買い集めていた本の中に、「民事訴訟」に関する書籍(かつ去年から今年にかけて、比較的近い時期に出版されたもの)がたまたま複数あったので、夏くらいから読み比べてみていた。
書籍のコンセプトや想定されている読者層は様々であるが、いずれも、「訴訟」に直面する可能性のある会社の実務担当者にとっては、活用できるところが多いものだと思われるので、ここで簡単にご紹介することにしたい。
帰ってきた「民事訴訟対応マニュアル」
一つ目は、9年前の初版発行時に、“これは、これまでにないコンセプトの書籍”だと、多くの企業法務担当者の琴線に触れた「民事訴訟対応マニュアル」の改訂版である。
- 作者: 田路至弘
- 出版社/メーカー: 商事法務
- 発売日: 2014/02/13
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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田路至弘弁護士の編著によるこの書籍が素晴らしいのは、それまで「代理人である弁護士の立場」でしか書かれていなかった「民事訴訟手続」の世界を、「企業内の法務担当者」の視点で組み替えて描き出した、というところにある。
今でこそ、いくつかの法律雑誌が、企業担当者側に立った訴訟実務の特集を組んでくれたり、訴訟を担当する企業内弁護士の生の声が公の媒体に掲載されるような機会もあるのだが、この本が世に出た当時は、「訴訟に関する実務」といえば、弁護士の独壇場であるかのような雰囲気もまだあり、「当事者」側の視点で書かれた民事訴訟実務書は“本人訴訟”レベルのものくらいしか見当たらなかっただけに、自分も本書の初版を手にした時に、何とも言えない嬉しさを感じたものだった。
今回、約10年ぶりの改訂、ということになった背景に、どのような事情があるのかは分からないが、久しぶりに内容を見返してみて、「どの弁護士に相談するか」とか、「訴状送達直後の動き方」、「尋問シミュレーション」や「和解手続」における法務担当者の重要性など、本書を貫く“視点”が変わっていないことを確認して、安心したところは多かったように思う。
実際に訴訟で使う書式や、判決書の読み方の解説も付すなど、読者への分かりやすさを意識した構成も、依然として健在である。
もちろん、この10年の間に、読み手たる自分の側で変わったところはあるわけで、当時、民事訴訟法はもちろん、訴訟実務についても勉強している最中だった自分が受けた印象と、一応一通り、実務に必要な範囲では訴訟法も手続きの流れも頭に入れた(はず)の今の自分が、本書に対して受ける印象は微妙に異なる。
特に、昨年前半に公刊され、標題に付された「若手弁護士」のみならず、企業実務家の評価も高い圓道至剛弁護士の「若手弁護士のための民事裁判実務の留意点」が、“視点”こそ異なるものの、著者の裁判官としての経験も生かしながら、“細かい実務上の小ネタ”を多数活字にしているのと比べてしまうと、全体的に「教科書的な記載」が多いのはやはり物足りないところがあるし、ボリューム的にも、“本当に実務に必要なところ”とそうでないところとの“メリハリ”が今一つのように思うところもある*1。
また、肝心の「法務担当者」視点の記載についても、
「顧問弁護士に最初に相談したからといって、訴訟も顧問弁護士に依頼しなければならないということはない。よく、最初に顧問弁護士に相談した以上、訴訟を他の弁護士に委任したとなると顧問弁護士と会社の信頼関係にひびが入るのではないかと心配するという声を聞くが、杞憂である。」(6頁)
と現実世界で自分が経験した感覚とは若干ずれた記載があったり*2、全体的にどうしても抽象的、かつ、精神論的な記載が多いのは、気になるところである*3。
あくまで、法務担当者向けに「(要件事実の概念等も含む)民事訴訟法の基礎を教えるための入門書」と位置づけるのであれば、本書の内容は必要かつ十分、ということになるのは間違いないところだが、本書のタイトルには、より大きなポテンシャルが秘められているように思えるだけに、更なる改訂の機会があるのであれば、より実践的なスタイルを目指していただけることを期待したい*4。
(参考)
- 作者: 圓道至剛
- 出版社/メーカー: 新日本法規出版
- 発売日: 2013/05/20
- メディア: 単行本
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生のシナリオから学ぶ民事訴訟手続の真髄
最初に紹介した「マニュアル」が、法務担当者を最初から読者層として念頭に置いていたのに対し、「争点整理の実務を担っている裁判実務家(弁護士、裁判官)」を念頭に置きながらも、企業の実務担当者が民事訴訟について知る上で、実に興味深い素材を提供しているのが、裁判官と弁護士の共同執筆により出された「ライブ争点整理」である*5。
- 作者: 林道晴,太田秀哉
- 出版社/メーカー: 有斐閣
- 発売日: 2014/05/26
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本書は、4つの仮説事例を元に構成されており、それぞれの事例について、
原告代理人が依頼者の相談を受けて提訴 → 第1回口頭弁論期日 → 弁論準備手続期日における争点整理手続 → 人証決定
というプロセスを描くことによって、争点整理手続に関する「研究者の検討分析」や「実務家のスキルアップ」を目指す、というものなのだが、一つひとつの仮説事例*6と、それに対応して行われる当事者の打ち合わせ、提出される書面、そして、裁判所でのやり取りが、“現実にありそうな生々しさ”に満ちている、という点において、単なる「研究素材」にするにはもったいないほど素晴らしい*7。
裁判の手続きの中でも、「弁論準備手続」は一般人が傍聴できる手続きではないし、当事会社として訴訟に関与する経験をした担当者であっても、代理人の「期日報告書」でしか中身を知らされていない、というケースは多いのではないかと思う*8。
あと、自分の会社の側の代理人との打ち合わせの内容は良く分かっていても、「訴状を受け取った(あるいは訴状を作成した)相手方の打ち合わせがどのように行われているのか」とか、「裁判所が訴訟の各段階でどのようなところに頭を巡らせているのか」ということにまで想像力を働かせる機会は、なかなかないのではなかろうか。
そのような状況において、本書は、事例に合わせた「証拠」なども効果的に用いることにより、先述した生々しいやり取り+(本当は聞こえない)原告・被告双方の代理人&裁判官の「心の声」をあえて記すことによって、時に“生き物”と評される民事訴訟の手続きにおいて、争点がどのように形成され、裁判官の心証がどのように形成されるのか、ということを、克明に描き出すことに成功しているのである。
第1回口頭弁論期日後に、「代理人は双方とも、法的知識も十分にありそうだし、準備もきちんとしてくれそうだ。今後の進行も期待できる」という感想を抱いた裁判官が、その後、請求の法律構成をなかなかうまく整理できない原告代理人にシビレを切らして、
「原告代理人は、事実関係の調査も十分にできないだけでなく、法的な知識もない人かもしれない。」(File04_美容室設備の空リース事件・252頁)
という感想を抱き、その後も、「前回も同じ話を言われたが・・・」と心の中でため息を付くシーンを見て、“額に脂汗”の記憶が蘇る代理人弁護士は多いだろう。
また、他の事例で、自分の依頼人の側の情報がなかなか入らず、相手方代理人や裁判官からあれこれ突っつかれて、「あれもしなくては、これも調べなくては、ついでに展望も説明しておかないと・・・」と頭を悩ませる代理人の姿を見れば、「自社が依頼した代理人とのコミュニケーションはしっかり取って、最初から必要な情報は渡しておかないとな・・・」と思い直す企業の担当者も少なくないはずだ。
本書で挙げられているのは、あくまで「4つ」の事例に過ぎず、全てのタイプの訴訟に本書のエッセンスが応用できるわけではないし、あくまで「一事例」に過ぎないから、同じ類型の訴訟であっても、常に同じような争点形成、心証形成がなされる、ということでもない。
その意味では、本書は実務家にとっては、あくまでトレーニング、シミュレーションのための教材、の域を脱するものではなく、決して“マニュアル”的な使い方ができる代物ではないのだが*9、それでも、法曹実務家(彼/彼女たちは、なんだかんだ言っても、ある程度実務をやっていれば、訴訟手続の経験を積むことができる)ほど、訴訟の実際に触れる機会を得られない企業の法務担当者にとっては、非常に貴重な資料的書籍ではないか、と自分は思っている*10。
ということで、これから訴訟に直面しないといけなくなるかもしれない、という方には、マニュアルとしての「民事訴訟マニュアル」(or圓道先生の本)と、実践本としての「ライブ争点整理」を揃えて、うまく活用することをここではお勧めしておきたい。
*1:たとえば、実際に決定まで出されることは多くない「文書提出命令」について、14頁もの紙幅を割いているというのは、(この事務所がこの種の事案を多く手掛けてきたのであろう、ということに鑑みても)ちょっとバランスが悪い印象がある。本書のコラムでも書かれている「準備書面で引用すると220条1号に該当しちゃうよ」という情報をさりげなく入れて、簡潔な記述にとどめている「圓道本」(その代わり、使われる頻度が高い文書送付嘱託、調査嘱託にはそれなりの紙幅を割いており、他の訴訟記録利用等に関する記述もある)と比べてしまうとなおさら、だと言えるだろう。
*2:詳細は割愛するが、要は、弁護士といえども人間、ということである。
*3:もっと細かいことを言うと、より充実したはずの「コラム」の内容が、本文の記載との間で十分に整理されていなかったり、何となく同じことを繰り返し書いているように思えるところなどがあったりするのも気になった。
*4:別の出版社から、「レベルアップのための訴訟実務のセオリー」が刊行されるなら、それはそれでよいのだけど。
*5:編者「はしがき」の中では、先述した「裁判実務家」に加えて、研究者や法科大学院生、司法修習生まで“念頭におく読者”として挙げておきながら、「企業法務の関係者等」については、「法的な討論一般の在りを考える際のヒントを提供」する対象としか捉えていないように読めるところが、個人的にはちょっと不満なのだが、現状、そう思われても仕方ないところはあるのかもしれない。
*6:何となく、司法研修所の起案用、あるいは模擬裁判用の「白表紙」に使われそうな素材で、密かに模擬裁判のアンチョコになったりしていないか・・・などと変な想像をしてみたりもする。
*7:特に、親族間貸金の話と、「空リース」の話は、実によく見かける“あるある”系の話である。
*8:自分は、当事者はあくまで「会社」である以上、裁判所での手続期日に担当者が同席しないなんてことはあり得ない、というスタンスなのだが、世間一般で見ると、そのような会社は必ずしも多数、ということではないようである。
*9:登場する書面のサンプルにしても、お世辞にも「模範的」とは言えないものが、わざと使われているようなところがあるので、法曹実務家であれば、漫然と読むのではなく、「どこが悪いのか」ということに、常に注意力を傾けながら読むべき本、ということになると思う。とは言え、ところどころに、証人申請の方法や、事実確認の方法等、民事訴訟規則に関して実務家視点から書かれたコラムも載っていたりして、そのあたりは知識の整理にちょうど良いところもあるのだが。
*10:なお、個人的には、そこまで難しいことを考える以前に、「4つのストーリー」が読み物として面白い! というところも強調したい材料である。もっとも、この面白さが普通の感覚をお持ちの方とどこまで共有できるのか分からないので、こっそりと脚注に書くにとどめるが。