「知財実務」の真の姿はここにある〜期待を裏切らなかった「セオリー」シリーズ。

レクシス・ネクシスジャパン社から出版された「企業法務のセオリー」という本を読んで、感動をそのままにエントリーを書いたのは、去年のGWだった*1
そして、シリーズとしては、(おそらく)第2弾となるであろう、↓の本を、定期的に立ち寄る某書店の知財書コーナーで見つけた瞬間、自分は迷わず手に取った。

キャリアアップのための 知財実務のセオリー ―技術を権利化する戦略と実行― Practice of IP for career  Dev. (ビジネスセオリー)

キャリアアップのための 知財実務のセオリー ―技術を権利化する戦略と実行― Practice of IP for career Dev. (ビジネスセオリー)

今回のテーマは「知財実務」。そして、前作の“スキルアップ”をさらに超えた(?)「キャリアアップ」をタイトルに掲げている、ということもあり、当然ながら期待も前作以上。
そして、読み終わった時の感覚は、そんな期待を決して裏切るものではなかった。

前作同様、中途半端に紹介するのは失礼になってしまうくらい完成度の高い書籍なのだが、それでもあえてご紹介するならば、本書の特徴は以下のようなものになるだろうか。

(その1)著者が語る「心構え」が心に響く。

まず、本書の冒頭に設けられている「知財部門担当者の心構え」という章のインパクトが強烈である。

何と言っても、「何を措いても謙虚な心を持つことが知財担当者の原点」(本書14頁)というところから始まるのだから・・・

本書の著者である岩永利彦弁護士は、理系出身で、ソニー入社後、純粋なエンジニアとしての経験を積まれた後に、知財部に異動し、社内弁理士として活躍、というキャリアをお持ちの方である。
そのため、この章の中では、特に「エンジニアや研究職として活躍してきた人」を念頭に置いて、「技術の専門家=特許の専門家ではない」ということを強調したり、“はぐれ知財部員”になることへの警鐘をかなり熱心に説かれているように見える。

「技術者」と「特許実務者」との違いについては、この後の章の中でも繰り返し出てくるから、この点については、知財部にいらした際に相当なご苦労をされたのだろう。
そして、ここで書かれているようなことは、自分のように、技術ではなく「法律」、「法務実務」の側から「知財部門」にアプローチした人間であれば、何となく抱く感想なのであるが、それを、同じ理系のバックグラウンドを持つ方が書かれている、というのは極めて興味深い。

また、知財の仕事は他人任せにしてしまえば、いくらでも他人任せにすることができる、実に手抜きをしやすい仕事だからである」(19頁)として、“他人任せ”を戒めたり(ここでは、“suitable知財部員”というフレーズが使われている)、知財の仕事は極めて地味な仕事である」(21頁)と述べて、イメージ先行で知財業務を目指す人々を戒めたり・・・と、本腰を入れて知財部門で仕事に取り組んだことのある者なら“よくぞ言ってくれた”というエッセンスが、この第1章には凝縮されており、個人的には、ここまで読んだところで、既に元が取れた気分になるほどであった。

ちなみに、本書には、この後にも、ところどころに、おっ、と思うようなフレーズが出てくる。
特に、

「結局のところ、読みづらい明細書を読まなければならないときはある。学問に王道がないのと同様、特許の仕事にも王道はない。それゆえ、一番大事なのは、覚悟や根性であって、何としてでもこの明細書を読むという強い意志であろう。」(81〜82頁)

という一節などは、駆け出しの頃の必死さを思い返しながら、しっかりと心の中に留めておきたいフレーズである。

(その2)エッセンスの選択と、その優先順位の付け方が、企業実務にしっくりはまる。

次に、本書のメイン部分を読み進めていく中で、「やっぱり企業の実務経験のある方が書いた本は違うなぁ」と思ったのが、まず最初に「侵害」の話から入ってきている、ということである。

例えば、「特許の基本」として、特許クレームの説明を始めるくだりでも、まず最初に出てくるのは「どのような状態が侵害なのか」という話だし(30頁)、利用発明の説明をする時も、「侵害となるかどうかは、自ら実施した技術に関する特許を取得しているかどうかとはまるで関係がない」(34頁)という、経験を積めばすぐわかることだが意外と基本的な概説書等にはストレートに書かれていないエッセンスを、ズバッと示す。

さらに、いわゆる「実践編」となる第3部(知財案件のセオリー)まで進むと、「権利行使までを想定した」拒絶理由通知への対応を解説したり、侵害対応の実務を、「特許権者」「実施者」の双方の立場からかなり分厚く解説したり、と、まさに「特許権侵害」を軸にした構成となっており、最後の「研修」の章でも、「第1優先は、特許権侵害についての解説としたい。」ということで、全くぶれるところがない。

特許法に関して書かれた概説書の多くは、条文の順番に沿って「特許要件」の話から書かれていることが多いように思うし、特に弁理士の先生が書かれた本だと、ボリューム的にも「どうやって発明を特許にするか」というところに重きが置かれることが多いだろう。

だが、そこをあえて“脇役”に回し、企業にとって最も重大な関心事である「侵害」を、300ページあるこの書籍の中心に据えたこと、そして、特許の出願から登録に至るまでの手続き等、特許実務に欠かせない他のスタンダードなプロセスに関する記述を、中心となるテーマと有機的に連携させていること・・・そこに、「実務のセオリー」という看板を掲げる本書の最大のアピールポイントがあるように思えてならない。


なお、もう一つ面白いのが、企業の知財部門の視点から見た社外の専門家の仕事の評価や、仕事の進め方に関するくだりである。

「弁護士の業界は、弁護士個人の信用で仕事をするのに対し、弁理士の業界は、事務所の信用で仕事をすると言える」(52頁)

といったくだり*2には、頷けるところも多々あるし、「弁理士の選び方の基準」(188〜189頁)で書かれている内容などは、(企業の実務者にとってはごく当たり前の話ではあるのだが)やはり、当業界の方が読むとプレッシャーを感じざるを得ないのではないだろうか。

また、侵害訴訟に際しての弁護士の選び方についても、「(出願を担当した)弁理士が紹介する弁護士を利用するのが有効な手段」(237頁)というコメントをしっかり活字に残してくださっているのは、とてもありがたいと思った*3

(その3)全体を通じての読みやすさ、初心者にとっての分かりやすさ

最後に、本書の特徴として、とにかく「読みやすい」ということも強調しておきたい。

前回の「セオリー」第1弾と同様に、身近な視点から書籍全体が作られているから、というところは、当然あるだろう。

ただ、本書は「企業法務のセオリー」とは異なり、全く畑違いの部門から知財部門へと「キャリアアップ」を図る人々も読者層として想定していることから、「特許法に関する基本的な説明」や、さらに遡って「法律とは?」といったところの説明にまで、相当な分量が割かれている。

それにもかかわらず、普通は無味乾燥なものになってしまいがちな、その手の「基本的記述」までもが、分かりやすく明快なコメントで記されていて、非常に読みやすいのである。


よくよく調べてみると、本書の著者の岩永弁護士は、自分が時折“お役立ちサイト”として活用させていただいている知財ブログを書かれている方のようで、それを知って「道理でなるほど・・・」と思ったところもあるのだが、いずれにしても、本来なら、すごくややこしくて面倒な話を、これだけ軽快にまとめることができる著者の筆力は、素晴らしいの一言に尽きる*4

そして、この流れの中で「明細書の前提はわかりやすさ」と書かれているのを読んで(195頁)、「是非明細書の起案をお願いしたい!」と思った読者は、決して少なくないことだろう*5

いつまでも続いてほしいもの

先日の「ロジスティクス」シリーズ紹介の際にも書いたことだが*6、出だしで素晴らしいインパクトを残したシリーズのコンセプトが、第2弾にまで承継されているのを見るのは、非常に嬉しいものである。

その意味で、今回の「知財実務のセオリー」の企画も大いに称賛されるべきものだと思うし、編集サイドの企画趣旨を見事に実現した本書の著者も、また称えられて然るべきだと思う*7

著者の岩永弁護士は、巻末の「おわりに」で、参考図書を紹介されつつ、

知財の名著には、改訂版が出ないものが多く、非常に残念です。」(295頁)

と、ボソッと呟かれているのだが、自分としては、既に「名著」といって差し支えない本書が、今後版を重ねてグレードアップしていくことを期待してやまない。

そして、そのためにも(?)、まずは、今「知財実務」の入り口に立っておられる、少しでも多くの企業実務家の方々に、本書を手に取っていただくことをお勧めする次第である。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130505/1367851525

*2:著者は、中規模以上の事務所の弁理士に直接仕事を依頼することが難しい(事務所全体の事件として扱われ、全く意図しない弁理士に仕事が振られてしまう場合がある)ということに注意を促して、このようなコメントを残しておられるのであるが、法律事務所でも一定以上の規模になってくると、必ずしも依頼する弁護士を選べない現象が既に生じているようにも思われるので、いずれこの比較は意味をなさなくなってしまうかもしれない・・・。

*3:特に、会社経営陣の上の方に行けばいくほど、“著名”な法律事務所のセールストークに載せられてしまう傾向があるので、本書を材料として使うことができるのであれば、それに越したことはない。さすがに、いくら本書に書いているからといっても「外部への鑑定書作成依頼は『無駄な出費』になる可能性があるのでやりません」とまで経営幹部に言う勇気はないのだが・・・(227頁参照)。

*4:なお、「法的文書の読み方、書き方」について解説されているくだり(56頁以下)などを読むと、いかにも“理系サイド”からこの世界に入った方だなぁ、という印象を強く受けるし、「進歩性」についてのかなり思い切った記述(118頁)などは、もしかすると読み手による“好き嫌い”があるのかもしれないが、それもまた、著者の一つの個性、として堪能すべきところだと自分は思う。

*5:「特許制度は、他人を罠にはめるためのものではない。自社の事業を守るためのものである。他人が侵害しなければそれでよく、他方、侵害した場合にはっきりとわからなければならない。特許の目的は明快なのである。」(195頁)というくだりも、(最近では主流となりつつある考え方とはいえ)個人的には非常に好きなフレーズである。

*6:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20140912/1410800459参照。

*7:シリーズ第1弾を読んだときに、いつか自分もこういうのが書けるようになればなぁ、などと不遜なことを考えもしたものだが、今回、第2弾の本書を拝読して、「まだまだ自分には10年以上早いな・・・」と思わずにはいられなかった。

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