突然訪れた世代交代の時?〜全日本フィギュア2014

五輪シーズンが終わって、一気に主役が去ってしまった感がある日本のフィギュアスケート界。

男子で言えば、高橋大輔織田信成、という長年、日本のトップを争ってきた選手達が昨シーズンで引退してしまったし、女子も、安藤美姫選手、鈴木明子選手、村主章枝選手が引退、浅田真央選手も無期限休養、ということで、これまで全日本で表彰台の頂点に立った経験のある選手が、今シーズン誰一人滑っていない、という状況になっている。

もちろん、世界のゴールドメダリスト、羽生結弦選手は、今シーズンに入ってからも、中国GPでのアクシデントがありながら、リンクに戻ってGPファイナル連覇、という新たな伝説を作り、Number誌で、全ジャンルのスポーツ選手を押しのけて堂々の年間MVP。

見事に今年最後の号の表紙を飾る、という偉業(?)を成し遂げているし*1、男子はGPシリーズでの優勝者が相次ぐなど、一気に“黄金時代”到来、という様相を見せているのだが、女子の方は、力関係も含めて見えないところが多い・・・

そんな中、2014年の全日本フィギュアが行われた。

個人的な感想としては、これまでにない新鮮な感覚を久しぶりに味わった、今回の大会を簡単に記録しておくことにしたい。

男子シングル

男子に関しては、今年も、羽生選手を抜きにしては語れない、そんな展開となった。

ショートプラグラムで順当に首位に立って迎えたフリー。

細かい御託を並べるよりも、プログラム構成と、そこから叩き出されたスコアを見るだけで、この日の演技の凄さも十分伝わるはず。
(( )内は、グランプリファイナル時のスコア)

4回転サルコウ  7.50(12.93)   
4回転トゥループ 12.90(13.01)
3回転フリップ  6.00(6.50)
スピン(F+C+Co) 3.04(4.21)
ステップSq    5.16(4.23)
(ここから後半)
3回転ルッツ+2回転トゥループ 9.57(9.03)
3回転アクセル+3回転トゥループ 15.86(16.15)
3回転アクセル+ループ+3回転サルコウ 16.12(16.66)
3回転ループ   6.59(6.51)
3回転ルッツ   7.86(2.52)
コレオSq     3.40(3.40)  
スピン(F+C+S) 3.60(3.79)     
スピン(C+Co)  4.30(4.36)

最初のサルコウこそ転倒してしまったものの、その後、全く影響を見せることなく、堂々とした演技を続ける。
そして、グランプリファイナルでは転倒した最後のルッツをきっちり決めて、終わってみれば、ほぼ同じ技術点でしっかり締める。

流れている曲は、誰もが知っている「オペラ座の怪人」。
でも、細部に至るまで音楽と一体化した羽生選手の演技は、これまでに世界中の誰もが成しえなかったレベルのもので、「別次元」という表現がふさわしいものだったように思う。

「五輪金メダリスト」という重たい称号に加えて、中国GPの6分間練習で激突負傷後も出場を強行したことが、普通の20歳のアマチュアスポーツ選手では考えられないレベルの世間の注目を集めてしまった今季だったが*2、そんなシビアな経験も全て糧にしてしまったかのように“進化”した姿を見ると、彼の心の強さと、「立場が人を創る」という言葉の重みを感じずにはいられなかった。

一方、波乱が起きたのは、2番手以降の順位である。

ショートプログラムが終わった時点では、実績のある町田樹選手が順当に2位に付け、村上大介選手、無良崇人選手、という今季GPシリーズ優勝経験者が、順当に最終グループに残る、という展開になっていた。その間には、まだジュニア世代の宇野昌磨選手が割り込んで3位に入っていたのだが、演技構成点では他の選手に遅れを取っていた、ということもあり、フリーになれば順当な結果に収まるだろう、というのが事前の見立てではあった。

ところが、フリー、最終グループの1番手で登場した宇野選手は、冒頭の4回転トゥループをGOE加点1.40を付ける美しいジャンプで決め、その後のジャンプもほぼノーミスで決めていく*3

あれよあれよ、という間に演技を終え、フリーで165.75点、というハイスコアを叩き出すことになった。

これが後続の選手に影響を与えたのか、続く無良選手は、ジャンプで大きく崩れて宇野選手の順位を超えられず。

2位に付けていた町田選手も、冒頭、1つ目の4回転こそきれいに決めたものの、2つ目の4回転コンビネーションを失敗。
さらに、中盤以降は「第九」のメロディーと噛み合わない、どこか浮いた感のある滑りとなってしまい、無良選手をも下回るフリースコアで、まさかの順位転落。

そして最終滑走者の村上選手は、これが「プレッシャー」というものなのだろう、ということが素人目にも分かるようなガチガチの演技で、ほとんどいいところなし。

唯一意地を見せたのが小塚選手で、冒頭の4回転ジャンプこそ“辛うじて着地”という危うさだったものの、徐々に持ち味である伸びやかなスケーティングが冴え出し、最後は、「こんな素晴らしい小塚を見たのは何年ぶりだろう」と言いたくなるような、堂々とした演技ぶりで、フリー2位に食い込んだのだが*4、SPで付けられた差は挽回できず3位どまり。

ということで、何と、17歳になったばかりの宇野昌磨選手が、羽生選手に次いで2位、という結果になったのである。

初めて、宇野選手が全日本で滑っているのを見たのは、2年前から3年前くらいだったと思うが、その頃は「ジャンプの巧いちびっ子がいる」というくらいの感想しか持てなかった。それが、シニアの選手の中に入って遜色ない演技を見せるようになるとは、時が経つのは早いものだ・・・と思わずにはいられない。

なお、ジュニア世代、と言えば、上位陣が崩れる中で6位に食い込んだ山本草太選手(なんと14歳!)の演技にも特筆すべきものがあった、と思う。
14歳、と言っても見た目は、宇野選手よりもむしろ大人っぽく見えるくらいで、すらっとした細身の体が、ジュニアで頂点に立ったころの羽生選手を彷彿させる選手なのだが、演技の方も、一つひとつの動きにしっかり“芯が入っている”という印象で、さすが長久保コーチの門下生・・・という印象だった。

これで4回転ジャンプをプログラムに取り込めるようになれば、さらに技術点の伸びも期待できるだろう、ということで、来年以降に期待である。

女子シングル

一方、女子の方は、大会前の予想通り、男子以上に展開が読めない「カオス」となった。

歴代優勝者が不在となり、繰り上がればもっとも表彰台に近い、と思われた村上佳菜子選手(過去4年で、2位2回、3位2回)がショートプログラムでまさかの9位。
演技構成点では最高のスコアを出しながら、冒頭の2つのジャンプで、3度回転不足の判定を受け、技術点が26.95点、という目を覆いたくなるような結果となってしまった。

村上選手と並んでグランプリシリーズに出場していた今井遥選手も、技術点が伸びず10位スタート。

今季波に乗っている本郷理華選手は、勢いどおりの演技で首位に立ったものの、僅かな差で宮原知子選手と13歳の樋口新葉選手が続き、広島の中塩美悠選手が会心の演技で4位*5

さらに、加藤利緒菜選手、永井優香選手、坂本花織選手*6という、といったジュニア世代の選手たちが、大きさな差がなく上位に食い込む展開で、これは何が起きても不思議ではないなぁ・・・と思ったのが初日のこと。

そして、フリーの争いは、さらに壮絶なものとなった。

ひとつ前の組で滑った坂本選手が、高難度のコンビネーションを序盤から立て続けに決めて、いきなりハイスコアを叩き出す(最終的にはフリー6位、総合でも6位)。
さらに、追いかける村上選手がその後に滑って貫禄の首位浮上*7

最終グループに入り、一番滑走の本郷選手が、すっかりおなじみになった「カルメン」を滑ったものの、どことなくぎこちない。
さすがにスコアは高めに出て、この時点で首位に立ったものの、盤石、という雰囲気ではなかった。

続く樋口選手も、同様に緊張していたようで(…っていうか、13歳が表彰台を狙えるポジションでフリーを迎えて緊張するな、という方が無理)、冒頭のルッツが完全にすっぽ抜け。その後、取り戻して着実に高難度のジャンプを決めて行ったものの、SPほどの躍動感は取り戻せず。
本郷選手を上回る技術点を出し、トータルスコアでも村上選手の上を行く2位、というポジションに付けたのだが、それでも悔し泣きで演技を終える*8

逆に、ここで失うものは何もない、第三滑走者の永井優香選手は、冒頭で3回転ルッツ+3回転トゥループの大技*9を決める。ところどころでジャンプが抜けたり、見た目に明らかな回転不足になったり、というのはあったものの、技術だけでなく、音楽表現も最終組の中でもトップレベルの素晴らしさだった、ということもあり、終わってみれば、村上選手のフリースコアに迫る得点を叩き出し、SPとの合計では村上選手を逆転して、この時点で総合3位に立った。

中塩選手は、前日とは別人のような演技で入賞圏外に消えてしまい、加藤選手もまとまりの良い演技だった割りにはスコアが伸びなかったものの*10、この時点で上位3人に並んだ顔ぶれは、昨年までとは全く異なるメンバー、しかも、2位、3位はジュニアの大会にしか出ていない選手たち、ということで、一気に下剋上、という香りが漂っていた・・・


結果的には、最終滑走の宮原知子選手が、ダブルアクセル+3回転トゥループ、という大技を終盤に2度プログラムに組み込む執念で、技術点、演技構成点とも、この日のフリーでトップ、という圧巻の演技を見せて逆転優勝。

過去に表彰台を経験したことがある選手が、“順当に”新・女王の地位に収まった、という結果になったが、優勝争いに絡んだ選手以上に、坂本選手や永井選手、といった伸び盛りの選手たちが存在感を示した、ということもあり、これまでになく“何が起きるか分からない”スリルに満ちた試合だったと思っている*11

これから、に向けて。

試合日程を終えた直後に、町田選手がまさかの電撃引退を発表し、羽生選手も体調不良でダウン、と、ついこの前まで盤石だと思われていたところにいきなり不安が訪れた男子勢。
これに対し、若い世代の選手たちが、大丈夫かなぁ・・・という不安の声を一気にかき消すようなパフォーマンスを示した女子勢。

大会の結果とは別のところで、明暗が分かれた感があるが、いずれにしても、今回選ばれた選手たちが、きっちりと世界選手権で結果を出して、日本としての「枠」を確保していかなければ、「次の五輪」と言っても鬼が笑うだけの話になってしまう。

今大会で感じた未来への可能性が、“どんぐりの背比べ”の中での「錯覚」に過ぎないものだったのか、それとも、やはりこの大会が歴史の変わり目だった、ということになるのかは分からないけれど、今は良い方のストーリーになることを、ただただ願うのみである。

*1:スポーツ雑誌の表紙がどれほどのもんよ、という突っ込みはあるかもしれないが、放っておけばサッカー特集に走る(笑)Numberが、部数が伸びる年末に、「羽生選手」を看板に掲げ、フィギュアスケート特集を組む、というのは、“冬の時代”を知るものとしては、隔世の感がある。

*2:なお、前記Number誌でも、本人や多くの関係者が証言しているように、あの激突は“見た目ほど”のものではなく、特に“脳震盪”のリスクは限りなく低いものであった、ということが、今となっては明らかになっている(「あの時は、現地にいた医師の判断で『脳震盪ではない、大丈夫』と言われ、僕の意思で出場しました」「本当は頭を打っていないのに、コーチや(日本スケート)連盟は脳震盪の危険性があるのに出場させたことになっていて、ああ色んな人に迷惑をかけたんんだな、とすごく反省しました」(Number868号・羽生結弦インタビュー18頁))。状況は現場が一番よく分かっている、というのは当たり前の話なわけで、「外野」からの批判にはより謙虚さが必要、ということを思い知らされた事例だったように思う(有名アスリートの呟きが“騒動”を大きくしてしまった面がある、といった点など、考えさせられるところが多い騒動だった)。

*3:最後の3回転フリップ+3回転トゥループだけは、着地が乱れて減点対象となったが、後はほぼ完璧であった。

*4:特に、演技構成点は羽生選手に匹敵する89.00点、というハイスコアで、彼のスケーティングや表現力の素晴らしさを改めて感じさせられる演技だった。

*5:冒頭の3回転トゥループコンビネーションが完璧に決まり、「9.60点」というビッグボーナスに。そしてその勢いのまま、最後まで押し切った。若干スピード感に欠けるところはあったが、この日の演技を見る限り、シニアの大舞台でも十分通用する質の高さは見せていた。

*6:ちなみに14歳の坂本選手は、3回転フリップ+3回転トゥループ、という大技を冒頭で加点付きで決め(10.80点)、技術点では宮原選手を上回る結果だった。

*7:相変わらず回転不足を取られまくったようで、まとまった演技の割にはスコアが伸びなかったが、演技構成点で、さすがの62.56点、を叩き出したこともあって、順位自体は少し取り戻した。

*8:ちなみに、樋口選手の曲はガーシュインで、どうしてもバンクーバー五輪の時のキム・ヨナとラップしながら見てしまったこともあって、それも(自分の中で)彼女の演技のインパクトを薄めてしまったような気がする。本当は、13歳でこれだけできる、ということが凄い、というのは分かっているのだけど。

*9:コンビネーションのスコアは11.50点!で、当然ながら、この日の出場選手中、一要素としてはこれが最高得点であった。

*10:あとで採点表を見たら、気の毒なくらいに回転不足を取られていた。

*11:なお、男子の宇野選手にしても、上位に食い込んだ女子ジュニア世代の選手たちにしても、Number誌上では「これから」の存在として紹介されていた選手たちである(60〜63頁)。それが、あっという間に優勝争いに絡むポジションに来てしまうのだから、若い選手の成長力、というのはつくづく凄いものだと思う。

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