裁判例の“揺り戻し”を象徴するような営業秘密不正利用事件に関する一判決

最近、「職務発明」と並んで、知財法制見直しの優先課題として取り上げられることが多いのが、「営業秘密」の保護をめぐる問題である。
新日鉄ポスコ事件等を契機に、産業界の一部から声高に法改正を求める声が上がり始め、それに呼応するように、政治の側でもリップサービスを始めた、というのが現在の状況ではないかと思われるのだが、研究者の世界でも、これまでの裁判例を整理して、現行の不正競争防止法の枠内での妥当な規律を模索する動きが出てきている。

特に、田村善之教授のいくつかの論稿*1は、秘密管理性要件に関して、「緩和期」→「厳格期」→「揺り戻し期」という裁判所の判断の動きを丁寧に分析されており、実務上参考になるところも多い。

田村教授が評されるところの「厳格期」の判断と、それ以前、あるいは「揺り戻し」が来ている、というここ最近の裁判例の判断のいずれが結論の妥当性を確保できるのか、という点については、いろいろ考えるところもあると思うのだが、そんな中、営業秘密の不正利用に関し、また一つ、指摘されている最近の流れを裏付けるような事例が登場したので、ここでご紹介しておくことにしたい。

東京地判平成26年4月17日(平成24年(ワ)第35742号)*2

原告:株式会社X
被告:株式会社Y、A、B

本件は、被告及びその代表取締役等が、「原告の営業秘密である登録モデルの個人情報」を図利加害目的で使用し、原告の営業上の利益が侵害された、として、原告が被告に対して損害賠償請求を行ったものである。

原告は平成21年6月に設立されたモデルやタレントのマネジメント及び管理を業とする会社、一方、被告Yは、原告の元従業員であるA、Bが平成23年9月に設立した同業の会社、ということで、典型的な競業事案であり、被告Y会社が、設立約5か月後に、「原告の登録モデル56名を含む64名のモデルと専属又は登録モデル契約を締結」し、その約半年後に、「原告の登録モデル84名を含む124名のモデルと専属又は登録モデル契約を締結した」と、一気に事業を拡大したことが、本件訴訟の契機となったものと思われる。

結局、この事案では、秘密管理性、図利加害目的のいずれについても原告の主張が認められ、被告らに対して110万0146円の支払いが命じられているのだが、個人的には、本件「登録モデル情報」の営業秘密の秘密管理性に関する判旨に目をひかれた。

「登録モデル情報は,外部のアクセスから保護された原告の社内共有サーバー内のデータベースとして管理され,その入力は,原則として,システム管理を担当する従業員1名に限定し,これへのアクセスは,マネージャー業務を担当する従業員9名に限定して,その際にはオートログアウト機能のあるログイン操作を必要とし,また,これを印刷した場合でも,利用が終わり次第シュレッダーにより裁断している。そして,原告は,就業規則で秘密保持義務を規定しているのであって,モデルやタレントのマネジメント及び管理等という原告の業務内容に照らせば,登録モデル情報について,上記のような取扱いをすることにより,原告の従業員に登録モデル情報が秘密であると容易に認識することができるようにしていたということができる。」
「そうであれば,原告は,登録モデル情報に接することができる者を制限し,かつ,これに接した者に秘密であると容易に認識することができるようにしていたのであるから,登録モデル情報は原告の秘密として管理されていたと認められる。」(12頁)

本件では、「完全遮蔽式のファイアウォールの下で保護された社内共有サーバ上のデータベースとして管理していた」とか、アクセス者の限定、印刷した場合の裁断を行っていた、といった原告側の主張に対し、被告側が行った、

「原告は,他の従業員も登録モデル情報を入力していたし,従業員であればパソコンを起動させるためのログイン操作だけでアクセスすることができた上,特定のソフトウェアを起動させたり時々他の従業員にマウスを動かしてもらったりするなどしてオートログアウト機能を回避する慣習があったのであり,また,制限なく登録モデル情報を印刷したりすることができ,使用後も印刷物を長期間にわたって机上に放置したりするなどしていたのであって,登録モデル情報は秘密として管理されていたと
はいえない」

という主張が、

「他の従業員が登録モデル情報の入力をしたことがあるとしても,これが恒常的に行われていたことを認めるに足りる証拠はなく,また,マネージャー業務を担当する従業員でなければ,登録モデル情報にアクセスすることはできないし,仮に従業員にマウスを動かしてもらったりするなどしてオートログアウト機能を回避することがあったとしても,これが恒常的に行われていたとか,このことを原告が容認していたことを認めるに足りる証拠はない。そして,登録モデル情報を印刷した場合には利用が終わり次第シュレッダーにより裁断しているのであって,ことさらにこれを机上に放置したり,裏紙として再利用したりしていたことを窺わせるような証拠はない。」(12〜13頁)

と、ことごとく退けられ、認定された事実としては、かなり「手厚い管理」*3をしていた、ということになっているため*4、厳格期の判断基準の下でも、もしかすると秘密管理性が認められたケースかもしれない。

ただ、この判決から伝わってくるのは、そもそも、「秘密管理性あり」と認めてもらうために原告側が負っている主張立証責任のハードルと、被告側の反論が認められるためのハードルにだいぶ差があるのではないかな・・・ということである。

かつては、「データベース化して、パスワード管理して、アクセス権者を制限している」と原告がいくら主張しても、被告側があれこれと「いや、そうじゃなかった」という反論をすると、「一切の例外がなかった」くらいの立証を原告側がしない限り、秘密管理性が否定される傾向があった。

しかし、今回の判決を見ると、原告が一通りの主張立証をすれば、あとは、被告側で全面的にそれをひっくり返すための材料を提出して反証しないと秘密管理性があっさりと認められてしまうようにも思えるわけで、その意味で、いわば立証責任を転換したかのようにも読める本件判決のような判断には、やっぱり“何かが変わった”というものを感じさせる*5

今の流れが単なる“揺らぎ”を超えて、このまま安定した形で定着するのか、それとも、更なる揺り戻しがあるのかは分からないけれど、ちょうど面白い時期ではあるだけに、今後の動きをしっかりと眺めていくことにしたい。

*1:「営業秘密の不正利用行為をめぐる裁判例の動向と法的な課題」パテント66巻6号79〜101頁(2013年)(http://www.jpaa.or.jp/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201304/jpaapatent201304_079-101.pdf)、「営業秘密の秘密管理性要件に関する裁判例の変遷とその当否(その1) −主観的認識 vs.『客観的』管理−」知財管理64巻5号621〜638頁(2014年)など。

*2:第47部・高野輝久裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140604155903.pdf(後日注:この事件の判決はいったん5月にアップされた後、当事者会社名を匿名にする等の加工を加えた上で再アップされたため、ここでの引用表記等も修正後のものに合わせることにしたい。

*3:これに加えて就業規則において秘密保持義務を定めていることや、退職時の秘密保持に関する誓約書の存在も認定されている。いずれも一般的な規定に過ぎず、一昔前の判断であれば、有利な材料として考慮されなかった可能性のある内容ではあるが。

*4:これまで裁判所で争われた中小企業の事例同様、本件でも規模の小さい会社ならではのアバウトさはあったのではないか、と推察されるところではあるのだが・・・。

*5:本件の場合、不正使用が争われている情報に、モデルに関する個人情報等、センシティブな情報が多く含まれており、営業秘密の不正使用を意識していなくても、まぁ厳格に管理はするだろうなぁ、と思われるうえに、被告側の悪性が明白、または、主張立証の仕方がそもそもセンスの良いものではなかった、といった事情で、裁判所の心証を害した可能性もあるので、一概に判断傾向の変化、とは断定できないのだけれど。

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