克明に描かれた「企業の弁護士採用動向」の今。

月末のささやかな楽しみになっている、“Business Law Journal”誌の最新号を今月も入手した。

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 11月号 [雑誌]

BUSINESS LAW JOURNAL (ビジネスロー・ジャーナル) 2014年 11月号 [雑誌]

この雑誌の、「一歩先を行く」素晴らしさは、かねてから何度も取り上げているとおりなのだが、今月号でも、8月26日に決定、9月8日に法務省のサイトにアップされたばかりの「民法(債権関係)の改正に関する要綱仮案(債権法改正要綱仮案)」*1に関し、「緊急解説」と銘打った記事が掲載され、しかも、こういう時に“派手な見出しを表紙に載せる割には、さらっと1ページに満たない内容でお茶を濁す”ことが多い某N誌とは異なり*2、今回、このBLJ誌では、図解付きで実に11頁にわたる充実した解説が掲載されている*3

ポイントを押さえた簡潔な解説の読みやすさもさることながら、法定利率をはじめとする解説の「図」が、一つひとつ良く考えて作られているなぁ、と思わず感心してしまうくらいの仕上がりの良さだったり、「ペンディング」扱いとして公式の「要綱仮案」には掲載されなかった「定型約款」部分の規定案が、最終の部会資料を基に一通り紹介されていたり、「撤回された項目」についても言及していたり*4・・・と、痒いところに手が届く、これぞ“リーガル・メディア”の神髄、というべき記事だといえるだろう。

また、メインの特集である「トラブル事例に学ぶ 海外案件のリスク要因」も、実務最前線の弁護士の論稿から、法務担当者の匿名記事まで、かなり粒揃いだなぁ、という印象を受ける。

一度その辺のエリアに手を出した会社の法務の人間なら、思わず“そうそう・・・”といってしまいそうになる“あるあるネタ”や、“なるほど”と感じさせられる、未知の領域の経験談など、いろいろと読み応えのあるところは多かったのだが、個人的に、一番、活字になってよかった、と思ったのは、

「法律実務上大事なのは気質論・文化論ではなくて、第一には『ビジネスの内容・性質に即した契約なのか』、第二には『グローバルなルールに立脚するものか』、第三には『』シビルロー、コモンローの違いに即したものか』である。」
「法務面・契約実務面・紛争解決(予防)面から見ると、国際取引・投資にとって重要なのは、相手国の『ローカル』な事情ではなくて、むしろ『グローバル』なプラクティスである。」(井口直樹「紛争・訴訟に至るトラブル」BLJ2014年11月号・40頁)

というくだりだろうか。

もちろん、この論稿の中でも、「最初に進出する際」の市場参入規制、労働者保護法制への対応や、「日常的に発生する不可避的な法律問題」のために、ローカライズされた「特定国駐在の弁護士」の力が必要になる場合がある、ということは認めているのだが、プロジェクトの大元の話をする時に、個々の地域ごとの特殊性ばかりがあまりに強調されて、“森はどこ?”的な戸惑いを感じた経験も何度かあっただけに、「大型のプロジェクトを進めていく上では、それ以上に大事な本質論がある」という発想は凄く大事だと思うし、そういう考え方を、クライアント(特に経営上層部)、弁護士双方の側で共有できるようになればそれに越したことはないと思うだけに、今回の特集の冒頭にこの記事が載っている、ということには、すごく大きな意義があると思うのである。

「弁護士・法科大学院修了生の採用動向」特集に見られる変化の兆し

さて、いろいろご紹介してきたが、このBLJ11月号の中で、上記の記事以上に、様々な関係者の関心を引きそうなのが「企業における弁護士・法科大学院修了生の採用動向」という特集である。

「FOCUS」という扱いだが、冒頭の「企業法務担当者とロースクール生の交流イベント」でのやり取りの紹介に始まり、「採用者側の視点」としていくつかの会社の法務部長、法務マネージャークラスのコメントが掲載され、その後、奥邨弘司慶応大教授が「法科大学院生との橋渡し役」として、この手の企画ではお馴染みの西田章弁護士が「経験弁護士との橋渡し役」として、それぞれインタビューに応じており、密度の濃いコメントが掲載されている。

そして、最後に出てくるのは、「転進」した弁護士の匿名での座談会、インタビュー、と、様々な切り口から、現在の「弁護士・法科大学院修了生の就職事情」が、これでもか!(笑)というくらい丹念に描き出されている。

これから中途採用のシーズンが本格化する中、修習を終えて社会に出ようとしている人、試験に合格し、あるいは不合格になって、次の行き先を本気で考え始めている人にとっては、必読ともいうべき特集だといえるだろう。

で、全体をざっと読むと、ここに書かれていること、というのは、法務業界の人間が見聞きしていることや、これまでの座談会等で断片的に出てきた情報と、方向性としてはそう大きく変わるものではないのだが、なかなか活字にならずにじれったい思いをしていた、

法科大学院生の多くが『企業法務』というものを正しく理解していない(法科大学院生の多くが「法律事務所の弁護士目線から見た、企業に関連する案件」(コーポレート・リーガル)を「企業法務」だと思っている)」
「採用プロセスにおいて中心的な役割を担うのは、法務部門ではなく人事部門である」

といったことが、冒頭の記事*5にしっかり書かれていたり、企業側のコメントが、「何人か採用して様子を見た上での視点」になっているなど、既に多くの“新時代型法曹”*6が世に送り出され、企業内にも入り込んでいるのだなぁ(そしてより一歩踏み込んだ形での分析もなされるようになっているのだなぁ)、ということを実感させるものになっていることには、感慨深いものもあった。

もっとも、一連の記事の中には、若干気になる傾向も垣間見える。

まず、複数の企業側担当者から、

法科大学院修了後すぐに弁護士となった方は、採用しても離職リスクが高い」

というコメントや、

「面接等で接する法科大学院修了生の中に、『魅力的な人』の割合が(学部生と比べて)少ない」

というコメントが出てきていること。

このうち、企業サイドの「離職リスクが高い」というコメントは、一部の会社で見られた“ひどい事例”“極端な事例”が、殊更に強調されて広まっているだけ、と理解することもできるし*7、そもそも、学部卒の資格を持たない社員であっても、転職する人の比率がかなり高いのが「法務」という職種であることを考えると、あまり深刻に考えるべきことではないと思っているが、後者の「魅力的な(ように見える)人が少ない」ということについては、自分も採用面接等で接する中で、多かれ少なかれ感じているところであり、そういうイメージが広く定着してしまうと、後々よろしくないだろうなぁ・・・と思うところではある。

「新人はガッツのある法学部卒だけで十分」(21頁)とか、「学部卒中心の採用に回帰する可能性」といったフレーズを見てしまうと、さすがにもうちょっと冷静に考えろよ、といいたくなるし*8、IT法務マネージャー氏のいう「アピールポイント」の書き方(23頁)のくだりも、正直ここで挙げられている例の差異にどれほどの意味があるのか、良く分からないのだが*9、だからといって、奥邨教授のコメント(25頁参照)に出てくるような、

「学部生と比べて準備できる時間が足りない」

とか、

「ずっと勉強漬けで過ごしてきたため、面接にも場慣れしていない」

といったエクスキューズを真に受けるのも、ちょっと抵抗はある*10

何年も見ている中で、法科大学院出身者の中に魅力的な人が多いことは、自分も重々承知しているし、資格の有り無しにかかわらず、企業の中で生き生きと仕事をしている人も決して少なくない。

だからこそ、“おかしな評判”が定着しないように、と自分は願っているし、そのために、法科大学院を出た人々が、誇りと、ほんの少しの緊張感をもって、世の中への一歩を踏み出してほしいなぁ・・・と思うのである。


それから、もう一つ、気になる傾向は、今回の特集で“当事者”の立場にある、「企業に入った若手弁護士」のコメントの中に、「受身的」なコメントが垣間見えることだろうか。
元々、そういう傾向はあったのだが、最近、企業法務の「ワークライフバランス」的な要素が過度に強調されるようになったこともあってか、今回の座談会等の記事の中では、特にその傾向が強まっているように思われる。

例えば、

「社員をどう育てていくかというキャリアプランを会社が明確にしてくれているのがいいですよね。」(32頁)

という発言などはその典型で、たとえ企業の中であっても自分で「キャリアを作る」気概がなければ、自分のやりたい仕事はできない、と思いながら20年近く生きてきた者としては、非常に歯がゆく感じられる*11

また、「弁護士」という資格を生かして採用された以上、もう少し「資格」と、それによって得られる有形無形の財産に執着しても良いのではないか、と思えるくだり*12や、自分の専門性を最も生かせるはずの「法務」というポジションに対する淡泊さ*13も気になる。

こういう気質の変化には、「1500人時代」の到来と、法科大学院創設当初の一過性のブームにより、“法曹資格の大衆化”が急激に加速したことも、おそらく影響しているのだろう。

一昔前、法曹、特に「弁護士」を目指す人の中には、「雇われサラリーマン生活なんて、天地がひっくり返っても嫌だ」という気質の持ち主が極めて多かったような気がするし、ニッチな世界での骨身を削るような受験競争を乗り越えるためには、そういう気概がないとやっていけなかった、という実態もあったはず。

それがいつしか、試験制度が変化し、「資格」取得へのハードルが下がることによって、「普通の社会人よりちょっといいレベルの生活」で満足できる人が増えてきたのだとしたら、ちょっと寂しい気はする*14

西田章弁護士がインタビューの中で(笑)混じりで語っておられるように、

「転職活動時には『法律事務所の労働環境の悪さが不幸の源泉』と思っているので、本音ベースで会社員生活への憧れのほうが強い」(29頁)

というだけなのかもしれないし、転身してから少し時間が経てば、

「会社員としての不自由さ」

を感じて、それぞれの人の中で、また何かが燃え上がるのかもしれない。

ただ、「気概」とか「反骨心」という点に関しては、迎え入れる「生え抜き法務担当者」の方に、未だにギラギラしている者が多いことを考えると、しばらくの間は、そのあたりで一般的な想像とは逆のギャップを感じることが多くなるような気がする*15

そして、今はもっぱら「バラ色」に近いものとして語られることが多い「企業法務」の世界にも、様々な世界があることに気づき、「企業法務」を、そして「会社」を、我々と同じように至ってシニカルな視点で(苦笑)捉えられるようになる(でも、そこで安易に投げ出さずに根っこを張って踏ん張る)有資格者が当たり前のように出てきた時に、ようやく、真の意味で「企業社会に法曹が入り込んできた」と評価できるのではなかろうか。

そんな日が、いつ来るのかは分からないのだけれど、BLJ誌のこの特集がその時まで定期的に続いていてくれるならば、その積み重ねは、実に素晴らしく有益な資料になるだろうし、自分はそうなることを願ってやまないのである。

*1:http://www.moj.go.jp/content/001127038.pdf

*2:もっとも、「中間試案」で、実質的に一号飛ばした際の反省も踏まえてか、NBLも今回は「臨時増刊」扱いで要綱仮案を全文掲載した上に、資料価値が極めて高い「現行条文」との比較表まで丁寧に掲載しており、ここでは一矢報いた感もある(NBL1034号)。

*3:有吉尚哉=善家啓文「緊急解説・民法改正要綱仮案のポイント」BLJ2014年11月号64頁(2014年)。

*4:個人的には、これらの規定が「なぜ落ちたのか」という経緯等も含めて、何かの機会に解説が入ると、より、今回の民法改正への関心が増すのではないかと思うが、それは次回以降の特集に期待することとしたい。

*5:中川裕一「法科大学院との相互理解をいかに進めるか」BLJ2014年11月号16頁。もちろん「法曹資格が採用側の必要条件ではない」といった“基本的事項”もきっちり書かれているし、ミスマッチの背景原因について、かなりしっかりとした分析が加えられている非常に面白い記事である。新卒で就職を目指す人であれば、ここだけでもまず読むことをお勧めしたい。そして、法務担当者としての立場からは「企業法務部門を日本企業の中に根付かせ、管理部門や事業部門をつなぐ中間的な部門に育て上げる」「そのために有能な人材を採用して企業法務部門を強化すべき」という考え方に、心から共感するものである。

*6:一応、ここでは、法科大学院を修了して弁護士になった者、を指す用語としてこの語を用いることにする。

*7:本誌の特集でも、そのような事態に実際に直面した、という人よりも、「そう聞いている」という伝聞調でコメントしている人が多い。確かに新60期〜62期くらいの、「昔の弁護士像」が頑固に根を生やしている世代のエピソードには、何十年も語り継がれそうな突拍子もないものが多いのだが、最近はさすがにそこまで極端な例は減っているのではないかと思っている。

*8:確かに、法科大学院制度の導入当初のような「どこの大学院にも優れた人材がいる」という状況ではなくなっているものの、上位校の法科大学院修了者であれば、通常の新卒社員より数段優秀なのは間違いないところで、「取れるなら取りたい」というのが、分かっている多くの会社の本音だと思う。

*9:なお、法科大学院修了者の場合、「法律の勉強を一通りしてきた」ということは、履歴書を見た時点で明らかになっているので、書類でも面接でも、そこをいくらアピールしてもしょうがないだろう、と個人的には思っているし、分かっている採用担当者なら、そもそもそんなところは、「挨拶」レベル以上には聞かない。それよりはむしろ、入ろうとしている会社と関連しそうな分野への関心の高さや、より日常的な問題への関心を、「いかにも法律家の卵としてのトレーニングを積んできたな」と思わせるような論理性をもって展開できる方が、はるかにポイントは高いのだが、それができる人、というのは、思いのほか少ない。

*10:そもそも、就職活動にいそしむ学部生にしたって、多くの人は、講義やバイトやサークル活動の合間を縫いながら、面接を受けに行っているわけで、半年、一年どっぷりと「就職の準備」に時間を費やしているわけではない(むしろ、試験後、しばらくフリーの時期が続く法科大学院修了生の方が、時間的余裕はあるとすらいえる)。また、かつての一部の旧試受験生のように「ただひたすら自分と向き合いながら勉強してきた」人たちとは違って、法科大学院の学生、というのは、一応、講義でもゼミでも「人と話す」トレーニングをしているわけだから、“場馴れ”云々、というのもちょっと違う。もちろん、「明らかに面接慣れしている人種」に属する人が少ないのは確かだろうが、実際の面接の場面では「中堅社員のような場馴れ感」を見せる受験者より、多少たどたどしくても、初々しい必死さ、新鮮さを見せた受験者の方が評価が高くなることも珍しくないのだから、一生懸命さが伝われば、そんなに悪い結果にはならないはずである。

*11:この方が入社した会社が、本当に素晴らしい会社である可能性も否定しないが、人事制度にしても福利厚生にしても、どちらかといえば、過大に評価される傾向が強いように思えてならない。

*12:「高い割に恩恵を感じない」なんてことは、思っていても軽々しくセリフに残してはいけない、と思う。

*13:年齢やそれまでの社会経験の多寡にもよるのだろうが、入社してそんなに日も経っていないだろう「弁護士」が、「異動も経験したい」などと言った時に、周囲がどう思うか、ということも良く考えるべきだと思う。面接の時に、人事部に対して調子よく「何でもやります」と言っても、一度入社したら、自分の職分は死んでも守り抜く、というくらいの気概がないと、相対的に力の弱い法務部門を支えていくことはできないし、当の本人も使い倒されるだけ、になってしまう可能性が高い。

*14:個人的には、法律を学ぶ人、法曹資格を目指す人の「裾野が広がる」ことは、大いに喜ばしいことだと思っているが、「資格」そのものが大衆化することについては、決して良いことではないと思っている。何だかんだ言っても、「資格」には、「専門家として普通の人ができないことをするという特権」が伴っており、それ自体は非常に“重い”ことであるだけに、強い覚悟とプライドがなければ、その重みに耐えられないのではないか、と思わずにはいられない。そして、今は「裾野」が狭まる一方で、で、輩出される有資格者の気質の“大衆性”には大きな変化がない、という、非常に危うい状況に差し掛かっているように思えてならない。

*15:もちろん、能力不十分なのにプライドだけが先行して周囲と軋轢を起こすような人に比べると、欲のない人の方が、周囲はより仕事がしやすいはずだけど、あまりに平和で優等生すぎると、逆に大丈夫かなぁ・・・という声も当然出てくることだろう。

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