中小企業の“反乱”で入り込んだ迷い道〜職務発明帰属「選択制」報道をめぐって

今月半ばの報道*1で、ほぼ方向性は決まったか、と思われていた「特許法35条改正案」だが、ここにきて、再度、二転三転、さらに四転び目くらいまで行きそうな気配になっている。

先週のいくつかの報道に接して、書かないと・・・と思っていたところで、日経の渋谷高弘編集委員にまとめコラムを書かれてしまった(苦笑)ので、まずはこちらの方から引用してみる。

「社員が仕事で生み出した発明(職務発明)の特許の権利を、現在の『社員のもの』から『会社のもの』にする特許法改正の方針が特許庁有識者会議で固まった。詰めの課題として急浮上してきたのが中小企業の取り扱い。職務発明のルールが整っていないことが鮮明になり、大企業と同様の取り扱いは難しいとの意見が出た。特許庁は対応に苦慮しそうだ。」(日本経済新聞2014年10月27日付朝刊・第15面)(強調筆者、以下同じ。)

このコラムの中でも紹介されているとおり、「大学や研究機関」については、元々、一律に法人側帰属とすることに反対する意見が関係者から出されており、それを例外とするかどうかが検討課題になりうることは、ある程度想定されていたことだった。

10月17日に行われた産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会(以下「小委員会」)に出された資料*2でも、「制度見直しの方針案」として示された案の(3)のただし書きで、そういった意向に配慮した記載がなされている。

(1)従業者等に対して、現行の法定対価請求権又はそれと同等の権利を保障する。
(2)政府は、法的な予見可能性を高めるため、関係者の意見を聴いて、インセンティブ施策についての使用者等と従業者等の調整(従業者等との協議や意見聴取等)に関するガイドラインを策定する。
ガイドラインは、以下の性格のものを想定する。
1 研究活動に対するインセンティブは、企業ごとの創意工夫が発揮されるよう、企業の自主性を尊重する。
2 業種ごとの研究開発の多様な実態、経済社会情勢の変化を踏まえる。
(3)職務発明に関する特許を受ける権利については、初めから法人帰属とする。
※ ただし、以下の点を考慮した柔軟な制度とする。
1 従業者帰属を希望する法人(大学・研究機関等)の不利益とならないものとする。
2 職務発明に関する適切な取り決めのない法人に対して特許を受ける権利が自動的に帰属することで、当該法人に所属する発明者の権利が不当に扱われることのないものとする。

しかし、同日の小委員会の資料として、日本商工会議所から出されている「職務発明制度の見直しに際しての円滑な移行に関する意見」というペーパー*3の内容は、そんな想定を超えた、より衝撃的なものだった。

まず、冒頭から、

「企業の競争力強化につながる職務発明制度の見直しは支持するものの、中小企業においては現制度のもとで大きな困難に直面しているとは認識しておらず、中小企業に過大な負担を強いる見直しは望ましいものとは言えない。」

と、改正の立法事実を頭から否定するような書き出し。

そして、「このような議論の動向に関し、「中小企業が円滑に対応できる仕組み」という観点から、以下のように考える」として、示された提言は以下のようなものである。

「中小企業のイノベーション実現のカギは、ものづくりで蓄積された高度な技術と、知的財産の活用にある。知的財産活用のためには、職務発明は法人に帰属させることが求められ、高度な技術力の維持強化のためには、発明者に帰属させることが望ましい場合もある。これら両者のベストな組み合わせが、中小企業のイノベーション実現のために必要である。」
「我が国中小企業の中には、職務発明規程等を十分に整備していない企業も少なくない。限られた経営リソースの中、従業者との調整を経て、こうした規程等を整備する余力のない企業も存在するのが実情である。仮に、一律に、職務発明が自動的に企業に帰属することとなると、職務発明規程等が無い中小企業の経営者と従業員との間で、その報奨等を巡ってトラブルが発生するおそれがある。
「そのため、新たな制度では、全ての中小企業に対して一律に職務発明規程等の整備を義務付ける仕組みとしないように、また、職務発明規程等を有しない中小企業に対してまでも一律に特許が法人帰属とならないように配慮することが望ましい。
「我が国の国際競争力・イノベーションの強化のためには、中小企業は重要な一翼を担う。今後の産業構造審議会特許制度小委員会における職務発明に関する具体的な制度設計に当たっては、以上の点を十分考慮されることを強く要望する。」

「一律に職務発明規程等の整備を義務付ける仕組みとしない」という点だけなら、「法人帰属案」と明確に矛盾することはないが*4、「一律に特許が法人帰属とならないように配慮することが望ましい」ということになってくると、途端に現在の方向性との整合性が怪しくなってくる。

「初めから(全て)法人帰属とする」という前記事務局案、さらにそれに対して明確に「賛同」の意向を経団連推薦委員等が連名で示している*5ことと比較すると、何ともシニカルな状況というほかない。


このブログで何度も説明してきたとおり、特許を年間何百、何千も出願する「大企業」においては、「職務発明規程」が既に整備されているから、特許法35条3項が適用されないケース(特許が原始的に発明した従業者に帰属したままとなるケース)は、ほぼ皆無と言ってよい。
それゆえ、産業界側の「帰属」にこだわる理由についての説明として、「(職務発明規程を制定できる大企業であればともかく)職務発明規程を制定していない中小企業においては、『発明者原始帰属』というルール自体が紛争の種になる」という点が指摘されることは多かったし、この議論がされ始めた当初は、大企業も中小企業も、“職務発明をめぐる紛争の種をなくしたい”という点において、大きな見解の齟齬はなかったはずである。

しかし、産業界が当初目指していた「法人帰属化+報奨支払の当否も含めた法人側の完全裁量」という案ではなく、「法人帰属化するが、一定の報奨支払請求権は残す」という方向に改正案が向かっていくことになり、「従業員との協議による報奨ルールの制定」といった“企業側の取組み”に議論がフォーカスされるようになったことで、「その程度なら対応できる」(今ある規程をそのまま転用できるし・・・)という大企業の思いと、「そんなことをやれ、と言われてもすぐには対応できない」という中小企業の思いが乖離してしまった、ということなのだろう。

冷静に考えれば、現行の特許法35条の下でも、きちんと規程を整備しておかなければ、いざ、という時には困るはずだし*6、「帰属」だけでも「法人帰属」ということになれば争点が一つ消えるはずだから*7、中小企業にとっても積極的に現在の改正案に反対する理由はないはずなのだが(むしろ大企業よりも賛成するモチベーションは高くても良いはずなのだが)、おそらくは「潜在的な紛争発生の可能性」よりも、「目の前に示された対応のコスト」の方が脅威、という心情もあるのだろうし、そこは十分に理解できるところである*8

「これまで職務発明制度見直しの声は大企業ばかりから聞いており、中小への目配りは十分にはされていなかった」(同上)

という間の抜けたコメントを記事にされてしまった特許庁の事務方が次にどのような手を打ってくるのか予想するのはなかなか難しいのだが、真の立法事実*9とは乖離したところで理念的な法改正を進めようとしてきた矛盾がここにきて露呈してしまった、とも言える状況だけに、この状況を打開するのは、なかなか難しいのではなかろうか。

いっそのこと、「過去5年間平均で年1000件以上の特許出願をしている会社に限って、職務発明を法人帰属とすることを認め、報奨支払についても会社の裁量に委ねる。それ以外の会社については、現行法のまま。」とでもした方が、真の立法事実にも沿うし、皆ハッピーな結末になるような気がしてならない*10


なお、前記27日付のコラムの中では、もう一つ、ノーベル物理学賞受賞者となった中村修二教授の最近の「マスコミなどでの発言」についても触れられている。

この点についても、当の日経紙が、10月18日付紙面に掲載した「ノーベル物理学賞 中村修二氏に聞く」という記事の中で、

「私が勤務先だった日亜化学工業を訴え対価を得られたのも、この構造(筆者注:現行特許法35条の職務発明ルール)のおかげ。それを変えてしまえば、会社は安心し、社員の地位が低下する恐れがある。法改正には反対だ
「企業の報奨は、金銭だけでなく、新たに昇進や研究予算なども認められるというが、仕事の評価としてフェアなのは金銭だけだと思う
「しっかりした労働組合のある大企業であれば適正なルールがつくられる可能性があるが、中小企業などでは社員は何もいえず、会社に有利なルールになりかねない。私の元勤務先にも組合がなく、会社の一方的なルールとなっていた。ガイドラインをつくるなら、政府は報奨金額の算定の仕方もきちんと計算式や数値で示すべきだ
日本経済新聞2014年10月18日付朝刊・第2面)

といった発言を引き出していて、当の中村教授は日本にはいないとはいえ、これを読んで穏やかではない感情を抱いた人も多いことだろう。

件の青色LED訴訟でも、特許の帰属に関する争いについては、中村教授側の完敗だったし*11、「対価請求」については、法改正後も「報奨請求権」の制度設計次第では従来とさほど変わらない制度になる可能性はあるから、上記の中村教授の指摘が、現在の改正の動きに対する的を射た批判かどうか、と言えば、疑問の余地は残る。

しかし、中村教授が指弾する「中小企業」の側から、「労使間の適正なルール」を形成することに対して白旗を上げてしまっている今の状況が、上記の中村教授の発言をクローズアップさせる契機になる可能性もあるわけで、今後、具体的に制度の中身を詰めていく上で、これがボディーブローのように効いてくる可能性は否定できないだろうと思う。


ということで、最後の最後までどう転ぶか分からない特許法35条の行方を、もう少し見守っていくことにしたい。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20141011/1413707810

*2:http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou009/02.pdf

*3:http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou009/04.pdf

*4:「法人帰属」の前提の下、中小企業に配慮して、ガイドラインの内容を緩やかにせよ、という要望と理解することも可能である。ただし、前記事務局案で、「職務発明に関する適切な取り決めのない法人に対して特許を受ける権利が自動的に帰属することで、当該法人に所属する発明者の権利が不当に扱われることのないものとする。」と書かれていることとの折り合いをどうつけるのか、という問題は残る。

*5:http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/shingikai/pdf/newtokkyo_shiryou009/10.pdf参照。

*6:発明対価の金額以前に、特許がそもそも会社に帰属するのかどうか、ということも争点になってしまい、現に件数こそ少ないものの、その類の紛争は公表されているものの中にも何件か存在する。

*7:もしかすると、対価を支払わない代わりに「特許が発明者個人に帰属する」という整理をしている会社があるのかもしれないが、いくら中小企業といっても、そういった会社はかなり少数ではないかと思われる。

*8:当ブログでも再三書いてきた“寝た子を起こさないでくれ・・・”という実務者視線の意見が、大企業ではなく、中小企業サイドから出てきた、というのは、非常に興味深いところ(笑)ではある。

*9:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20141011/1413707810でも紹介した、大企業における「発明補償金支払いのための管理コストを何とかしたい」というのが、本音ベースでの「立法事実」だったと自分は思っている。ゆえに、報奨支払請求権の廃止、というところまでは踏み込めない、という結論になった時点で、今回の法改正の議論は打ち切られるべきだったと思う。

*10:このレベルの会社であれば、従業員側にも(相対的に)それなりの身分、給与は保証されているだろうから、発明補償の運用が変わっても他のところで補える余地はあるし、会社にとっても目先の負担減の効果は大きい。さらに、これによって、多くの会社が特許出願件数を増やすモチベーションを抱くようになれば、特許庁にとってもハッピーな話となる。理論的な説明はかなり難しいと思われるが、「相当多数の出願を行っている会社においては、従業者・使用者間の関係において、一つひとつの特許発明の価値が希薄化している」という理屈でも立てれば何とかならないだろうか・・・。

*11:忘れられがちだが、この訴訟の事件名は「特許権持分確認等請求事件」であり、訴えの変更を経て最終的に残った主位的請求は、「特許権につき・・・移転登録手続きをせよ」だった。しかし、あの地裁判決においても、この請求については10行に満たない説示であっさりと退けられている。