産業界の「方針大転換」の行く末〜職務発明制度見直しはどこに向かうのか。

かねてから、当ブログで、「そもそも、なぜ法改正が必要なのか?」ということを問いかけてきた、特許法35条(職務発明に関する規定)の改正をめぐる問題が、いよいよ議論の最終章に突入しようとしているようである。

特許庁は企業の従業員が発明した特許について、条件付きで企業に帰属させる方向で検討に入った。いまは発明した従業員が特許を持つが、企業の設備や同僚の協力なしに発明するのは難しいためだ。ただ従業員に報酬を支払う新ルールを整備し、企業が発明者に報いることを条件とする。」
特許庁が3日に開いた有識者会議では、経団連の和田映一氏ら産業界の委員が『法律で発明者に報奨することを定めるのは、企業と従業員の双方に有意義』と表明した。」
日本経済新聞2014年9月4日付け朝刊・第5面)

この議論が始まって以来、明らかに不正確だったり、単なる観測気球としか思えないような記事が、あちこちで紙面を飾っていることもあり、最初この記事を見た時は、ホンマかいな?と目を疑った。

だが、9/3に開催された、産業構造審議会知的財産分科会の第8回特許制度小委員会の資料(http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/newtokkyo_shiryou8.htm)を見ると、確かに上記のような議論が行われたことを推察されるペーパーが、いくつか掲載されている。

参考までに、資料の内容を簡単に紹介すると、まず、事務局が用意したと思われる「職務発明制度の見直しに係る具体的な制度案の検討上の論点」(資料1)(http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou008/01.pdf)に、前回の第7回特許制度小委員会における「これまでの議論の整理」が再掲され*1、さらに「事務局における検討の過程において」「追加的に浮上してきた」重要な論点や疑問点、として、以下の1〜4が示されている(強調は筆者による)。

【論点1】
「現行特許法を改正し、職務発明に係る特許を受ける権利を使用者等に原始的に帰属させることとし、かつ、法定対価請求権(第35条第3項等)を撤廃することとした場合、従業者等が自らのした発明により利益を取得する権利を奪う法改正は、従前の法定対価請求権と同等の権利が保障されない場合には、問題となるのではないか。仮に、(すべての場合であれ、一定の場合であれ)法定対価請求権を撤廃することとするならば、特許法において長きにわたって認められてきた権利(財産権)の撤廃を正当化しうるだけの立法の必要性と合理性とは何か、を明らかにする必要があるのではないか。」
【論点2】
「仮に、特許法上の法定対価請求権を撤廃することになると、使用者等と従業者等による対価に関する取決めの内容は、民法の一般条項によって規制されることとなる。その結果、訴訟における予見可能性は、従前よりも低下し、個々のケースについての結論はより不透明となる恐れがあるのではないか。他方で、予見可能性は必ずしも低下しないという考え方もあろうが、見解が分かれること自体が、予見可能性の低下の要因となり得るのではないか。」
【論点3】
「従業者等に対する発明のインセンティブについては、使用者等の自主性に委ねるべきとの見解がある。また、使用者等は、職務発明に係る特許を受ける権利を使用者等に原始的に
帰属させたとしても、従業者等の発明に対するモチベーションの維持・向上のため、従前通り、インセンティブ施策を講じるという見解もある(参考資料1)。 確かに、インセンティブ施策は、基本的に、使用者等の自由裁量に委ねることが望ましい。」
「しかし、各種アンケートによれば、職務発明に対する適切な取決めが存在しない企業や、職務発明に係る特許を受ける権利が使用者等に帰属することとなれば報奨金原資を現行より減額するとする企業が、一定程度、存在しており、使用者等の自主性にのみ委ねても従業者等の発明へのインセンティブが確保されるとは言えない場合もあるのではないか(参考資料2)。このため、発明の奨励という特許法の法目的にかんがみ、職務発明においても、発明者の保護について、一定程度の規制を及ぼす必要があるのではないか。
「現行法においては、職務発明についてのインセンティブ施策は、基本的に使用者等の自由裁量に委ねる一方で、従業者等に法定対価請求権を付与し、対価を巡る係争が生じた場合については、事後的に司法による解決をはかるという「事後規制」となっている(特許法第35条第3項〜第5項)。仮に、(すべての場合であれ、一定の場合であれ)法定対価請求権を撤廃する制度とする場合には、上記の理由により一定程度の規制が必要である以上、使用者等に対して、従業者等の発明へのインセンティブを確保するための新たな「事前規制」を創設する必要があると思われる。しかし、そのような事前規制は、使用者等のインセンティブ施策の自由裁量を制限する恐れがあるのではないか。以上を踏まえた上で、現行制度の「事後規制」を「事前規制」へと抜本的に転換することがより望ましいと言えるのか。現行制度の「事後規制」を維持しつつ、それを改善するほうが望ましいという考え方もあるのではないか。あるいは、ほかには、どのような考え方があり得るか。」
【論点4】
「特許制度小委員会のこれまでの議論においては、「一定の場合には、例えば、従業者帰属を使用者帰属とする等の制度見直しの合理性が認められるのではないか」との指摘があり、また、大学等における職務発明に係る権利の帰属先については、実情に応じた弾力的運用を可能とすることが必要であるとの指摘もあった。現行法においては、使用者等が特許を受ける権利の使用者等への帰属については、一律に、契約、勤務規則その他の定めによるものとする制度になっているが、仮に、現行制度を改めて、「一定の場合」については別の制度を設けることとした場合、二つの異なる仕組みが併存することにより、職務発明制度が過度に複雑化し、実務に混乱や困難を招く恐れはないか。」

一方、これに対して、特許制度小委員会に産業界を代表して参加している、和田氏(日本経団連)、萩原氏(日本知的財産協会)、鈴木氏(電子情報技術産業協会)、矢野氏(日本製薬工業協会)の4氏が連名で提出したのが「第8回特許制度小委員会『資料 1 職務発明制度の見直しに係る具体的な制度案の検討上の論点』に関する意見」(http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou008/05.pdf)である。

そして、そこには、

職務発明については、特許を受ける権利が原始的に使用者等に帰属する(以下「原始使用者帰属」)とする特許法の速やかな改正を強く望みます。そして、原始使用者帰属制度に改正する際には、これまでの小委員会での議論を踏まえ、使用者等は、一定の手続きを経て策定した契約、勤務規則等に基づき発明者に報奨する旨を法定することが、使用者等と従業者の双方にとって有意義であると考えます。」

と、確かに上記日経紙の記事に整合する記載が残されている。

当日の実際の議事の内容自体は、まだ公表されていないのだが、おそらく提出したペーパーから大きく逸脱するような流れにはなっていないだろうから、この先、「特許を受ける権利を原始的に使用者等に帰属する」ルールと、「従業員に報奨を支払う旨を法定する」ルールの2つを柱とする方向に、議論が大きく傾いていくことは間違いないだろう*2

産業界が目指していたのは「特許を受ける権利を使用者に帰属させる」ことだったのか?

発明の帰属については「原始的に使用者に帰属する」とし、その一方で「報奨」制度は残すことを法定する、というのは、使用者側に“華”を持たせた上で、発明者保護の視点も残している、ということで、一見バランスのとれた法制度のように見える。

しかし、それが、本当に産業界が目指していた「結果」なのか?、ということになると、大いに疑問を抱かざるを得ない。

今回産業界委員が示した方向性は、今年の春、日経紙が1面で報じた案*3に近いのだが、当時、この案に対して首を傾げた企業の実務担当者は多かったはず。

その際、このブログでも指摘したところなので、繰り返しになってしまうが、要は、

・企業の実務において問題になるのは、『支払う対価の額の妥当性』であり、『発明の帰属』そのものが問題になることはほとんどない。
・現行法の下でも、社内で職務発明規程を定めておけば、社員が行った発明が会社に帰属する、ということについて、争いが生じる余地はない。
・一方で、『発明の対価』については、社内規程に基づいて、「相当」といえる額を支払ったつもりでも、事後的に裁判所で不足している、と評価されてしまう余地がある。*4

ということで、「帰属」についていくら規定を変えたところで、「報奨」の支払が義務付けられている限り、何ら現行法と変わりはないように思えてしまうのだ*5

産業界側にしてみれば、本来であれば「使用者原始帰属」だけでなく、「対価請求権撤廃」という本筋の主張を守り通したかったところだが、特許庁から「企業の基準の審査・認定」という“あさって”の方向の提案が出そうな気配になってきたり、「法定対価請求権の撤廃」に対してかなり消極的な「事務局見解」が示されるようになるに至り*6

「今回の資料1で示された論点1ないし3の問題は、上記の考え方に立脚することで、いずれも解消されるものと思量いたします。」(第8回特許制度小委員会・参考資料4)

として、「一定の手続きを経て策定した契約、勤務規則等に基づき発明者に報奨する旨を法定する」ことを自ら条件として提示せざるを得ない状況になってしまった、ということなのかもしれない。

そして、「何も変わらないよりは、せめて『発明の帰属』という根源的な部分で『名』を取ろう」ということで、戦略を一気に切り替えた、ということなのかもしれないが・・・


仮に、改正の内容が、「発明者帰属」を「使用者帰属」に改める、というだけに留まる場合、それに対応するような立法事実を、特許庁の側でどうやって示すのか*7、また、これまで現在の特許法職務発明制度を元に作られていた各会社の中の「職務発明規程」と、改正後の法律に基づく規程との整合性をどのように担保するのか、といった点など、いろいろと問題は山積しているように思われる。

特に、後者については、これまであまり議論の焦点とはなっていないのだが、

特許法35条に基づく『特許を受ける権利や特許権』の譲渡対価としての発明者補償」

と、

「使用者と労働者(従業者)との間の取り決めに従って支払われる報奨金」

とが、同じなのか違うのか、ということが大きな問題として浮上することは間違いないだろう。

そして、後者について、「従来の「譲渡対価」としての性質を持つ発明者補償とは異なり、報奨金は裁判所の客観的な価値評価にはなじまない性質のものである」という解釈を導けたとしても、今度は、「使用者が取り決めた内容が、社員との間の労働契約の内容となり、使用者側からの一方的変更等に制約が課されることになるのではないか」*8、とか、「集団的労使関係において調整が必要な事項となりうるのではないか」*9という、より悩ましい問題が発生してくる可能性も否定できない。

現在、「使用者の裁量に委ねるべき」という主張を行っている論者が、どこまで意識しているかは分からないのだが、「純粋な特許法35条=知的財産法の世界の問題」として運用することができていた問題に、労働法的エッセンスが色濃く反映されるようになることで、知財部門の人間の仕事が、かえってやりにくくなることにならないか、ということは、もう少し真剣に考えた方がよいのではないかと思われる。


一企業内実務者としては、二転三転した末に「結局何も手を付けないのが一番良い」という結論に至り、上記のような懸念が全て杞憂に終わってくれることを願うのみである。

*1:内容については、http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140818/1408383008参照。

*2:一方で、飯田委員(東京医科歯科大)からは、大学等に一律な法人帰属ルールを適用することへの懸念も表明されており(http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou008/04.pdf)、すんなりとシンプルに整理できるかどうかはまだ分からない。

*3:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140324/1396018081参照。

*4:ただし、これは平成16年の改正前特許法が適用される場合の話であって、改正後の特許法35条4項、5項の下で、どういう評価がなされるかは明確ではない。

*5:一方で、ブログの前記記事の中でも書いたとおり、「譲渡対価」という法律構成ではなくなることにより、裁判所がこれまで行ってきた「相当の対価」の算定方法を改める(あるいは対価への介入自体を控える)という期待は生じるのかもしれない。ただ、結局はこれも法の解釈の問題に過ぎないので、実際に裁判所で争ってみないと結論が分からない、という点にかわりはない。

*6:しかも、事務局の「論点3」の根拠として示されている「参考資料2」には、日本知的財産協会が発行する「知財管理」の掲載データが、発行者の意図とは(おそらく)異なる形で引用されてしまっているなど、産業界側にとってはかなり微妙な展開になってしまっている。

*7:実際には、何も変わらない可能性が高いにもかかわらず、必要以上に「企業の国際競争力・イノベーション強化」というフレーズを前面に出してしまうと、研究開発に従事する企業の関係者等に誤ったメッセージを与えてしまう可能性があるし、かといって、実質的な理由を何も付さずに変えられるほどの軽微な改正、ということにもならないだろう。

*8:特許庁が法改正後のガイドライン等で、「報奨を行う旨を就業規則等で定めるべし」などと書こうものなら、途端に人事部門との調整が必要な一大事になることは、多くの会社では避けられないだろう。

*9:「労働の報酬」としての賃金等についてはもちろんのこと、そこに含まれる一部の福利厚生給付も「労働条件」として義務的団交事項になる、というのが、労働法の世界での一般的な理解(菅野和夫『労働法』[第6版](2003年)543頁など)だから、発明を行った社員に対する報奨の問題も、集団的労使関係の枠組みの中で整理されるべき、ということになる可能性は大いにある。

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