「ハイスコアガール」をめぐる刑事手続に投げかけられた憂慮の声

新聞等の一般メディアでは、さほど大きく報道されてはいないものの、「今年の3大著作権ニュース」の一角を占めるのは間違いない、と思われるのが「ハイスコアガール」事件である。

ネット界では長らく話題になっている事件で、詳細については、ここで説明するより、↓のまとめサイトを見ていただく方がよっぽど早いのだが、ごくごく簡単に言うと、「民事上も著作権侵害の成否が争点になり得るような事件で、いきなり警察が動いて侵害者側の関係者を書類送検してしまった」という点が、この事件の一番のキモであり、著作権業界においても様々な議論を引き起こす原因になっている。

naverまとめ 「ハイスコアガール 著作権問題を考える」(http://matome.naver.jp/odai/2141022165870159201

現在は、刑事手続について、今年11月に作者や発行元役員等16名が検察官送致(書類送検)されたという報道がなされた後は続報がなく、また、平行して行われることになったスクウェア・エニックスによる民事上の債務不存在確認請求訴訟についても、12月に第1回口頭弁論について報じられて以降*1続報がない、という状況だったのだが、そんな中、明治大学知的財産法政策研究所のHPに、多数の学者、実務家の連名による、異例の声明文が公表された。

題して、「「ハイスコアガール」事件について―著作権と刑事手続に関する声明―」(http://www.kisc.meiji.ac.jp/~ip/20141222seimei.pdf)。

中山信弘東大名誉教授をはじめとして、田村善之北大教授や、相澤英孝一橋大教授など、錚々たる研究者の方々が名を連ね、さらに三村量一弁護士や、福井健策弁護士、野口祐子弁護士、と著名な実務家のお名前も目に付く2枚目(賛同者氏名)だけでインパクトとしては十分なのだが、内容的にも、かなり思い切ったところにまで踏み込んでいて、今後、議論を呼ぶのは間違いないだろう。

本件のように著作権侵害の成否が明らかではない事案について、刑事手続が進められることに反対する。」

と、さらっと書かれた結論部分からして、「刑事手続を進めるな」という点だけではなく、(権利者であるSNKプレイモア大阪府警がおそらく“確信”に至っているであろう)「著作権侵害の成立」についても、これを安易に認めるべきではない、という強いメッセージが込められている。

また、

「「ハイスコアガール」内でのゲームのキャラクターの利用態様については、著作権侵害の要件としての類似性が認められない可能性、また適法な引用(著作権法 32条)に該当する可能性等があり著作権侵害が明確に肯定されるべき事案とは言い難い。」

といった指摘が正しいかどうかは、権利者側が主張の根拠としている証拠にアクセスすることができない立場の自分には、コメントしかねるところはあるのだが、最終的に「無罪」という結論に至った過去の著作権法違反事件(刑事事件)を例に挙げ、本件の「微妙」さを指摘した上で*2

本件のように著作権侵害の成否が明らかではない事案について、強制捜査や公訴の提起等の刑事手続が進められることは、今後の漫画・アニメ・ゲーム・小説・映画等あらゆる表現活動に対して重大な委縮効果をもたらし、憲法の保障する表現の自由に抵触し、著作権法の目的である文化の発展を阻害することとなりかねない。従って、著作権侵害に係る刑事手続の運用、刑事罰の適用に対しては謙抑的、慎重であることが強く求められる。」

と、格調高く「文化の発展」への悪影響への懸念を表明しているくだりなどは、簡潔な表現なれど、なかなかの迫力をもって伝わってくるものがあるのではないだろうか。


声明文の中にも書かれているように、「著作権侵害」の場面で、「刑事手続」という手段を用いることは、それが、

「典型的な海賊版の事案等、明らかな著作権侵害行為が行われている事案であり、かつ民事訴訟では十分な権利行使ができない状況」

である限りにおいて、「実効性の点で重要な意義を有する」ことは間違いない。

だが、侵害の成否そのものを争いうるような事件においては、捜査過程での捜索差押や、検察官送致後の「起訴」、「有罪判決」という刑事事件特有のプレッシャーが、被嫌疑者側の“争うモチベーション”を奪い、本来、きちんと争って白黒をつけるべき場面でも、泣く泣く不利な条件での早期和解をせざるを得ない状況を創り出すことにもなりかねないだけに*3、自分としても、今回の声明文のスタンスには大いに賛同するところである。

本件にとどまらず、今後、TPP交渉の進捗如何によっては、刑事罰非親告罪化されて、より刑事手続のハードルが下がる可能性もある中、表面的な「著作権保護」に偏ることなく、利用者側とのバランスを考慮して手続きを進めるべき、という今回の声明文の意見はより重みを持って受け止められないといけないはずである。

そして、本件で、声明を受けて、権利者や大阪地検がどういう振る舞いを見せるのか、ということは、今後の、著作権法の世界における刑事手続の位置づけを考える上でも、大きな意義を持つことになるだろう。

ゆえに、自分は、今回の声明がどう生かされるのか、ということを、しっかり見届けていきたい、と思うのである。

*1:http://www.huffingtonpost.jp/2014/12/02/hiscore-girl-judgment_n_6252490.html

*2:なお、声明で挙げられている事件のうち、Winny事件については、争われていた争点が本件とは根本的に異なるし、そもそも「微妙」な事案だったのかどうかも疑わしいのだが、ここは、著作権に関心がある“ライト層”への分かりやすさを優先して、あえてこのカテゴリーに分類したものと思われる。

*3:実際、筆者自身も、刑事手続でプレッシャーをかけられたがゆえに、本来なされるべき主張立証を十分尽くさないまま、「和解」で終結した、という残念な事案にかかわった経験はある。

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