの演技だったと思う。
そして、最終滑走者は、SPで首位に立っていたキム・ヨナ選手。
ソトニコワ選手との比較で言えば、(曲調の違いを差し引いても)ジャンプに勢いが足りなかった気がするし、スピン・ステップの安定感が見劣りしたことは否めなかったが*3、それでも休み休み大会に出ていた選手とは思えないような質感の演技だった。
結果、ジャンプでは上位選手では唯一、GOEの減点なし。
本来であれば、他の選手に大きな差を付けるはずだった演技構成点で、ソトニコワ選手に“肉薄”される結果となってしまったことで、最終的に逆転を許し、銀メダルに甘んじることになってしまったが、出だしの3回転ルッツ-3回転トゥループで見せた完成度の高さ(GOE加点1.60点!)に象徴されるように、前回の五輪女王としての意地は存分に示していた・・・。
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ということで、息をのむような滑走が続いた最終グループ。
ここで滑った選手たちの得点の高さ、特に、各要素で9点台が並んだ演技構成点の高さは、「69.68点」という第2グループの選手としてはあり得ない演技構成点のスコアを浅田選手が叩きだしてしまったゆえ、という見方もできるところで、スコアだけを見てレベル云々の話をするのは、ちょっと短絡的なのかもしれない。
また、たら、れば、で、浅田選手がSPを普通に滑り、最終グループの中で演技していれば、違う結果になった可能性も否定し去ることはできないだろう。
ただ、第3グループの演技が終わり、最終グループに入ってリプニツカヤ選手が浅田選手のトータルスコアを上回った時くらいまでは抱いていた“もったいなかったなぁ・・・”という感情が、コストナー選手のボレロと、ソトニコワ選手の勢いのある演技を見終わった頃にはすっかり消え去ってしまっていたのも事実なわけで、仮に完璧な演技をしたとしても、「世界で頭一つ抜けた存在になっているわけではない」という浅田選手の現在の世界での立ち位置が明らかになった、という点でも、今大会には大きな意味があったのではないかと思う。
なお、"三度目の正直”で今回メダルホルダーとなったコストナー選手を見ればわかるように、経験を積み重ねることによって全く新しい境地が開けることがある、というのもフィギュアスケートの一つの魅力であることを考えると、浅田選手にも今大会の失敗と成功を出発点にした「4年後」があっても良いのではないかなぁ・・・と思うのは、自分だけではあるまい。
もちろん、最後に決められるのは、選手本人だけではあるのだけれど、ここからシーズンが終わるまでの1ヶ月ちょっとの間に、「ラストダンス」というフレーズばかりを浅田選手に浴びせるようなことはしてほしくないなぁ・・・というのが、率直な思いである。