「古地図」をめぐる諍いの果てに

東京を生活圏としている者にとって、比較的接する機会が多いのが、古い時代の町並みを再現した「古地図」である。

23区内の書店の中には、わざわざこの種の地図本のコーナーを設けているところもあり、手に取って、会社や、馴染みの深いスポットのあたりを見回しながら、良くできているものだなぁ、と感心することも多い。

そんな中、「古地図」をめぐる著作権紛争について、東京地裁の判決が公表されている。

ネット界では知名度が高い代理人が原告側に付いている、ということもあって、興味深く読ませていただいたこの判決。
若干複雑ではあるが、地図著作物における創作性判断について、参考になりそうな判断も示されているので、ここでご紹介しておくことにしたい。

東京地判平成26年12月18日(H22(ワ)第38369号)*1

原告:株式会社エーピーピーカンパニー
被告:有限会社菁映社(せいえいしゃ)、X

原告はマルチメディアコンテンツの開発、制作等を行っている会社で、被告会社はアニメーション映像の制作等を目的とする特例有限会社で、被告Xは書籍の装丁、イラストレーション、地図の下図の制作等を手掛ける者であるところ、原告が「CD-ROM版 江戸東京重ね図」、「DVD-ROM BOOK for WINDOWS 三層 江戸明治東京重ね地図」を発行しており、(関与の態様については争いがあるものの)これらのうち「江戸東京重ね図」の制作には被告会社と被告Xが、「江戸明治東京重ね図」の制作には被告Xが関与した、ということが、本件の前提事実となっている。

そして、判決に記載された「前提事実」によれば、

・原告と被告は、朝日新聞社が発行した書籍に掲載された「復元江戸図」を利用して、江戸時代と現代の東京の地図を重ねて表示することのできるパソコン用の地図ソフトウェアを開発することを計画し、原告の提案により、被告会社が申請事業者となって財団法人マルチメディアコンテンツ振興協会(MMCA)に事業申請をした。MMCAと被告会社との開発請負契約に基づき、平成12年4月に被告会社がが成果物として地図ソフトウェア「江戸〜東京デジタルマップ」(MMCA版)を納品した。
・原告は平成13年7月1日に「江戸東京重ね図(初版)」を発行したが、その江戸図は、復元江戸図の版下データ又はその下図と、復元江戸図に含まれないエリアについて被告Xが制作した下図をコンピュータに取り込んで作成したベクタデータを用いて作成したものであった。
・原告は、平成14年11月〜12月に、被告Xとの間で、原告が被告Xから、復元江戸図を江戸東京重ね図、江戸明治東京重ね図に使用することの許諾を受ける、という内容の契約を締結した。
・原告は平成16年7月に、「本件江戸図」、「本件明治図」*2を収録した「江戸明治東京重ね図」を発行したが、本件江戸図は江戸東京重ね図(改訂版)の江戸図を基に一部修正するなどして制作したものであり、本件明治図は分割された59面のうち40面を被告Xの下図を用いて制作したものであった。

ということで、企画が出てきた当初は、原告・被告双方が協力して、本件古地図の制作を行っていたことが認定されている*3

その後、被告側が、原告・人文社がデータを提供していた「Yahoo!古地図」サービスに関して、ヤフーやその子会社であるアルプス社(データの被許諾会社)等に「原告が何らの権利も有していない」という内容の通知書を送付したり、原告が江戸東京博物館に設置していた地図に代えて、自らの地図を設置したり、と、原告と正面から敵対するような行動をとったために、本件紛争に至ったのだと思われるが、このような経緯ゆえに、争点は、「争われている古地図の制作への関与態様から、著作権が原告・被告のいずれに帰属するか」という点に、事実上絞られることになったのである*4

「江戸図」と「明治図」で分かれた判断

裁判所は、上記の争点について、本件江戸図、本件明治図の制作過程を丁寧に認定した上で、原告の主張に応答する形で、それぞれについて、以下のような判断を示している。

争点1 本件江戸図の著作権の帰属について
ア 原告の上記主張(a)のうち,アイコンに関する部分以外は,上記認定のとおり,Y(筆者注:原告代表者、当時)らが行ったと認められる。これに対し,アイコンの掲載に関しては,原告はYらが行ったことを裏付ける証拠を何ら提出しないから,その主張は採用できない。」
イ 上記主張(a)のうちアイコン以外の点については次のように解することができる。
(ア) まず,隣接するグリッド間のずれ及び現代図とのずれの補正は,より正確な地図を作成するための作業であり,その性質上直ちに創作性のある表現を付加する行為とは認め難い。また,補正の内容によっては表現上の創作性を認める余地があるとしても,地図のどの部分にどのような補正を加えたかなど,補正の具体的内容は明らかでない。したがって,これにより表現上の創作性を付加したと認めることはできない。
(イ) 次に,文字情報の選択及び掲載についてみるに,Yらが,初版の江戸図を作成するに際し,文字情報として掲載する施設を選択し,復元江戸図及び本件江戸下図に記載されていなかった岡場所,名物,名店,「鬼平犯科帳」に登場する場所等(略)を掲載したことは認められる。そうすると,これらを地図上に記載するに当たり,その配置や文字のフォント,サイズ,色等の選択に独自の個性が現れていれば,表現上の創作性を付加したものとして原告の著作権を認める余地がある。しかし,初版の江戸図のどこに誰がどのような表現方法で何を掲載したかは,本件の関係各証拠上,明らかではない。したがって,この点においてもYらが表現上の創作性を付加したと認めることはできない。
(ウ) さらに,改訂版及び本件江戸図の作成に際し,前記(2)ウ(イ)及び(ウ)のとおりの変更(筆者注:川の名称の修正や、道、水路の形状変更等)が加えられているが,これらの変更は,利用者の指摘や関係者の調査を踏まえてより正確な地図にするために元の地図の地形や地名等を訂正するもので(証人Y),表現上の創作性を付加するものとは断じ難い。また,個々の表現態様(略)をみても,他の地図には見られない個性が現れているとはうかがわれない。したがって,これらをもって表現上の創作性を付加したと認めることはできない。
ウ 以上によれば,上記初版,改訂版及び本件江戸図の制作に際し,Yらが新たに表現上の創作性を付加したとは認められない。そうすると,原告の前記主張(b)について,仮に原告がそのような決定権限を有していたとしても,表現上の創作性が付加されたことが認められない以上,この点を著作権取得の根拠とすることはできない。
(以上、18〜19頁)

争点2 本件明治図の著作権の帰属について
ア Yらが行った作業のうち隣接するグリッド間等の補正(上記(2)ウ(イ)a)について創作的な表現を付加したと認められないことは,本件江戸図につき前述したところと同様である。一方,地名その他の情報及び地番等の記載(同b及びc)については,地図に掲載すべき情報を独自の基準で選択した上で,その配置,文字の色,大きさ等にそれなりの工夫をして地図面上に記載したものであり,著作権の発生根拠となる創作的な表現行為に当たるということができる。そして,Yらの行為については本件江戸図と同様に職務著作が成立すると認められるから,原告に著作権が発生すると解される。
イ 次に,人文社における作業についてみるに,その担当従業員らは下図を基に地名その他の文字情報,地図記号等を地図面上に記載し,彩色を施して本件明治図を完成させたというのである。そして,下図と本件明治図を比較すると,まず,被告Xが下図を作成した部分については,上記(2)エのとおり,本件明治図には本件色彩図とは色彩や地図記号の形,地形の表情付けにおいて異なる表現が用いられ,一見して全体から受ける印象が異なることからすれば,本件色彩図に表現上の創作性が付加されたものと認められる。また,人文社が下図を作成した部分についても,下図を作成し,これを本件明治図として完成させる過程で,上記と同様に表現上の創作性が付加されているとみることができる。そして,原告と人文社の間に人文社の権利を原告に移転する旨の合意があること(前記(2)ア(ウ)参照)に照らすと,人文社の担当従業員らによる成果については,原告に著作権が帰属すると解するのが相当である。なお,人文社における作業に当たっては,被告Xが細部にわたり,繰り返し指示及び指摘を行い,これが地図面上の記載に反映されているということができるが,実際の表現行為(コンピュータへの入力作業)は人文社の側で行ったのであり,これが被告Xの手足として行われたにすぎないとは認められない。そうすると,被告Xの指示等があったことは著作権の帰属につき上記のように解することの妨げにならないというべきである。
ウ 以上に加え,前記認定のとおり,江戸明治東京重ね地図は原告が企画したものであり,その制作費用は原告の側が負担したこと,被告Xは,原告の依頼を受けて本件明治図の制作作業に関与し,対価を受領するとともに,江戸明治東京重ね地図に係る著作権法上の権利が原告に帰属する旨の本件第2契約を締結していることといった事情を考慮すれば,本件明治図についての著作権は原告に帰属すると判断するのが相当である
(23〜24頁)

江戸図と明治図とで、原告に著作権が帰属するかどうかの結論を異にしたのは、「被告が下図を作成した」という事実関係の下で、原告の本件古地図制作への関与が「グリッド間のずれの補正」や誤記の訂正、といった点にとどまるのか、それとも、彩色や描線等によって新たな表現を付与したのか、という点に違いがあったからで、それによる判断の違いに大きな違和感はない。

強いて言えば、「人文社における作業」において、「被告Xが細部にわたり、繰り返し指示及び指摘を行」った、ということをどう評価するかだが、本件著作物が「デジタル化された地図」であり、コンピュータを用いた表現技法にこそ創作性の本質がある、と考えれば、「実際の表現行為=コンピュータへの入力作業」の主体が人文社であることをもって、原告に著作権が帰属する、という結論を維持した裁判所の判断で良い、ということになるのだろう。

また、被告側は、「本件明治図は被告Xが作成した下図の二次的著作物である」という主張も行なっているが、裁判所は、本件明治図につき、被告作成下図の「表現上の本質的特徴を感得することができるとは認められない」(25頁)として、その主張を退けている。

もし争われている著作物が、絵画や芸術性の高い写真等をトレースしたものであれば、異なる判断になることも考えられただろうが、ここは、あくまで「地図」という著作物の特徴を踏まえた上で、このような判断となったものと思われる*5

結論として、裁判所は「本件明治図」についてのみ、原告が著作権を有することの確認請求を認容した上で、複製、公衆送信の差止め及び複製物の廃棄請求を認め、損害賠償として50万円の支払いを被告側に命じることとなった(加えて弁護士費用として10万円の支払いも命じられている)。

ヤフーのサービスをめぐる「事業妨害の不法行為」の成否

さて、原告は、先述した被告側のヤフー等への「通知書」の送付により、「Yahoo!古地図」サービスが3ヶ月で終了し、「本件使用許諾契約が継続されていれば原告が受領できたはずの金額相当の損害が発生した」として、不法行為に基づく損害賠償請求(1年当たり200万円)も行なっていた。

そして、裁判所は、被告Xが送付した通知書の記載については、

「被告Xが同時期に他に送付した文書その他の証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,江戸明治東京重ね地図に収録された地図データにつき原告がこれを第三者に利用許諾する権限を一切有しない旨の記載があったものと推認することができる。ところが,被告Xは,本件第2契約により,原告に対して江戸明治東京重ね地図の複製・頒布を含む二次的加工製品の製作・販売を許諾しているのであるから(略),少なくとも同契約が期間満了となる平成19年11月30日までは原告は被告Xから改めて承諾を得なくても上記地図データの使用を第三者に許諾することができたと認められる。そうすると,上記通知書は少なくともその限度で虚偽の記載を含んでおり,被告Xの送付行為は違法であると解する余地がある。」(27頁)

として、被告側の行為の違法性は、ほぼ認めている。

ところが、続く因果関係、損害の発生について、裁判所は、原告、人文社、アルプス社間の契約内容や、サービス開始前から終了までの経緯を認定しつつ、以下のような判断を下している。

(ア) 原告,人文社及びアルプス社は,平成18年5月1日に締結した本件使用許諾契約において,(1)アルプス社が人文社に対し,江戸明治東京重ね地図に収録された地図に係るデータ等の年間使用料として200万円を支払うこと,(2)契約期間は平成19年5月31日までとすること(3)期間満了の3か月前までに人文社又はアルプス社から契約終了の意思表示がされない場合には更に1年間継続し,以後も同様であることを約定した
(イ) 被告Xは,平成18年12月までの間に,ヤフー,人文社及びアルプス社に対し,上記の通知書を送付したアルプス社の担当者は,同月22日,人文社の担当者に対し,被告Xから本件使用許諾契約による許諾に根拠がないことなどを記載した内容証明郵便が送付されたため,状況を知らせてほしい旨のメールを送信した。
(ウ) ヤフーは,平成19年1月1日から同年3月31日までの間,試験的に本件サービスを提供したが,同日をもって本件サービスの提供を停止した。
(エ) 本件使用許諾契約は,更新されることなく,同年5月31日をもって期間満了により終了した。
イ 上記事実関係によれば,ヤフーは上記通知書を受領した後に本件サービスの提供を開始して3か月間これを継続しており,通知書の送付が本件サービスの提供の妨げになったとは直ちに認め難い。また,本件使用許諾契約には1年間の期間の定めがあり,更新拒絶事由を制限する規定もないところ,ヤフーは試験的に本件サービスを提供したというのであるから,本件使用許諾契約が当然に更新されることを前提とする原告の損害主張は,前提を欠くというほかない。そうすると,被告Xによる通知書の送付と本件使用許諾契約の終了との間に因果関係があると認めることは困難であって,通知書の送付により原告主張の損害が発生したと認めることはできない
(28〜29頁)

確かに、当時、ヤフーから出されているリリースでも、サービス提供は3月まで、ということだったようではあるのだが*6、わずか3ヶ月で試験的に提供したサービスを打ち止めにする、という判断をした背景に、被告側からの「通知書」の存在の影響が全くなかった、とまで言い切ることはできないだろう*7

また、いかに契約書に期間の定めがあるとはいえ、それも「自動更新」されることになっていたのだから、原告側が「事業妨害」を主張したくなる気持ちも理解できるところである。

だが、そこは、相手がある話において、「契約が継続された可能性」を立証することの難しさゆえ、原告にとっては無念の結果となってしまった*8

この争いが、この先も続くのかどうかは知る由もないが、古地図自体は非常に価値があるものだと思うだけに、権利関係のトラブルに巻き込まれることなく、幅広く使われる環境が、早く整うことを願うのみである。

*1:第46部・長谷川浩二裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/717/084717_hanrei.pdf

*2:これら2つの古地図が、原告が著作権を主張しているものである。

*3:もっとも、「江戸明治東京重ね図」の制作時には「人文社」というプレーヤーが下図制作者として既に登場しており、その後のヤフー・アルプス社のサービスにおいても同社が直接のデータ使用許諾主体となっている。原告・被告間の“仲違い”の原因が何なのか、という核心部分は、判決から明確に読み取ることはできないのだが、この辺の経緯に、本件紛争の真の原因が潜んでいるように思われる。

*4:なお、原告・被告間の契約には、「プログラムマスターの著作権」の帰属に関する定めはあるようだが、地図そのものの著作権の帰属に関する規定は存在していないようであり、それが本件をよりややこしくしている原因であるように思われる。

*5:中山信弘著作権法[第2版]』でも、「地図の場合、自由に創作できる範囲が狭いことは否定できない」(100頁)という点が指摘されている。

*6:http://www.atmarkit.co.jp/news/200701/25/yahoo.html参照。

*7:サービス開始前に、一種の「警告書」が送り付けられている状況でも、そのままサービスを行ったあたりは、さすがヤフー、なのだが、それでも、「3ヶ月」という短い期間に「試行」をとどめたあたり、何か考えがあったのではないか、という推察は働くところである。

*8:ここでもし、ヤフー、アルプス社側の協力を得て、当時の担当者の証人尋問でもできれば、また違う展開になるのかもしれないが、後はそこまでするかどうか・・・だと思う。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html