実務家の勇気あるコメント

会社法改正案が成立した、ということで、どの法律雑誌を見ても、関連する特集がてんこ盛り、といった感がある今日この頃。

法案が成立した、といっても、「会社法の条文を見ているだけでは実務はできない」のがこの業界で、施行規則が公表されない限り、「改正要綱」が世に出た頃のタイミングでの話と、語れる中身は大して変わらないはずなのだが、いろいろと表紙を替えてまぁお疲れさん・・・という感じの特集記事やらセミナーやらも、良く目にするところである。

だが、そんな中でも、やっぱり「Busines Law Journal」誌の特集は異彩を放っていた。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 09月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 09月号 [雑誌]

会社法改正を契機に考えるガバナンス体制の見直し」というタイトルは、そんなに斬新なものではないし、学者や弁護士による論稿も切り口、内容ともに、真新しさを感じるようなものではないのだが*1、面白いのがその後に掲載された企業実務家のインタビュー記事である。

ここ数年の間、新聞その他のメディアで飛び交う、企業統治に関する議論を目にするたびに抱いていたイライラ感。

企業実務を経験したことのない学者や弁護士等の「有識者」の高所からの“ご意見”が、企業の中の実態とあまりに乖離していることによる違和感は当然ながらある。
だが、その一方で、経団連をはじめとする「産業界」の“原理原則的反対論”にも、自分は強い違和感を抱いていた。

多くの大企業では、とっくの昔に社外取締役を導入していて、社外取締役がどういうふうに機能しているのか(あるいは機能していないのか)ということが、十分検証できる状況であるにもかかわらず、それが今一つ正面から議論されないまま、“空中戦”が展開されていたこれまでの状況に、今回のインタビューは、ささやかながら、ほんの少しだけ一矢を報いているように思う。

まず、最初に登場する「メーカー法務担当者」氏。

「当社は、コーポレートガバナンスに関しては、かなり後ろの方を走っている会社だと思います」という冒頭のコメントのとおり、これはさすがにないな・・・という突っ込みを入れたくなくところも散見されるのだが*2、以下のような指摘は、企業内のコーポレートガバナンスの実務に関わっている担当者の多くに共通する思いを見事に言い切ったものとして、評価されて然るべきだろう。

「ここ数年、ガバナンス改革に関する議論を見てきましたが、精緻な議論が尽くされていないと感じます。」
「そもそもの議論の出発点が、『日本企業の業績や株価は、他国に比して低迷し続けている』→『それは日本企業の経営者がダメだからだ』→『ダメな経営者をクビにできないのは、日本企業のガバナンスがダメだからだ』という論法なのですが、厳しい環境下で奮闘してきた経営者にとっては受け入れ難い前提ではないでしょうか*3
会社法制部会においても、社外取締役の法的義務化という結論は出ませんでした。にもかかわらず、社外取締役を置くことが相当でない理由』を開示させることによって、“事実上の義務化”を図ろうとする手法には、疑問を感じます。」(52頁、強調筆者、以下同じ。)

また、実際に社外取締役を置いている会社の事務局担当者として、(他社の)社外取締役へのサポート体制を「素晴らしい取組み」を評価しつつも、

「その一方で、苦労に見合う効果がどれほどあるのかと疑問に思ったのも事実です」

というコメントがストレートに出てきているところも興味深い。

実際問題として、どんなに社外取締役に丁寧に情報を入れたところで、取締役会に上程されるようなレベルの話の中から、あるいは、事業に直接タッチしていない社外取締役やその事務局の目の届くところから「不祥事の芽」を発見することはほぼ不可能なのであって、オリンパスの例をひくまでもなく、どんなに社外取締役の人数を揃えても、内部統制上の重大な問題が生じることを完全に防ぐことはできない*4

もちろん、社外取締役を設置するからには、それが機能するように全力を尽くすのが実務家としての矜持、であるはずだが、「社内取締役だけで構成されている取締役会」と比べてどれほど異なるのか、ということを、身をもって実感できるような機会は、決して訪れることはないと思われるだけに、思わずこぼれた本音を、誰が批判できようか・・・といったところだろう。

「取引所の市場区分を『グローバル市場』と『ドメスティック市場』とに分け・・・」(53頁)

という意見は、「適用されるルールの違いによってグローバル市場とローカル市場に分けるように思考を整理したほうがよいのではないでしょうか」という大杉教授のご意見とも共通しているし(前掲・大杉38頁)、

「取締役の3分の1や過半数を社外にするとなれば、取締役会や取締役のあり方そのものを変えなければなりません。そうなると、従業員が内部昇格の過程で選抜され、最終的に取締役に就任するという日本的な人事慣行も、見直しを迫られることは避けられません。果たしてそれが、多くの日本企業にとって本当に良い結果をもたらすのでしょうか。」(53頁)

という、やや感傷的ではあるが、日本企業で働く多くの人々の想いを代弁するような勇気あるコメントも出てくる。

右も左も、「社外取締役を入れるのは良いことだ」「頑張って社外取締役を見つけて入れましょう」という大号令が飛び交う中で、「既に社外取締役を導入している会社の担当者の素朴なコメント」をストレートに載せた、という点で、コメントした担当者氏と、このインタビューを活字にしたBLJ誌の英断(?)に率直に敬意を表したい、と自分は思う。

一方、社外取締役に対して比較的好意的な評価を述べているのが、続く「持株会社法務責任者」氏と日本板硝子の法務マネージャー氏。

日本板硝子に関しては、ピルキントン社買収後のあれこれ、があるだけに、ソフトロー中心に形成されているイギリスのルールと我が国の制度の比較など、英国人経営者と接する中で得られたのだろうと思われる、法務マネージャー氏の貴重なコメントの数々が非常に参考になる。

また、「持株会社法務責任者」の方のコメントの中にも、実際に社外取締役の方に対して行っている情報提供の姿等が描かれていて、これはこれで参考になるところである。

もっとも、この「持株会社法務責任者」氏も、「社外取締役の極端な増加」には消極的な立場で、

議決権行使助言会社の言う、ある意味定型的な主張はあくまで理屈の話として、現実路線で進むべきではないでしょうか」(55頁)

というコメントを残されている。

さらに、この持株会社は、社外取締役を機能させるために、取締役の付議基準にも仕掛けをしていて、

「株主の理解を得るために本当に社外の目を通す必要があることに限るようにしたところ、事業の投資規模でいうと基準が一桁は上がりました」(55頁)

ということになっているとのこと。

この会社に限らず、社外取締役を増やして委員会設置会社等に移行した会社の中には、取締役会に付議する案件を絞り込んだ、という会社が多いと聞くし、実際、きちんとした議論時間を確保しようと思えば、そうならざるを得ないところもあるのかもしれない(コメントの中でもポジティブな話として取り上げられている)。

だが、本当にそれがガバナンスの強化につながるのか、と言えば、自分は大いに疑問を感じるところである*5


・・・ということで、担当者のコメントの中から、様々なものが見えてくる今号の企画。

今回の会社法改正で、対応業務が発生する人もそうでない人も、「コーポレートガバナンス」の理想はどこにあるのか、ということを考えるために、是非、上記インタビュー記事に目を通していただくことをお勧めしたい。

*1:ただし、大杉謙一教授の論稿(インタビュー「ガバナンス強化は自らルールを選ぶところから始まる」BLJ2014年9月号・34頁以降)は、後述するとおり、若干踏み込んだところもあるように思う。

*2:例えば、取締役会資料の事前説明の負担が云々・・・というくだりは、社内外問わず事前説明をしっかりやっている会社が多いことを考えると、このレベルの話で泣き言言ったら足元見られるよ・・・という気分になる。

*3:自分は、このような論法がガバナンス改革を求める意見の全てだ、というつもりはないのだが、この種の短絡的な言説を、論説委員等々の肩書を持つメディア人が堂々と書いてしまう状況は未だ散見されるのも事実である。

*4:経営戦略に関わる問題になってくると、もっと難しいことになる。大杉教授は、「有名な人より有能な人」というフレーズで、どんなに小さな会社のものであっても、「企業経営の経験」がある人を社外取締役に登用すれば機能する、と述べられているが、有能な経営者ほど「経営戦略に定石なし」ということを身に染みて分かっているから、逆によほどのことがない限り、安易に口を挟むことは避ける方向に向かうのではないかと思う。

*5:この会社の場合は「持株会社」だからまだよいが、事業会社で「取締役会」に上げる案件を減らして、その手前の経営会議等で個別案件の意思決定が行われるようになってくると、余計に取締役会自体の監督機能が弱まるように思えてならない。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html