最高裁判決が戒めたもの。

少なくとも企業社会では、“暴排”や“反社勢力排除”といったキーワードがすっかり定着しつつある今日この頃。
昨年、様々な意味で世の中に大きな衝撃を与えた「みずほ」の件では、みずほFGの株主が歴代役員に対して株主代表訴訟を提起する、というニュースも報じられている*1

だが、「暴力団排除」という目的は正当でも、それを実行するための方法にはおのずから限度がある・・・ということを教えてくれるような判決が、最高裁によって出されることになった。

暴力団員であることを隠してゴルフ場を利用した」として、原審の福岡高裁宮崎支部で、詐欺罪により懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決を受けていた暴力団組長と組員両名に対して、最高裁が示した判断は「無罪」。

このニュースを伝える記事の中にもあるように、

「ゴルフ場を利用した暴力団員を詐欺罪に問うケースは全国で増えているが、最高裁の判断は同罪の適用に一定の制限を課すもので、各地の裁判に影響を与えそうだ」(日本経済新聞2014年3月29日付朝刊・第42面)

という影響は当然懸念されるところで*2、一見すると、時代に逆行しているようにも見える結論なのだが、冷静に判決文を読むと、最高裁(第二小法廷)は、至極まっとうなことを言っているに過ぎない、ということが分かる。

そこで、以下では、最高裁が問題視したことは何だったのか、ということに注目しながら、この判決を見ていくことにしたい。

最二小判平成26年3月28日(H25(あ)第3号)*3

本件の下級審判決*4そのものを確認することはできないのだが、最高裁判決の冒頭で取り上げられている公訴事実の要旨、及び原審の判断は、以下のようなものである(1〜2頁)。

<公訴事実>
被告人は,
1「Dと共謀の上,平成23年8月15日,宮崎市内所在のB倶楽部において,同倶楽部は,そのゴルフ場利用細則等により暴力団員の利用を禁止しているにもかかわらず,真実は,被告人及びDが暴力団員であるのにそれを秘し,同倶楽部の従業員に対し,Dにおいて「D」と署名した「ビジター受付表」を,被告人において「A」と署名した「ビジター受付表」を,それぞれ提出して被告人及びDによる施設利用を申し込み,従業員をして,被告人及びDが暴力団員ではないと誤信させ,よって,被告人及びDと同倶楽部との間でゴルフ場利用契約を成立させた上,被告人及びDにおいて,同倶楽部の施設を利用し」
2「Eと共謀の上,同年9月28日,同市内所在のCクラブにおいて,同クラブは,そのゴルフ場利用約款等により暴力団員の利用を禁止しているにもかかわらず,真実は,被告人が暴力団員であるのにそれを秘し,被告人において,同クラブの従業員に対し,「A」と署名した「ビジター控え」を提出して被告人による施設利用を申し込み,従業員をして,被告人が暴力団員ではないと誤信させ,よって,被告人と同クラブとの間にゴルフ場利用契約を成立させた上,被告人において,同クラブの施設を利用し,もって,それぞれ人を欺いて財産上不法の利益を得た」
<下級審の判断>
第1審判決は,暴力団員であることを秘してした施設利用申込み行為自体が,挙動による欺罔行為として,申込者が暴力団関係者でないとの積極的な意思表示を伴うものと評価でき,各ゴルフ場の利便提供の許否判断の基礎となる重要な事項を偽るものであって,詐欺罪にいう人を欺く行為に当たるとし,各公訴事実と同旨の犯罪事実を認定して,被告人を懲役1年6月,3年間執行猶予に処した。
被告人からの控訴に対し,原判決も,第1審判決の認定を是認し,控訴を棄却した。

(1)、(2)のいずれについても、「暴力団員であることを秘し」て、「施設利用を申し込」んだことが「挙動による欺罔行為」=「人を欺く行為」に当たる、と評価して詐欺罪の成立を認めたのが、原審までの判断であり、これは、他の下級審で見られる有罪事案とも共通する考え方である。

名古屋方面の事案(確か弘道会系)で、この“手法”による逮捕、起訴のニュースが初めて報じられたのに接したとき、自分は一瞬そこまでやるのか、とは思ったものの、「なるほど、当局はこういうことをできるようにするために『暴力団利用禁止』条項を徹底させようとしているのか・・・」と妙なところで納得したものだった。

だが、最高裁は、本件に関して以下のような事実を挙げて、被告人らによる各ゴルフ場の施設利用申込み行為を、「挙動による欺罔行為に当たる」と安易に解することを戒めている。

<B倶楽部>
「被告人は,・・・フロントにおいて,・・・ビジター利用客として,備付けの「ビジター受付表」に氏名,住所,電話番号等を偽りなく記入し,これをフロント係の従業員に提出してゴルフ場の施設利用を申し込んだ。」
「同受付票に暴力団関係者であるか否かを確認する欄はなく、その他暴力団関係者でないことを誓約させる措置は講じられていなかったし、暴力団関係者でないかを従業員が確認したり、被告人らが自ら暴力団関係者でない旨虚偽の申出をしたりすることもなかった。」
「被告人らは,ゴルフをするなどして同倶楽部の施設を利用した後,それぞれ自己の利用料金等を支払った。」
「なお,同倶楽部は,会員制のゴルフ場であるが,会員又はその同伴者,紹介者に限定することなく,ビジター利用客のみによる施設利用を認めていた。」(強調筆者、以下同じ)

<Cクラブ>
「被告人は,・・・フロントにおいて,備付けの「ビジター控え」に氏名を偽りなく記入し,これをフロント係の従業員に提出してゴルフ場の施設利用を申し込んだ。」
「その際,同控えに暴力団関係者であるか否かを確認する欄はなく,その他暴力団関係者でないことを誓約させる措置は講じられていなかったし,暴力団関係者でないかを従業員が確認したり,被告人が自ら暴力団関係者でない旨虚偽の申出をしたりすることもなかった。」
「被告人は,Eらと共にゴルフをするなどして同クラブの施設を利用した後,自己の利用料金等を支払った。」
「なお,同クラブは,会員制のゴルフ場で,原則として,会員又はその同伴者,紹介者に限り,施設利用を認めていた。

「B倶楽部及びCクラブは,いずれもゴルフ場利用細則又は約款で暴力団関係者の施設利用を拒絶する旨規定していたし,九州ゴルフ場連盟,宮崎県ゴルフ場防犯協会等に加盟した上,クラブハウス出入口に「暴力団関係者の立入りプレーはお断りします」などと記載された立看板を設置するなどして,暴力団関係者による施設利用を拒絶する意向を示していた。
しかし,それ以上に利用客に対して暴力団関係者でないことを確認する措置は講じていなかった。また,本件各ゴルフ場と同様に暴力団関係者の施設利用を拒絶する旨の立看板等を設置している周辺のゴルフ場において,暴力団関係者の施設利用を許可,黙認する例が多数あり,被告人らも同様の経験をしていたというのであって,本件当時,警察等の指導を受けて行われていた暴力団排除活動が徹底されていたわけではない。

要するに、利用細則や約款等で暴力団の施設利用を拒絶することが規定されていても、ゴルフ場が実際に一人ひとりをチェックしているわけではないこと、さらに、被告人らは、所定の手続きに従った申込みをしただけであることに最高裁は注目したのであり、その結果、

暴力団関係者であるビジター利用客が,暴力団関係者であることを申告せずに,一般の利用客と同様に,氏名を含む所定事項を偽りなく記入した「ビジター受付表」等をフロント係の従業員に提出して施設利用を申し込む行為自体は,申込者が当該ゴルフ場の施設を通常の方法で利用し,利用後に所定の料金を支払う旨の意思を表すものではあるが,それ以上に申込者が当然に暴力団関係者でないことまで表しているとは認められない。そうすると,本件における被告人及びDによる本件各ゴルフ場の各施設利用申込み行為は,詐欺罪にいう人を欺く行為には当たらないというべきである。」(4頁)

という結論を導いたのである。

このような最高裁の考え方は、本判決に対して付された唯一の意見である小貫芳信裁判官(検察官出身)の「反対意見」を読むと、より理解しやすくなる。

小貫裁判官は、

詐欺罪にいう人を欺く行為とは,財産的処分行為の判断の基礎となるような重要な事項を偽ることをいう最高裁平成18年(あ)第2319号同19年7月17日第三小法廷決定・刑集61巻5号521頁,最高裁平成20年(あ)第720号同22年7月29日第一小法廷決定・刑集64巻5号829頁参照)。これによれば,欺く行為は,偽る対象(以下「重要事項」という。)と偽る行為との二つの要素から成り,欺く行為に該当するといえるためには各要素を充たす必要がある」(5頁)

という規範を立てた上で、まず前者の「偽る対象」について、

「重要事項といえるか否かについては,ゴルフクラブごとに,暴力団排除がどのように位置づけられているかを客観的に観察し,財産的処分行為の判断の基礎となる重要な事項と評価できるか否かを検討する必要があり,その位置づけは,具体的には,各ゴルフクラブ暴力団排除のためどのような措置を講じていたかによって判断するのが相当であろう。」(6頁)

と述べ、「ゴルフ場の暴力団排除の措置」として、(1)立入禁止の掲示、(2)会員の紹介・同伴によるビジターについての人物保証、(3)フロントにおける書面・口頭による暴力団関係者でないことの確認、(4)その他の排除措置、を挙げた上で、

「(3)のフロント確認については,仮にこれが実施され,フロントにおいて暴力団所属の有無を偽れば,虚偽事実の表明がされることになるので,偽る行為の問題は解消し,重要事項該当性も容易に肯定できることとなろうが,本件当時ほとんどのゴルフ場でフロント確認の措置までは講じられておらず,フロント確認は,顧客を不愉快な気分にさせ,また相手が暴力団員である場合には混乱が生ずる事態も危惧され,ゴルフ場がこの措置を採ることに躊躇させる事情があり,それが暴力団関係者に起因する事情であることからすると,フロント確認を必須の条件とするのは相当ではないであろう。
「(1)については,宮崎県において多くのゴルフ場が立入禁止の掲示をしているにもかかわらず,少なからず暴力団員がゴルフ場施設を利用する実態があったことからすると,立入禁止の掲示のみを根拠として,重要事項に該当すると認めるには十分とはいえないように思われる。」「したがって,具体的に重要事項にあたるか否かを検討する場合には,(2)と(4)の措置が中心となろう。
(6〜7頁)

とする。

また、「偽る行為」については、

「積極的な虚偽事実の表明がない事案(挙動による欺罔行為事案)においては,実行行為である申込行為に暴力団関係者でないことの意味が含まれていると評価できるかを吟味してみる必要がある。」(7頁)

として、単なる「立入禁止の措置のみが講じられた下での申込み」については「直ちに偽る行為と評価するのは困難」であると述べている。

小貫判事は、結論として、公訴事実2の「Cクラブ」については、

「同クラブにおいては,玄関に暴力団関係者の立入禁止の掲示をし,原則としてビジターの施設利用を会員の紹介・同伴による場合に限定していた上,本件の数か月前には共犯者であり会員でもあるEに対し暴力団員をプレーメンバーとするゴルフ場利用申込みを拒絶しており,また本件時においても従業員は暴力団員がプレーしているとの疑いを抱き,コースに出向いて視察確認を行っているなどの事情が認められるのであって,Cクラブが暴力団排除を重要な経営方針としていたことは客観的に明らかであり,同クラブについては暴力団関係者に施設を利用させないことが財産的処分行為の判断の基礎となるような重要な事項であったことは優に認めることができる。」(7頁)

「Cクラブは,その会則及び利用約款により,暴力団関係者の施設利用を拒絶することを明示し,会員が暴力団関係者であるときは除名等の処分をすることとし,会員は暴力団関係者に対する利用拒絶を前提としてビジターを紹介できるが,ビジターのクラブ内における一切の行為について連帯して責任を負うものとしている。その上で,同クラブは,ビジターのゴルフ場施設利用申込みにつき会員による紹介・同伴を原則としており,会員の人物保証によって暴力団排除を実効性あるものにしようとしていた。このような措置を講じているゴルフ場における会員の紹介・同伴によるビジターの施設利用申込みは,フロントにおいて申込みの事実行為をした者が会員であるかビジターであるかにかかわらず,紹介・同伴された者が暴力団関係者でないことを会員によって保証された申込みと評価することができるのであり,このような申込みは偽る行為に当たるといえる。」(8頁)

という評価を行っており、Cクラブの利用申込に関する多数意見(↓)の、

「Cクラブの施設利用についても,ビジター利用客である被告人による申込み行為自体が実行行為とされており,会員であるEの予約等の存在を前提としているが,この予約等に同伴者が暴力団関係者でないことの保証の趣旨を明確に読み取れるかは疑問もあり,また,被告人において,Eに働き掛けて予約等をさせたわけではなく,その他このような予約等がされている状況を積極的に利用したという事情は認められない。これをもって自己が暴力団関係者でないことの意思表示まで包含する挙動があったと評価することは困難である。」(4頁)

といった理屈を批判している*5が、その一方で、公訴事実1の「B倶楽部」については、

「同様の規則等を制定していたものの,ビジターは会員による紹介・同伴がなくても施設利用ができ,本件においてもビジターである被告人らは会員の紹介・同伴がないまま施設利用を許されており,このように会員による人物保証がない状況の下での暴力団員の施設利用の申込みを偽る行為と認めるのは困難であろう。」(8頁)

として、多数意見の「無罪」という結論を支持している。

そして、(Cクラブに対する申込行為の評価は分かれているものの)「積極的に虚偽事実を述べずに行った行為」が、詐欺罪の構成要件を満たす、というためには、それなりのプラスαの要素が必要なのだ、という最高裁の各裁判官の根底に流れる考え方が、この反対意見から、より鮮明に読み取ることができるのである。

これからの実務はどこに向かうのか?

さて、こういう判断が最高裁によって示された、となれば、気になるのはこの先の動き。

本件判決においても、最高裁は“暴力団排除”という発想自体を退けたわけではもちろんなく、「暴力団構成員であることを秘して申し込む」ことが、「挙動による欺罔行為」と評価できるくらいに、ゴルフ場側が申込受付時に徹底した排除措置を行っていれば、詐欺罪を認める方向での判断がなされることも十分考えられる。

さらに、今回一敗地にまみれた捜査当局側が、今後、より確実に目的を達成するために、徹底して「本人確認」等の措置を取るように指導を強化していくことも予想されるところで、今回の最高裁判決も、後世においては、単なる過渡期的事象に過ぎなかった、という位置づけになる可能性も高い。

ただ、かつて一部の宗教法人や過激派団体等に対して取られた対応と同様に、世の中の多くの人が共感するような“大義”の下に行われる措置であっても、法の冷静な解釈の下では、それが許されないことはある、ということ、そして、それを「詐欺罪の成否」という切り口から、最高裁判決が示した、ということは、常に気に留めておく必要があるのではないか・・・と、個人的には思うところで、刑事事件だけでなく、民事場面でも“反社勢力排除”に向けた積極的な取り組みが求められている今だからこそ、大義に流され過ぎない冷静な法的リスク判断”が必要となってくるように思えてならないのである。

*1:日本経済新聞2014年3月29日付夕刊・第9面。「経営陣は暴力団組員らへの融資を把握することができたのに阻止する義務を怠った。グループ全体の信用を傷付け、企業価値を損なった」として、佐藤康博社長ら歴代のみずほFG役員14人に対し、計約16億7000万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した、ということだが、今回の件で何を「損害」と把握するか等々、いろいろと難しい問題はあるような気がする。

*2:手元の判例DBに掲載されているものだけでも、名古屋高判平成25年4月23日(原審である名古屋地判平成24年4月12日では、ゴルフ場の利用に関しては無罪が言い渡されていたが、高裁で有罪となった)、神戸地判平成24年11月26日、名古屋地裁平成24年3月29日などで、暴力団構成員によるゴルフ場の利用に対して詐欺罪の有罪判決が言い渡されている。

*3:第二小法廷・千葉勝美裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140328171606.pdf

*4:福岡高裁宮崎支判平成24年12月6日

*5:小貫判事は、「本件の被告人の施設利用申込みは、Eの紹介・同伴による人物保証を積極的に利用したものと評価できるのではなかろうか。」として、Eとの共謀による被告人の詐欺罪成立を肯定している。

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