夕張の救世主は救われた。〜「melonkuma」商標権侵害訴訟

メロン熊」(メロンクマ)といえば、財政破綻の危機に瀕した夕張を体を張って支える(?)ユルくないキャラクター・・・であり、“知る人ぞ知る”存在だと言えるだろう。

どんなものか見たことない、という方がいらっしゃれば、↓の生々しいサイトをご覧いただければ、と思う。
http://ameblo.jp/melon-kuma/

自分は、数年前、新千歳の空港の土産物屋付近で、こいつのリアルな着ぐるみが暴れているところを目撃してしまったのだが、それまで無邪気にはしゃいでいた子供が、泣き出すわ、わめきだすわ、逃げ回るわ・・・と、そこでは、“なまはげ北海道版”ともいうべき、何とも言えない光景が展開されていた。

“かわいさ”ではなく、“怖さ”で勝負させたとしたら、間違いなくご当地キャラクターの中でもNo.1の地位を奪うのは間違いないだろう・・・という強烈なインパクトを誇るこのキャラクター。

だが、そんな「メロン熊」に対し、夕張とは無関係の、「melonkuma」(標準文字)の商標権者から、損害賠償の支払いを求めるおそるべき訴訟が提起された。

結論としては穏当なところに収まっているのだが、この訴訟を引き受けた大阪地裁が、どうやってそのような穏当な結論を導いたのか、という点については、興味深いところもあるので、以下、簡単に見ておくことにしたい。

大阪地判平成26年8月28日(H25(ワ)第7840号)*1

原告:株式会社Ring International
被告:有限会社ワカサ観光物産

原告は、「食品・食材・加工食品の企画立案及びプロデュース等を目的とする株式会社」ということだが、実際に何をやっている会社なのかよく分からない。
これに対し、被告の方は、「メロン熊」の生みの親を代表者とする会社である。

しかし、平成20年1月18日に「株式会社UMAI」によって登録された、前記「melonkuma(標準文字)」という商標(商標第5105804号)は、その後、平成22年11月29日受付の特定承継により、原告の手に渡っており、当該商標の指定商品が

第14類 キーホルダー
第28類 おもちゃ 人形
第30類 菓子及びパン プリン ゼリー菓子 即席菓子のもと

と土産物系の定番商品に広く及んでいることから、被告側には厳しい状況であった。

かくして、原告は、被告が運営するウェブサイトのグッズ販売ページ*2において原告商標を使用していると主張し、1004万円及び遅延損害金の支払いを請求したのである。

本判決の中で詳細に認定されているように、被告代表者の手による「メロン熊」が市場に出てきたのは、

平成21年9月頃,被告代表者は,知人のメロン農家が熊(ヒグマ)の食害に困っているとの話から,メロンを食べ過ぎた熊の様子を想定した「メロン熊」という名称の,ヒグマが夕張市特産のメロンに顔を突っ込んだデザインで,牙を剥き出しにした本件キャラクターを着想し,これをかたどった商品(マグネット)を土産物として販売した。この商品は,「きもかわいい」(気持ち悪いと可愛いの合成語)商品として,約2か月で1000個が売り切れる人気商品となり,平成22年4月頃には,マグネット以外にも,同キャラクターを使用したストラップやパズル,Tシャツなどの商品も販売(インターネット販売を含む。)するようになった(略)。」(9頁)

という時期であり、原告商標に係る「特定承継」(譲渡)の時期には、明らかに本来の取引とは異なる意図が見え隠れする*3
そして、被告側も当然のことながら、前記原告商標の指定商品と重なる区分で、自ら「メロン熊」商標を出願して、平成25年4月〜5月頃には登録を得ているし、原告商標に対しても、平成24年8月31日に不使用取消審判を請求し、首尾よく平成26年4月22日には取消審決を得ていた*4

だが、先に特許庁に登録を認められた権利は、存在している期間においては有効、というのが商標法の建前。
そして、「melonkuma」と「メロン熊」を比較すれば、少なくとも称呼が類似していることは疑いないだけに、裁判所がどのような判断を示すか、が注目されるところであった。

裁判所が用いた「権利濫用」という切り札

裁判所は、まず「原告商標と被告各標章の類否」として、以下のように述べる。

「原告商標は,9文字のローマ字からなる外観を有するのに対し,被告各標章の「メロン熊」の部分は,片仮名3文字と漢字1文字の合計4文字よりなる外観を,被告各標章の「メロンくま」の部分は,片仮名3文字と平仮名2文字の合計5文字よりなる外観を有し,両者は外観において類似しない。」
「原告商標も被告各標章も称呼は同じ「メロンクマ」である。」
「観念について検討するに,原告商標は,ローマ字(小文字)で「melonkuma」と一連一体に表記されるため,この表記に接した者は,そのような外国語の単語があるのではないかと考えるが,これに適応する単語がないため,直ちには特定の観念を生じない。もっとも,そのまま発音することにより,果物のメロンと動物の熊という2つの観念が想起される。しかし,本件キャラクターが出現するまでに,被告以外の第三者が,果物のメロンと動物の熊を組み合わせた存在を,具体的なイメージとして考案したと認めるに足りる証拠はなく,原告商標のみからは,メロンと熊を結合させた,ひとつのものとしての観念を想起させることはないといえる。被告各標章のうち「メロン熊」又は「メロンくま」については,「メロン」と「熊」(「くま」)が片仮名と漢字(平仮名)で書き分けられているため,直ちに果物のメロンと動物の熊という2つの観念を想起することができ,さらに,前記1(1)から,メロンの中に顔を突っ込んだ,メロンと熊がひとつに結合された本件キャラクターを観念することができる。以上によると,原告商標と被告各標章のうち「メロン熊」又は「メロンくま」の部分は,称呼においてのみ類似している。」(12頁)

外観非類似、称呼類似のところまでは、一般的な基準に照らしてもこのような結論になるだろうが、観念については、(特定のキャラクターに結び付くかどうかはともかく)アルファベットをそのまま読めば、「メロン+熊」という観念を認める方がスタンダードであるようにも思われ、このあたりは、既に、結論を先取りした判断、といえなくもない。

そして、さらに不思議なのは、これに続いて「誤認混同のおそれ」について論じているくだりで、裁判所は、「被告各標章の自他識別能力」について、

「本件キャラクターは,被告代表者が考案したものであって,北海道夕張市を代表するものとして,遅くとも平成22年末頃には,そのキャラクター誕生にまつわるエピソードも含め,全国的に周知性,著名性を獲得したものと認められ,かつ,そのキャラクターが人気を博したことから,強い顧客吸引力を得たものと認められる。そして,その周知性,著名性や顧客吸引力は,被告代表者の努力により,現在においても維持発展されていることも認められる。これに伴い,片仮名の「メロン」と漢字の「熊」(平仮名の「くま」)を組み合わせてなる「メロン熊」(「メロンくま」)との標章(語句)も,本件キャラクターを指し示すものとして周知性,著名性を獲得し,したがって,本件キャラクター及びゴチック体調の「メロン熊」の標章(被告各標章に共通する部分となる標章)は,被告の扱う商品について高い自他識別能力を獲得したものというべきである。」(13頁)

と高く評価した上で、

「本件ウェブサイトにおいても,被告各標章が,本件キャラクターとともに使用され,かつ,北海道夕張市に由来することを示す各種語句とともに使用されて」いる(13頁)

ということをもって、他人の商品役務との誤認混同が生じることのないような措置がされていると評価し、その一方で、

「原告商標の出願は,平成19年6月にされてはいるが,その後,原告商標の商標権者及び通常実施権者はもちろん,被告以外の第三者が,上記標章の著名性の獲得に至るまでに,果物のメロンと動物の熊を組み合わせた存在を,具体的なイメージとして考案したと認めるに足りる証拠はなく,また,現在までに,被告以外にそのような存在を使用した商品が流通したことを認めるに足りる証拠もない。実際,原告商標については,特許庁において,不使用を理由とする取消審判がされている。そうすると,原告商標から,「メロン」と「熊」がひとつに結合したものを観念することができたとしても,むしろ本件キャラクターを想起させてしまうことになる。」(13〜14頁)

と原告商標の自他識別能力を極めて低いものと評価した結果、

「原告商標と被告各標章は、称呼こそ類似するが、需要者たる一般消費者において、その出所を誤認混同するおそれは極めて低いというべきである。」(14頁)

と結論づけている。

確かに、侵害訴訟において「誤認混同を生ずるおそれ」が成否判断のメルクマールとなることに疑いはないのだが、そもそも、商標法の世界というのは、

「具体の混同のおそれを問うことなく、形式的に侵害の成否を判断するとともに、混同のおそれを誘発する行為を定型的に侵害とみなすことにして、権利行使の実効性を高めている」
「要式の形式化により、未使用商標についても一定の保護範囲が確保され、具体の信用を化体することが容易とされ・・・た」
(田村善之『商標法概説〔第2版〕』(2000年、弘文堂)143頁)

だったはずで、取引の性質上「称呼」だけで取引を行うことはない、という取引の実情がある、とか、そもそも、被告の商標の使用が商標的使用ではない、といった場合であればともかく、被告の商標に独自の自他識別力がある、というだけでは、類否判断には決定的な影響を与えないはず・・・である。
しかも、ここまで称呼類似、指定商品類似、と類否判断の検討を進めてきておきながら、なぜ「誤認混同するおそれは極めて低い」という説示のみで、結論を示さないのか・・・


しかし、裁判所は、そんなもやもやした思いを、以下の説示ですべて吹き飛ばした。

(4) 原告の権利行使が権利濫用であること
「以上述べたところからすると,もともと被告各標章には特段の自他識別能力がある一方,原告商標は,登録後,少なくとも,流通におかれた商品に使用されてはおらず,原告商標自体,原告の信用を化体するものでもなく,何らの顧客誘因力も有しているともいえない。そして,原告商標と被告各標章との間で出所を誤認混同するおそれは極めて低い。それにもかかわらず,原告は,原告商標権に基づき損害賠償請求をするものであるが,このような行為は,本件キャラクターが周知性,著名性を獲得し,強い顧客吸引力を得たことを奇貨として,本件の権利行使をするものというべきである。また,前記1で認定した原告商標の登録取消審決に至る経過をみると,本件訴訟の提起自体が,上記審判に対する対抗手段として行われた疑いが強いというべきである。」
「以上によると,原告商標と被告各標章が誤認混同のおそれがあるとしても,原告による権利行使は,商標法上の権利を濫用するものとして,許されないというべきである。」
(14〜15頁)

いわば「最後の切り札」としての権利濫用法理の登場である。

「権利自体は有効だが、権利行使を権利濫用として許されないものとする」という解決法は、商標法の世界のみならず、知財法全般を見回しても、かなりレアな部類に入るのだが、
過去には、

「控訴会社は、結局被控訴人が多大の広告、宣伝費を投じて広く認識されるに至つた商標「天の川」の名声を、自己の利益に用いんとし、たまたま第三者が所有し、全然使用されていなかつた登録商標「銀河」を譲り受け、これによつて被控訴人の前記商標「天の川」の使用を禁圧しようとしたものと推断するの外なく、以上認定された一切の事情のもとにおいて、かかる行為は権利の濫用として許されないものといわなければならない。」

として、仮処分に対する異議控訴を退けた判決(東京高裁昭和30年6月28日判決、いわゆる「天の川」判決)*5もあるし、

「商標権者の権利濫用を基礎付けるための一事情として、相手方との利益衡量の際に、登録商標が使用されていないことを斟酌することは許されてよいだろう」(田村善之『商標法概説[第2版]』321頁・脚注6)*6

という見解もあるところで、いわば“奥の手”といえる。

そして、原告側にとっての筋の悪さに鑑みれば、一般的な類否判断だけでは明確に結論を導きにくい本件において、様々な考慮要素を詰めたうえで、「権利濫用」という切り札を用いて「請求棄却」の判断を導いた裁判所の心情も十分理解できるところではある。


これまでにあまり前例のないタイプの判断だけに、原告側が頑張って争えば、控訴審で、結論はともかく法律構成くらいは変わる可能性がある事例だと言えるが、個人的には、夕張の救世主を、極めて分かりやすい論理で守った、という観点から(笑)、この判断を支持したいと思っている。

*1:第26民事部・山田陽三裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/423/084423_hanrei.pdf

*2:おそらく、ここ(http://yubariten.com/SHOP/434502/list.html)だと思われる。

*3:判決によれば、そもそも株式会社UMAIの代表者と原告の代表者は同一人物のようだから、「譲渡」といっても形式的なものに過ぎないのかもしれないが、一方で「金になる」と判断して、より権利行使しやすい立場の会社に名義を移し替えた、とみることもできる。

*4:審決自体は、取消訴訟を提起されることなく、平成26年6月2日に確定している。

*5:ちなみに、この判決は、最近、田村善之教授が、例のアップルvsサムスン大合議判決の解説等で良く引き合いに出されており、注目度赤丸急上昇・・・という感のある判決である。

*6:ただし、田村教授は、一般論としては、商標の不使用取消がなされる前の侵害行為については、商標権侵害を肯定している(田村・前掲315頁)。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html