「アナウンサー内定取消」事件の報道に感じた時代の変化。

アナウンサー採用が内定していたにもかかわらず、「クラブでのアルバイト経験」を理由に内定を取り消された大学4年生の女性が、入社するはずだった日本テレビを相手取り、訴訟を提起した、という事件が初めて大々的に報じられたのは、去年の、秋も深まった時期だっただろうか。

「女子アナ」という人気も注目度も高い職業をめぐる紛争だったこともあって、ネット上でもかなり燃え上がっていたのだが、当時の自分の感想は、

この種の紛争だと、法的に原告側の主張が認められうるような事実関係だったとしても、実際に入社した後の軋轢その他、原告にとっては勝ってもあまり良い状況にはならないだろうから、そういった状況を考慮して、裁判所も、当事者代理人も、慰謝料を支払って和解するパターンに落ち着かせるのではないかなぁ・・・

というもので、盛り上がる人々を横目に、ちょっと醒めた目で眺めていたものだった。

だが、年明けになって報じられた決着は、自分の予想を遥かに超えたものだった。

まず、8日の朝刊で、

「アナウンサーとして採用するというわれわれの望む方向で和解すると思う」(日本経済新聞2015年1月8日付朝刊・第38面)

という原告側弁護士のコメントが報じられる*1

そして、翌日の朝刊では、前日の記事では報じられていなかった原告のお名前とともに、以下のような記事が掲載されることになった。

日本テレビのアナウンサー採用が内定した後、東京・銀座のクラブでのアルバイト経験を理由に内定を取り消されたとして大学4年の笹崎里菜さん(22)が地位確認を求めた訴訟は8日、東京地裁で和解が成立した。日テレが笹崎さんをアナウンス部に配属予定の内定者』に戻すとの内容で、4月に入社する」(日本経済新聞2015年1月9日付朝刊・第42面、強調筆者)

本件訴訟の「請求の趣旨」がどのように書かれていたのか、正確なところは分からないのだが、「アナウンサー」として内定を得ていたからといって必ずしも職種限定採用ではない、というのがテレビ局側の建前だと思われるし、裁判所も、仮に判決を書くことになったとすれば、被告との「解約権留保付労働契約」上の地位よりもさらに踏み込んだ地位を認めることは、おそらく躊躇しただろうから*2、「アナウンス部に配属予定」というところまで、和解条項に書きこめたのだとしたら、原告にとっては、限りなく“完全勝利”に近い内容であり、勝訴判決をもらう以上に得るものが多かった和解、と言えるのではないかと思われる*3

また、そういった法的観点からの理屈を超えたところで自分の想像を超えていたのが、原告側が原告本人の実名や出身大学を堂々と公表した上で、「アナウンサーとして入社する」という前提を貫いたこと、そして、そのような形で決着したことが、明確に公表されたこと、である。

前者については、当初から週刊誌やインターネット等で、原告本人の実名が事実上“公表”されていた、というのが実態だったようだし*4、入社一年目から一種の“有名人”としての扱いを受けることも稀ではない「アナウンサー」という職業特有の対応、と見ることもできるから、本件においては、そんなに驚くようなことではないのかもしれないが、一般的な労働事件(個人レベルで争っている労働事件)における対応に比べると、やっぱり、かなり目を引くものであることは間違いない。

そして、通常であれば、双方が和解条件として「秘密保持義務」を負うことも稀ではない(というか、それがむしろ普通)労働事件の和解において、最終的な決着の内容が明確に公表されている、というのは、もっと驚きである。

記事の中で紹介されている、日テレの公式コメント、そして、

「(原告の)将来を考えて、なるべく早めに解決できればと考えた」(同上)

という日テレ関係者のコメントが、どこまで本音ベースのものなのか自分には知るよしもないのだが、上記のような一連の報道が、とにかくオープンな決着だなぁ・・・という印象を強く与えるものとなっているのは間違いない。


本件は、内定取消、という、「よく世間で話題になる話」とはいえ、業界や、内定を受けていた職種の特殊性ゆえ、本件を契機に、直ちに、世間一般で同じような紛争へのアプローチが取られるようになることはない、と思う*5

それでも、「会社と社員」の関係に、ちょっとずつ(だが本質的には大きな)変化の兆しが見られている今、これだけ多くの人に注目されたこの事件を契機として、徐々に、同種紛争における、訴える側と訴えられる側の力関係が変化し、さらに決着の形も変化してくる*6可能性はある。

もしそうなったとしたら、たとえ、「雇う者」と「雇われる者」という関係にあったとしても、そこで単なる使用従属関係に甘んじることなく、契約当事者として、常に対等な立場で緊張関係をもって向き合えるようにすべきなのではないか、という思いを抱えながら、長い間、組織の中で生きてきたものとしては、実に喜ばしいことなのだけど、果たして、自分が生きている時代にそこまで進むのかどうか・・・。

僅かな期待を込めながら、ここから先、も見守っていくことにしたい。

*1:7日の和解協議後に、原告の代理人弁護士がメディアに対していろいろと話したようで、他のメディアにおいても、同種のコメントが多く報じられていた。

*2:アナウンサーを目指して入社した人にとっては酷なようにも思われるが、後々、他の部署等に異動できた方が本人にとってプラスになるケースもあり得ることを考えると、職種限定を付さないことが一概に本人に不利ともいえない。アナウンサーに限った話ではないが、ここはなかなか難しい話である。

*3:もちろん、会社側にとっても、前記記事に書かれているような文言であれば、「(入社時点で)アナウンス部に配属する」以上に労働契約の内容が限定されていないように見えるから、配転命令権等を過度に制約されない、という点でこの和解条項にも、メリットがあるはずである。

*4:そこに原告サイドの意向が働いていたのかどうかは分からないけど。

*5:そもそも、本件で問題になったような時期に「内定取消」を受けたとしても、通常の会社の内定者であれば、地位確認請求が認められる可能性は限りなく低いだろう。一般的な就職活動と比べて、かなり早い時期からセレクションが行われ、しかも、内定後に明確な“囲い込み”が行われる仕事をめぐって争われた事案だったからこそ、“内々定取消の法理”のレベルではなく、解雇権濫用法理に匹敵するような高度の労働者保護が図られた、といえる。

*6:もっとも、「キー局のアナウンサー」のような代替性の乏しい仕事ならともかく、通常の会社の「内定者」のポジションにそこまで執着する必要があるのかどうかは、冷静に考えてみる必要はあると思うが。

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