「大合議判決再読」特集のインパクト

2015年の「ジュリスト」誌で、新年第1号を飾ったのが、「知財高裁大合議再読」という特集である。
3年前に装丁等を大幅にリニューアルして以降*1、それまでとは一味違う特集企画を徐々に増やして、いわゆる“伝統的読者層”以外にも訴求していこう、という野心(?)を前面に出しているこの雑誌だが*2、今回の知財特集も、実に味わい深いものになっている。

本特集のメインのコンテンツは、知財高裁が設立後10年の間に出した「大合議判決」8件それぞれについて、第一線で活躍されている実務家が執筆された解説記事であり、いずれも充実した内容になっているので、実際に入手してご覧いただくのが一番だと思うのだが*3、個人的には、巻頭のグラビアページを飾っている、「鼎談 知財高裁の10年とこれから」というタイトルの豪華座談会(小泉直樹[司会]=篠原勝美=中山信弘)から刺激を受けたところも多かったので、その内容をちょっとだけ、ご紹介しておくことにしたい。

知財高裁設立の経緯と「大合議」の意義について

参加されているのが、知財高裁設立期に最前線で法制面の議論に参加されていた中山・東大名誉教授と、初代知財高裁所長である篠原氏、ということもあり、この座談会では、「設立の経緯」から話題がスタートしている。

知財事件といえども、通常の裁判と基本的には変わらない、という意見が多数を占め、いまの知財高裁ができあが」った、という経緯を紹介した上で、

知財だけに特化した法律家などは、おそらく使いものにならないだろうと考えております。法律家には幅広い一般的な素養・知識が求められ、特に裁判官には手続的な知識が必須だと思います。」(巻頭2頁・中山発言/強調筆者、以下同じ。)

と喝破される中山名誉教授のご発言が非常に印象的で、自分にも当時の記憶がいろいろと蘇ってくるのだが*4、それと同時に、

ロースクール志願者については、社会経験のある者、あるいは理系の素養のある者が減っているということは大変遺憾に思っています。」(巻頭2頁・中山発言)

というコメントも続くあたりに、この10年の法曹界の様々な問題が凝縮されているような気がして、興味深いものがある*5

また、篠原元所長による、「大合議」制度の裁判所のシステムの中での位置付けの解説の中で、関連して、昨年の東京高裁特別部のJASRAC審決取消事件につき、「公正取引委員会の審決に対する審決取消訴訟知的財産権に関するものを取り扱う特別部に、知財高裁の裁判官全員を配置した」ことが説明され、JASRAC事件においてその特別部が判決を下したことは、「(知的財産の保護と競争促進の配慮との)調和的な紛争解決の必要性を示す象徴的な出来事である」という所感が示されていたことも、目を引くところであった。

各事件に対するコメント

続いて、座談会では、本特集が対象としている大合議判決8件それぞれについて、簡単なコメントが示されている。

あくまで、本編の記事の「導入」的な位置付けではあるが、各判決の概要とポイントになる部分を分かりやすくまとめた発言で構成されている、ということもあり、既に記憶が薄れかけている「昔の事件」の記憶を喚起する上では、非常に有益なものになっている、と思う*6

また、大合議判決後、最高裁で異なる判断基準が示された「インクタンク事件」について、

知財判決といえども、通常の事件と同じであるということを知らしめた事件として意義があると考えています」(72頁・中山発言)

というコメントが示されていたくだりなども、なかなか面白かった。

「総括と課題」以降について

座談会は、一通り、各事件に言及した後、「総括と課題」、さらに知財高裁の将来展望に関する議論に移っていく。

ここで、興味深かったのは、篠原元所長、中山名誉教授ともに、大合議判決に対して、

「規範の定立を積極的に行っている」

という評価をしていること、そして、大合議の活性化のための方策として、「少数意見制の導入」に言及していること、であろう。

「伝統的に判決の傍論的判示は事実審においては避けるべきものとされていますが、大合議制導入の経緯に照らせば、大合議判決にはより自由度が認められ、適切な事件の係属を契機として重要な争点につき積極的な規範の定立を行うことにも、一定の有用性を肯定してよいのではないかと思います。」(76頁・篠原発言)

という元所長のご発言については、自分もその通りだと思うし、元々、最高裁で判決が示されることが少ない、という知財事件の特徴に鑑みれば、今後もより「規範定立」を行う役回りが「大合議」には求められることになるはずである。

本特集に掲載された各判決の解説の中では、大合議判決の内容に必ずしも賛同しない立場から、「大合議判決のあり方」についての批判的なコメントも散見されるため*7、何でもかんでも・・・というわけにはいかないと思うのだが、内容の是非はともかく、一定の規範が打ち立てられた方が議論しやすい、というのもあると思うだけに、個人的には、このままのスタンスで良いのではないかな、と思うところ。

座談会の中でも言及されている“日本版アミカス・ブリーフ”の今後の運用や、取扱事件が限定されていることについてどう考えるか、といったことなど、他にも制度面に関する議論がいろいろと活字になっているので、関心のある方には、ご一読いただくことをお勧めしたい。


なお、10年で8件、という今のペースに鑑みると、自分が何らかの形でかかわった事件が「大合議」での判断を受ける可能性はほとんどないのだろうが、その一方で、大合議判決が示した考え方を使って、攻めたり守ったり、という展開は、十分ありうるし、攻撃防御に使った論点が、万が一何かの弾みで「大合議」部の関心を引くことだって考えられなくはないわけで、自分は(ここ数年の不勉強を恥じつつ)先々の楽しみのために(?)、本特集をじっくり読ませていただいた。

繰り返しにはなるが、こういう形で過去の裁判例を取りあげて、当時の背景を振り返りながら、現在に至るまでの射程について今一度検討する、という試みは、(分野によっては)非常に意味があることだと思うだけに、今後もこのような企画に期待したいところである。

*1:当時のエントリーはhttp://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120103/1325565778

*2:このブログでは十分に取り上げられなかったが、12月号の「企業活動における訴訟と弁護実務」という特集も、かなり画期的なものだった、と自分は思っている。

*3:ちなみに、同じ「大合議判決」でも、第1号の「一太郎事件」や、続く「パラメータ特許事件」などは、もう10年近く前の事件、ということもあって、単なる判例評釈にとどまらず、その後の大合議判決の射程も強く意識した解説になっている、という点に、この特集の掲載記事の面白さがある、といえる。

*4:当時は、学界の有力者や裁判所側から聞こえてきたこの種の見解に対して、自分はどちらかと言えば半信半疑なところもあったのだが、その後、知財の世界に一度はどっぷり浸かり、法律家の世界にも片足突っ込んだ今になってみると、確かにその通りだな、と思うところだけに、ここで、この発言が改めて活字になったことの意味は大きいと思っている。

*5:振り返ってみると、法科大学院の設立も、知財高裁の設立も、ちょうど当時の法曹制度の大改革の流れの中に位置づけられるもので、それから10年経って、良いところも悪いところも、いろいろ出てきているんじゃないかなぁ・・・というのが、多くの関係者に共通する感想ではないかと思う。

*6:加えて、自分の場合、特許も含めて知財にどっぷりと浸かっていた時期と、そうでない時期とで、判決の読み込み度合いも大きく異なっており、「大合議」判決といえど、全てをしっかりフォローしていたわけではなかった、ということもあったので、本編を読むに先立っての導入としては、ちょうど良かったところはある。

*7:例えば、江幡奈歩「一太郎事件」においては、「101条5号の解釈に関する判示部分」による萎縮効果が生じ、「本判決と異なる判示がますますされにくい状況になっているおそれ」があることが指摘されているし(19頁)、同事件については、座談会の中でも小泉教授が「大合議判決によってこの点の議論がいわば打止めになってしまった感があり、やや残念な気もいたします」(巻頭5頁・小泉発言)という発言を行っている。

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