「維新の会」商標をめぐる紛争と商標法4条1項6号該当性の判断基準時をめぐる論争

かつて、「維新」の旗印を掲げて大阪エリアを席巻し、あわや政権の座まで伺う勢いだった政治団体が存在した。
正確に言えば、まだ大阪ではそれなりの支持を得ているようだし、中央政党としても、まだ「日本維新の会」は辛うじて存続しているようだから、“過去形”にしてはいけないのだろうが、2年前の総選挙(&翌年の参院選)以降、すっかり勢いが影を潜めてしまっている(しかも“分裂”等の騒動もあった)のも事実だけに、どうしても昔話のように思えてしまう。

そんな中、商標の世界で、「維新の会」をめぐる興味深い判断が示されている。

登録査定、審判時に存在する、とされた商標法上の不登録事由が、審決取消訴訟の過程で事後的に解消したらどうなるか? というかねてからの議論にも、一石を投じるかもしれないこの事例を、かつての“旋風”を懐かしみつつ、取り上げてみることにしたい。

知財高判平成26年9月17日(平成26年(行ケ)第10090号)〔日本維新の会*1

原告:X(個人)
被告:特許庁長官

本件は、原告が平成23年12月16日に出願した商標日本維新の会」(標準文字)(商願2011-90946号)が、平成24年8月16日に拒絶査定を受け、それに対する不服審判請求も不成立となったため(平成26年2月25日)、それを不服として、審決取消訴訟を提起した、というものである*2

特許庁は、当初、商標法4条1項7号(公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標)に該当することを理由に拒絶査定を行ったのだが、審判段階になって、合議に基づき、新たに商標法4条1項6号を拒絶理由として挙げ、審査段階の結論を維持した。

4条1項6号は、

「国若しくは地方公共団体若しくはこれらの機関、公益に関する団体であって営利を目的としないもの又は公益に関する事業であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なものと同一又は類似の商標」

という規定であり、特許庁は、拒絶査定後の平成24年9月28日に、国政政党として「日本維新の会」が正式に結党された、という事実を踏まえて、何かと争う余地を残しやす4条1項7号から、端的に要件にあてはめられる4条1項6号に切り替えて拒絶査定を維持したものと推察される。

これに対し、原告は、以下のような理由を挙げて、審決の判断を争った。

(1) 主位的主張
「本件拒絶査定時をもって,商標法4条1項6号該当性の有無に係る判断の基準時とすべきである。」
「政党「日本維新の会」は,平成24年9月8日に発足した政党であり,同年8月16日の本件拒絶査定時には存在しなかったのであるから,本願商標は,商標法4条1項6号に該当するものではない。」
(2) 予備的主張
本件訴訟の口頭弁論終結時をもって,商標法4条1項6号該当性の有無に係る判断の基準時とすべきである。商標法50条に関する判例,実務においては,商標使用の判断時期は,事実審である審決取消訴訟の口頭弁論終結時とされている(最高裁平成3年4月23日第三小法廷判決)。」
「そして,政党「日本維新の会」は,平成26年7月31日に正式に解党して消滅し,その後,一時的に新党「日本維新の会」が結成されたものの,同年9月に「結いの党」と合流して改めて新党が結成される予定であり,上記の新党「日本維新の会」の名称も,変更されて消滅することがほぼ確定した。以上によれば,本願商標は,商標法4条1項6号に該当するものではないというべきである。」(以上4頁)

冒頭で述べたとおり、政治の世界での「維新」の旬は極めて短く、本件商標との関係で言えば、登録査定時にはまだ「日本維新の会」は正式な形では存在せず、一方で取消訴訟の口頭弁論終結時には、野党再編を控えて“風前の灯”ともいうべき状況であった。

「本件出願以前に『日本維新の会』を立ち上げて統括し、政治活動など多方面にわたる実績を挙げてきた」(5頁)と主張する原告としては、ここは何としてでも突きたかったはずで、かくして「商標不登録事由に関する判断基準時」という、かねてから議論のある論点に対し、裁判所の判断が求められることになった。

「審決時」基準を譲らなかった裁判所の判断

裁判所は、冒頭で商標法4条1項6号の趣旨を述べた上で、「例外」規定である商標法4条3項の趣旨を以下のように説示し、「拒絶査定に対する審判の請求があった場合」の判断基準時を「審決時とすべき」とした。

「商標法4条3項は,「第一項第八号,(中略)に該当する商標であっても,商標登録出願の時に当該各号に該当しないものについては,これらの規定は,適用しない。」と規定しており,この文言自体から,商標不登録事由を列挙する商標法4条1項各号のうち,同条3項に掲げられていないものについては,商標登録出願時に不登録事由に該当しなくても,その後の事情変更等によって該当するに至った場合には,商標登録を受けることができなくなると解される。したがって,商標法4条3項の趣旨は,同条1項各号の該当性の有無に係る判断の基準時を,最終的に当該判断をする時点,すなわち,原則として「商標登録査定時」又は「拒絶査定時」,拒絶査定に対する審判の請求があった場合には,「審決時」とすることを前提として,同条1項各号のうち,出願時には該当性が認められず,その後に出願人が関与し得ない客観的事情の変化が生じたために該当するに至った場合,当該出願人が商標登録を受けられないとするのは相当ではないものにつき,判断の基準時の例外を定めたものと解するのが相当である(東京高裁昭和46年9月9日判決・無体財産権関係民事・行政裁判例集3巻2号306頁,最高裁平成16年6月8日第三小法廷判決・集民214号373頁参照)。」
「イ 上記の商標法4条1項6号の趣旨及び同条3項の趣旨に加え,同項が判断の基準時の例外を認めるものとして掲げる事由に商標法4条1項6号は含まれていないことに鑑みれば,同号該当性の有無に係る判断の基準時は,審査官による商標登録出願の審査(同法14条)の際には査定時,拒絶査定に対する審判の請求があった場合(同法44条)には,審決時とすべきである。」(7〜8頁)

商標法4条3項に挙げられているもの以外の不登録事由該当性の判断基準時が「出願時ではなく査定時or審決時である」ということは、平成16年の最高裁判決の中でも言及されているうえに、これまでの裁判例等でも概ね定着している判断だと思われるから、それを「出願時」まで遡らせることを要求する原告の主張には、さすがに無理があった、というべきだろう。

実は、本件判決の1週間ほど前に、同じ原告が「東京維新の会」という商標(商願2011-90947号)に関して提起した審決取消訴訟の判決も出されている*3のだが、そこでも、若干異なる言い回しながら、

審査と拒絶査定不服審判とは続審の関係にあり,本件のように審判において新たな拒絶理由通知が発せられ,審査とは異なる拒絶理由について判断されることもあることを考慮すると,拒絶査定不服審判の審決における商標法4条1項6号の判断の基準時は審決時となるというべきである。本件において審決時を基準時とすべきであるとした審決の判断に誤りはない。」(東京維新判決・8〜9頁)

と「審決時を基準時」とする、という判断を、同じ知財高裁(ただし係属部は異なる)が行っているところであった。


一方、原告の予備的請求(口頭弁論終結時を判断基準時とすべき、という主張)に対しては、以下のような判断が示された。

「審決取消訴訟は,裁判所において,特許庁における審判官の合議体(商標法56条1項,特許法136条。以下「審判合議体」という。)がした審決の瑕疵の有無を事後的に判断する訴訟手続であり,審理の直接の対象は,商標権等の権利の存否ではなく,当該審決自体の違法性の存否,すなわち,当該審決につき,同審決がなされた時点において瑕疵があったか否かということに尽きる。このことは,裁判所において,審決取消訴訟を提起した原告が主張する取消事由に理由があるものと認めた場合であっても,自ら権利の存否を判断することはせず,判決において当該審決を取り消すにとどまり,同判決が確定したときは,特許庁の審判官においてさらに審理を行うとされていること(商標法63条2項,特許法181条)からも,明らかといえる。したがって,審決取消訴訟においては,原則として,当該審決時までの事情に基づいて同審決の瑕疵の有無を判断すべきであり,同審決後に生じた事情は考慮すべきではない。」(8頁)

裁判所はこれに続けて、「審査の続審」である拒絶査定不服審判と、「審決取消訴訟」とで手続の主体、構造が異なるため「同列に論じることができない」(9頁)とも述べており、いわゆる行政訴訟の性質論から、「審決時」が最後の判断基準時である、ということを根拠づけようとしている。

本件では、

「仮に,本件において,例外的に,本件審決後に生じた事情を考慮する余地があり得るとしても,政党「日本維新の会」が正式に解党した後に一時的に結成された新党「日本維新の会」の名称も,今後,変更されて消滅することが確定したという原告の前記主張に係る事実を認めるに足りる証拠はない。」(11頁)

という認定もなされているから、「審決後に生じた事情を考慮すべきかどうか」という点にあえて判断を示さなくても結論を出すことは可能だったと思われるが、それでもなお、「判断の基準時」を明確にしておきたい、と裁判所は考えたのだろう*4

確かに、原告が主張の根拠として挙げていた「不使用取消審判(における主張立証の時期)」の話と、本件のような「不登録事由該当性の判断基準時」の話を同じ次元で論じるのは、好ましいことだとは言えない。

ただ、かつて北大の田村善之教授が、

著作権不正競争防止法の保護の例からも分かるように、知的財産法にあっては権利の発生を登録に係らしめる必然性はない。商標権の場合には、商標の発展助成機能を促進するために登録だけで権利が発生することを認め、さらに、出所の混同の抑止、具体の信用の保護に適した商標登録を実現するために登録を権利の成立の要件とし、そこに特許庁という専門機関の判断を介在させることにしたのである(略)。したがって、拒絶査定に端を発する審決取消訴訟においても、登録されるべき出願を登録に導き、登録されるべきではない出願の登録を阻却することが審決を取り消すか否かの分岐点になるべきであり、それ以上に行政庁の処分時の判断の可能性を問題にすべきではない。」
取消訴訟の段階で拒絶理由が解消したのであれば、商標登録を拒む理由はなくなっているのであるから、審決を取り消し、事件を審判手続きに差し戻すべきである。
(田村善之『商標法概説〔第2版〕』(弘文堂、2000年)283〜284頁)

と書かれているように、「不登録事由該当性」プロパーの問題として考える場合にも、異なる考え方はあり得るところだと自分は思っている。

これまでの伝統的な解釈論に照らせば、あくまで“立法論”ということになってしまうのかもしれないが、実務的にも、仮に4条1項6号適用の根拠となった「公益に関する団体」が、取消訴訟の口頭弁論終結時に消滅していた場合、「再度出願すれば登録を得られる可能性が高い状況」であるにもかかわらず、審決自体は取り消せずに拒絶査定が確定してしまう、というのは、あまりに迂遠ではないか、という気もするところである*5

いずれにしても、「維新の会」のあまりの寿命の短さゆえに、思わぬところで争点になってしまった「商標不登録事由該当性の判断基準時」問題。
まさか、この事件で、最高裁の判断まで出るとは、ちょっと考えにくいところではあるのだが、もう少し議論が盛り上がっても良いのではないかなぁ、と思うところである。


(追記)
前記判決が出された数日後、とうとう以下のようなニュースが流れた。

日本維新の会と結いの党は21日、合流による新党『維新の党』の結党大会を都内のホテルで開いた。維新の橋下徹、結いの江田憲司代表が共同代表に就任した。」(日本経済新聞2014年9月22日付朝刊・第2面)

「維新」の名前自体は残るとはいえ、原告が再度「維新の会」関係の商標を出願した時に、特許庁が拒絶を打つ理由が見つけられるのか・・・。
いずれにしても、栄枯盛衰、時の流れの速さを感じさせるニュースである。

*1:第2部・清水節裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/477/084477_hanrei.pdf

*2:個人なので、裁判所が公開した判決文は当然匿名になっているが、IPDLで検索すると、このX氏が、いつも選挙でお馴染みの大発明家であることが分かる。ちなみに、本件商標と同じ時期に出願された「東京都維新の会」「平成維新の会」は原告の商標として既に登録されている。これに対し、大阪の「維新の会」は約1年遅れで自らの商標を出願、「大阪維新の会」は登録できたものの、肝心の「日本維新の会」の方は、原告出願商標の審査の結論待ち、という状況になっているようである。

*3:知財高判平成26年9月11日(平成26年(行ケ)第10092号)〔東京維新の会〕(第1部・設楽隆一裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/459/084459_hanrei.pdf)。

*4:なお、前掲「東京維新の会」に関する事件は、審決の時点において、政治団体としての『東京維新の会』が消滅していた、という事実関係であったことから「審決後の事情変更」は直接の争点とはなっていないが、「審決時である平成26年2月25日の時点において,東京維新の会は解散していたものと認められるが,その旨が東京都公報に掲載されたのは,審決後の平成26年3月17日のことであり,また,上記のような東京維新の会日本維新の会との関係を考えるならば,「東京維新の会」の標章は,東京維新の会の解散後においても,当面は,その出所の混同を防止するために,同一又は類似の商標の登録を妨げるべき事由となるべきものである。」(東京維新判決・10頁)と述べていることからして、判断基準時を後ろにずらすことは想定していないように思われる。

*5:平成23年の商標法改正で商標法4条1項13号が廃止されるなど、登録の「障害」がなくなった場合には、なるべく迅速に出願人に権利を確保させよう、という動きもあることを考えると、なおさら、である。

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