月の変わり目に、新たな気持ちで。

世の中はバブル再来の勢いでも、自分的には、年の出だしから、あまりいい気持ちでは仕事ができていない今日この頃。

そんな中、新しい月に入り、ねじを締め直す、ということで、読み直した一冊の本を、ここで取り上げておきたい。

裁判・立法・実務

裁判・立法・実務

田原睦夫弁護士、と言えば、2006年から2013年まで、実に6年半近くの長きにわたって最高裁判事を務められた方であり、かつ個性的な個別意見を数多く残されたことで、名を知らしめた方でもある。

そして、本書は、「最高裁判事を退官した後に単行本を記す」という、最近、すっかり定番化した感のある企画の一つ。

もっとも、田原弁護士の場合、最高裁裁判官として残した個別意見の印象があまりに強烈だったために、そこにフォーカスした書籍は別途出ており*1、その結果、本書では、一味違う切り口から田原弁護士の足跡が描かれることになった。

例えば、この種の書籍で中心に据えられることが多い、「最高裁裁判官時代の判決の思い出」系の企画は、「民事法関係」「公法関係」を分けた上で、インタビュー形式で、聞き手の関心に合わせて構成する、という割り切りを見せる*2

その一方で、それ以上の紙幅が割かれているのが、

「第2章 民事手続法改正に関与して」

という章にまとめられた、「民事訴訟法」と「倒産法」(民事再生法会社更生法)の改正に関与した時のエピソード。

座談会形式でまとめられているのだが、田原弁護士ご自身が、法制審議会部会での議論に弁護士会推薦委員として長年参画されてきた、ということもあって、ゲストとなっている当時の委員や法務省関係者との間で交わされるトークが実に生々しい。

民事訴訟法に関しては、「失権効」や「裁判の公開原則」の導入をめぐる学者と弁護士会の攻防や、「訴訟費用敗訴者負担」制度をめぐる弁護士会内の対立の内幕が、また、倒産法に関しては、倒産犯罪の厳罰化をめぐる法務省刑事局弁護士会推薦委員との間の丁丁発止のやり取りなどが、明かされている。

“思い出話”だけに、多少盛られている可能性はあるとしても、まだ法制審の議事録が、今のように完全には公開されていない時代だけに、貴重な証言だと言える*3

また、弁護士としての豊富な経験に、最高裁裁判官としてのキャリアを積み重ねられた方だけに、後輩法曹に向けられた視線は厳しい。

特に、民事訴訟手続のあり方については、先の第2章でも、続く「第3章 民事裁判実務を考える」という章の中でも、

「民訴の弁論準備とは何だったかという立法趣旨自体を、現に弁論準備を主宰する裁判官が認識していない人が出始めている」
「若い弁護士が増えて、その方々も弁論準備がどういう位置付けなのかを法科大学院で十分習ってきていないものだから、弁論準備期日がそこが討議の場だということをわきまえずに、昔の五月雨式のときと同じように『今日書面もらいましたので、次回反論します』という形で空転している。あるいは、裁判所が釈明すると、『ボス弁に聞かないと分かりません』と言って帰ってしまう。」(373頁)

といった問題点を再三指摘しているし、「訴訟代理人としての弁護士の役割」について議論する中では、

「プロ意識、自覚がどこまで持てているのかと、裁判所で執務していて記録などを見ていて感じます。」(383頁)

という厳しい発言も飛び出している。

ご自身が第一線で活躍されていた時代と、今の若手法律家を取り巻く環境とでは、大きな違いがあるのは間違いないだけに、この章を読んだ現役の方々の評価には、分かれるところもあるだろうけど、一本筋の通った現状批判、という点で、受け止める価値は十分にあるように思われるところである。


最後になるが、田原弁護士が、「序章」の「若き法曹及び法曹希望者に望むこと−法曹の資質」という項に書かれた、6つの「一般に法曹に求められる資質」(17〜18頁参照)をここに記し、今後の自分への戒めとすることとしたい。

(1)幅広く基礎的な学識を保持すること
(2)事案の理解能力
(3)当事者の視点から物事を見る能力
(4)説明能力、説得能力
(5)好奇心が旺盛なこと、可塑性に富むこと
(6)職業人(プロ)意識を常に保持し続けられること

特に、“ここまででいいや”と流されがちな今日この頃だけに、(6)については、真摯に受け止めないといけないな、と思うところである*4

*1:「個別意見が語るもの−ベテラン元裁判官によるコメント」という本が、商事法務から出版されている。ちなみに本書は有斐閣。さらに一足先に出た古稀記念論文集は、金融財政事情研究会から発行、と、さすが民商法の世界で名を馳せた方だけあるなぁ・・・と妙に感心してしまった。

*2:例えば「民事法関係」の方では、森田修教授がインタビューを担当していることもあって、担保物権法、債権回収法に関する判決が多く取り上げられている。

*3:なお、座談会自体は少々暴走気味で、現在の倒産法再改正の動きに対し、田原弁護士とともに倒産法改正を担った才口千晴弁護士に、「最近の日弁連は弁護士の増員に伴い職域拡大に必死で神経質です。当然のこととは言え、しばしば法案に反対し、クレームを付け、弁護士会声明を出し、記者会見をします。他の法曹二者から協調性を云々されているのみならず案件処理が遅滞している。」「退官して5年経過した現在、退官直後に弁護士会は変わったと感じた以上に変わっています。民法改正という大きな課題を抱えた時期に倒産法改正はできるのか、また時宜を得ているかいささか疑問です。」(300頁)とまで言わせてしまっているあたりや、それに続いて田原弁護士が、「若い人の動きを収められない」「日弁連の有力者」を批判しているあたりには、世代間ギャップを感じざるを得ないのだが・・・。

*4:田原弁護士によると、(6)のココロは、「法曹は、プロとして、常に新規に制定された法律や法改正をフォローし、判例の流れを追わなければならず、また、社会事象を対象とする業務である以上、国際的な状況をも含めて社会事象の動き、その動きの背景や本質を常に追い求める必要があり、それを維持することによって、社会が法曹に求めている期待に応えることができる。それらのことを維持・継続できるか否かは、プロの法曹たることの自覚の問題である。」ということで、どこまで、そこに近づこうとするか、という意欲を持ち続けることは、とても大事なことだと、自分も思う。

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