これが始まりの時。

ソチ五輪から約1ヶ月の時を経て、この日本の地で7年ぶりに行われた世界フィギュア

世界で一番温かく、そしてノリも良い愛すべき日本の観客がさいたまスーパーアリーナを埋め尽くし、その場にいたら「これがフィギュアスケートの会場か?」というような感想を確実に抱いたであろう大観衆の中で行われた大会で、日本勢が前評判以上の結果を出した。

男子は、SPで、今季劇的な進化を遂げた町田樹選手が首位スタート。さらにフリーでも番狂わせを予感させるような見事な演技を見せた中で、羽生結弦選手が、意地の逆転で初優勝を遂げ、町田選手が僅かな差で2位に入る、という日本勢ワン・ツー。

一方女子は、浅田真央選手がSPで世界歴代最高得点、という絶好のスタートを切り、この大会が競技会ラストになる鈴木明子選手と並んでフリーの最終組で滑走。
そして、フリーでも抜群の安定感を示した浅田選手が、ソチに置き忘れたものを取り返すように4年ぶり3度目の優勝を見事に遂げた。

五輪イヤーの世界フィギュアは、どうしても有力選手が欠場することになりやすく、他の年に比べると?ベスト”とは言えないメンバーの中での争いになる傾向があることは否定できないし、今年も、男子は銀(パトリック・チャン)、銅(デニス・テン)の両選手が、女子に至っては、金(ソトニコワ)、銀(キム・ヨナ)の両メダリストが欠場するなど、格落ち気味の大会となっていたことは否定できない。
しかも、開催地が日本、ということになれば、他国の選手と比べて、決して小さくない“地の利”があったことは間違いないだろう。

だが、それでも、今回の世界フィギュアの結果は、“この先につながる”という点で、日本勢にとっては非常に価値があった、と自分は思っている。


例えば男子シングル。

羽生結弦選手のフリーの演技は、ソチの“悔しさ”を取り返すかのような圧巻の演技で、特に、五輪で転倒した4回転サルコウできれいに着氷*1し、後半の必殺アイテムである、3回転ルッツ‐ループ‐3回転サルコウのコンビネーションも、「11.77点」という高得点もほぼそのまま手に入れた*2。3回転アクセル-2回転トゥループや、3回転ループのGOEも、五輪の時からはきっちり上乗せしたし、ステップシークエンスでもきっちりレベル4(さらにGOE+0.8点)を確保し、技術点は五輪のスコアを10点以上上回る99.93点に。

結果、フリーのスコアは191.35点。GPファイナルの銀河系スコア(193.41点)にこそ及ばなかったものの、極めて高いレベルの争いで前に滑った町田選手を逆転する、というソチの時とはまた違った展開で、今季3つ目のビッグタイトルを獲得することになった。

そして、更にサプライズを見せたのが町田樹選手で、ショートプログラムでは冒頭の4回転トゥループ-3回転トゥループをきっちり決めて、基礎点14.40点+GOE2.14点を稼ぎ出した上に、次のトリプルアクセルもGOE+2.71点、という爆発的なスタートを切り、堂々の首位。
プレッシャーにどこまで耐えられるかが焦点だったフリーでも、2度の4回転ジャンプを含むほぼ全ての要素で五輪の演技を上回る評価を受け、技術点をこれまた五輪時から5点以上引き上げる。

五輪では町田選手の上にいたハビエル・フェルナンデス選手が、後半の4回転サルコウ(基礎点11.55点+GOE2.14点)や、3回転フリップ-ループ-3回転サルコウ(基礎点11.00点)といった大技を決め、五輪で「0カウント」になってしまった3回転サルコウのポイントも、きっちり取ったのに、それを5点以上上回る技術点を叩きだしたのだから*3、いかに今大会の町田選手の演技がパーフェクトだったか、ということが分かる。

さらに、世界での「格」がものをいう演技構成点でも、町田選手は5項目中4項目で9点台の評価を受け、羽生選手やフェルナンデス選手と遜色ない90.20点、という高得点を叩きだした。

この日の演技での、曲に合わせた“演じ切り”のレベルは、羽生選手を上回っていた、と言っても過言ではないくらい素晴らしいものだったから、これでもまだ「格負け」した感はあるのだが、今回晴れて世界フィギュアのメダリストに名を連ねたことで、来季以降の楽しみが大きく膨らむことになった。


一方、女子の方は、五輪での超ハイレベルな争いから1ヶ月、という期間でモチベーションを取り戻すのは難しかったのか、多くの選手がパフォーマンス的には低調な結果に終わった*4

五輪の団体戦くらいまでは、まさに“時代到来”という印象もあったリプニツカヤ選手でさえ、見た目の印象としては、“気持ちが乗り切っていないのかな・・・?”と呟きたくなるような「軽さ」が気になった*5

光る演技を見せたのが、五輪に出場できなかったポゴリラヤ選手*6や、伸び盛りの新星・エドムンズ選手、そして、そのエドムンズ選手の高得点で魂に火が付いたのか、いつも以上に凄みがあったアシュリー・ワグナー選手、といった、「五輪で主役になれなかった」選手たちだったことも、かえって、五輪の上位争いがいかに熾烈で“満腹感”を与えるものだったか、ということを物語っていたような気がする。

だが、そんな中でも、日本の“二枚看板”の存在感は色褪せなかった。

SPで4位に付けた鈴木明子選手は、出だしのコンビネーションが2回転3連続になってしまった(本来であれば最初のジャンプは3回転になるはずだったのだが・・・)ことをはじめ、技術点では5点程度五輪を下回る結果になってしまったものの、演技構成点では逆にスコアを引き上げる大健闘。
フィナーレにふさわしい「オペラ座の怪人」の激しく、そして美しい旋律に合わせて、彼女にしか出せない世界観を、競技生活最後のリンクの上で最大限に発揮した。

また、浅田真央選手は、トリプルアクセルをはじめ、3回転フリップ-3回転ループのコンビネーション、さらに、後半の3回転-2回転-2回転、といったところで、回転不足を取られるなど、こちらも技術点に関しては比較的大きく下げたものの、演技構成点では9点台が4項目で並び、これまたスコアを引き上げる結果に。
ソチとは別人のように覚醒したSPのスコア(ワールドレコード!!)と合わせて、2位を10点以上ぶっちぎる圧勝でシーズンの最後を飾った。

いくら地元開催とはいえ、五輪シーズンでの歴戦の疲労により、本来であればリンクに立つのもつらいのでは? と同情したくなるような状況で、それを跳ね返して3度目の栄冠に輝いた、ということには、言葉に表すことができないような凄さがある。
そして、満場の期待に応え、「日本フィギュア界の象徴」としての役割を、母国開催の世界選手権で堂々と果たすことができたのは、もう、お見事というほかない。

◆ ◆ ◆

今シーズンが「五輪イヤー」だったこともあり、国内外を問わずこの大会が「区切り」になるであろう選手の話題が、試合の実況の中でもいろいろと取り上げられていた。

そして、今回の世界フィギュアを圧勝した浅田選手も、大会中を通じて、「ここが区切りか?」というトーンの報道から逃れることはできなかった。

だが、浅田選手の試合後のインタビュー等を聞いていると、「休養」までの選択はありえても、「その先」については、まだまだ可能性があるような含みが持たされていて、この時期になっても未だ「ハーフハーフ」というフレーズで結論を明言していないところに、どうしても期待を寄せてしまう。

今回、村上選手が10位に留まったことが象徴するように、女子の場合、男子に比べると、世界で通用する選手の層が年々薄くなっていることは否定できず*7、これで、鈴木選手だけでなく浅田選手まで一線を退くようなことになったら、次の年から「3枠」を維持することさえ難しくなるのでは・・・? ということさえ危惧されるから、日本のエースとして、浅田選手にもうひと踏ん張りしてほしい、という思いももちろんあるのだけど、それ以上に、五輪のフリープログラムで見せた奇跡的な演技と、このシーズンの最終盤で魅せた堂々のパフォーマンスを目撃して、この先、4年経っても、彼女はますます進化を遂げているのではないか・・・と思えたことが、余計に「もったいない」という感情を抱かせるわけで・・・。

もしかしたら、日本人好みの“美しい引き際”にはならないかもしれないけれど、それでも進化できる可能性がある限りは、どこまでも世界の舞台で戦い続けていてほしい、そして、7年前、東京での世界フィギュアでの“逆襲のチャルダッシュ”から、世界の舞台で頂点を目指す彼女の戦いが事実上始まったのと同じように、皆が「終わり」だと思っていたさいたまスーパーアリーナでの栄光の優勝劇も、後々振り返ってみれば、実は「新しい伝説の始まり」だった、ということになってくれると良いなぁ・・・と、今は心の底から願っている。

*1:五輪時がGOE-3点、さらに減点1点という結果だったのに対し、今回は基礎点10.50点がきれいに入った。

*2:五輪時は、この部分の基礎点が5.72しか入らず冷や冷やの原因になったが、今回はGOEの減点僅か-0.2点にとどめた。

*3:町田選手は93.85点、フェルナンデス選手88.33点。

*4:例えば、コストナー選手は、五輪での142.61点(技術68.84点、演技構成73.77点)というフリーのスコアが、126.59点(技術53.81点、演技構成73.78点)になり、グレイシー・ゴールド選手も同じように技術点を中心にスコアを大きく落とす結果になっている(いずれもジャンプの精度の低さが目についた)。

*5:その結果、スコアも技術点、演技構成点ともちょっとずつ下げる結果となった。他の上位選手に比べれば、まだ若さゆえ(?)落ち幅が小さく、フリーで順位を上げて銀メダルを手に入れることができたが、この内容に決して満足していないだろうな、ということは、テレビに映った彼女の表情が物語っていた。

*6:フリーの技術点は全選手中トップ。GOEの減点はエラーエッジとなった3回転フリップのみで、テレビで演技を見た限りでは、ほとんど完璧なパフォーマンスを演じているように見えた。

*7:五輪出場枠を争った宮原選手も、世界ジュニアでなかなか表彰台に立てない状況が続いている。

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