「クラウドと著作権」問題の落ち着きどころと、見えない未来。

クラウドサービスの進展に対応した著作権法改正」の要否、という問題が、著作権業界の話題に上るようになって久しい。
文化庁の審議会(文化審議会著作権分科会)においても、ワーキンググループでの検討を経て、2013年度以降、小委員会で本格的な議論がなされるようになってきていた。

そんな中、昨年暮れに、「小委員会報告書(案)」がまとめられ、突如として議論が打ち切られてしまった、ということは、この分野に関心のある方々であれば、多かれ少なかれ、既に耳にしているのではなかろうか。

筆者自身も、年末の押し迫った時期に、こんな形で“議論の終幕”を迎えるとは・・・ということで、(幕引きの結論はともかく、その審議経過の妥当性、という点において)暗澹たる気持ちになったものだが、(自分の中での)ショックもだいぶ和らいだタイミングで、日経紙が法務面に「まとめ」の記事を掲載してくれた*1、ということもあるので、ここで簡単にこれまでの経緯を振り返ってみることにしたい。

かみ合わなかった議論の末に残された“当たり前”の結論

昨年末まで続けられた議論が、どういう形で収まったか、ということは、文化庁の「著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会」のHP(http://www.bunka.go.jp/Chosakuken/singikai/hogoriyou/h26_09/gijishidai.html)に掲載された「クラウドサービス等と著作権に関する報告書(案)」*2に端的に示されている。

まず、最初に遡上に載せられた「ロッカー型クラウドサービス」については、権利者の許諾の要否が議論された「タイプ2」(プライベート・ユーザーアップロード型)に関し、「利用行為主体性」や「私的使用(著作権法30条1項柱書)該当性」、「公衆用設置自動複製機器該当性」についての議論の経緯が紹介された上で(13〜15頁)、

「現時点においては,タイプ2について,権利制限規定の創設等,法改正を伴う制度整備を行う必要性は認められなかった。」(16頁)

という結論が示された*3

また、「ロッカー型クラウドサービス以外の各サービス」については、「柔軟性のある規定」の導入を求める一般社団法人電子情報技術産業協会JEITA)の意見と、 「各サービスを現に行っている事業者」や、「各サービスに関係する権利者」の意見を対比した上で、

「本小委員会に提示された内容を前提とする限り,ロッカー型クラウドサービス以外の各サービスに関して,現時点においては,特段法改正を行うに足る立法事実は認められなかった。また,これを前提とすれば,各サービスの共通要素を考慮して柔軟性のある規定を導入することについても,現時点では,その必要性を認めることは難しいと言わざるを得ないとの意見が多数を占めた。」(31頁)

という結論が残されている。

当日の議事録や、報告書の最終版はまだ公表されていないが、日経紙の前記記事にもあるように、

「事業者側委員からは反発もあったが、案の最終的なとりまとめは『主査一任』で閉会となった。」
「事業者側の主張は事実上、退けられた形だ。」

というのが、当日のやり取りを目にした者に共通した感覚だったのは、間違いない。

このブログでも過去に指摘したように、権利者とユーザー側の意見対立が激しいこの領域において、「法改正」というドラスチックな手段を持ち込んでも、なかなかうまくいかないだろう、ということは、容易に想像が付いたところではあったのだが*4、一方で、個人的には、第一線の研究者を交え、時間をかけて議論することで、“萎縮効果”を払拭するような現行法解釈のコンセンサスが得られるのではないか、というところに、ひそかに期待していたところもあった。

それだけに、

「タイプ2の枠内で行われる利用行為については,基本的には,利用行為主体は利用者であり,当該利用者が行う著作物の複製行為は,私的使用目的の複製(第30条第1項)であると整理することができ,権利者の許諾を得ることは特段不要であるとの意見が示された。ただし,個々のサービスにおける利用行為主体の判断を含め,私的使用目的の複製と判断されるか否かについては,当該サービスに含まれる全ての機能及び提供態様等を全体としてみた上で,個別の事案ごとの事実認定に基づいて総合的に判断されるものと解される。」(報告書案15頁)

と、「タイプ2」のサービスが、「ユーザーの私的複製の範囲内」として適法化されるかどうかすら明確にすることができなかった、報告書(案)の前半部分には失望せざるを得なかったし、ましてや、「「当該著作物の表現を知覚することを通じてこれを享受」しないと評価できるとの意見が一部の有識者から示された」サービスについてすら、

「実際にこれらのサービスを行っている事業者から,自社の事業は,現行の著作権法の下で,契約や権利制限規定の適用等により,十分に対応することができているとの意見が示され,具体的な法改正の要望が示されなかった。」(30頁)

として、新たな法解釈の可能性すら示さなかった後半部分については、極めて厳しい評価にならざるを得ない*5

前半の「タイプ2」については、当日、事業者側委員からの指摘を受けて、報告書がもう少し明確な書きぶりに修正される模様であり、日経紙の記事でも「実態は『私的複製』であり、著作権者の許諾は必要ないという解釈で合意した」と書かれているから、これが一応、「成果」と言えるのかもしれないが、

「ユーザーが自ら用意したコンテンツを、自らの意思で(自分しか使えない)クラウドサーバーの一領域に保存して利用する」

という行為(及びそれを可能とするサービス)が、私的複製の範疇に含まれ、権利者の許諾を要しない、というのは、冷静に考えれば当たり前の話であって、「成果」がこれしかない、というのは、何とも寂しいことだと思う*6

今年度、この小委員会が開かれて以降も、権利者と利用者、サービス提供者側との議論は噛み合わないまま推移していた印象があるし、そういう状況で、今「まとめ」をしなければならない、ということになれば、「成果」が薄いものになってしまうことはやむを得ない、と思うのだが、「目に見える成果」が示せないとしても、今後、どこかで生きてくるような「目に見えない成果」をもう少し残すことはできなかったのかな・・・というのが、外野から見ていた者としての、素朴な感想である*7

この先の議論に向けて

前記日経紙の記事の中では、小委員会主査である土肥一史・日本大大学院教授のコメントとして、

「(著作権者と事業者という立場が明確に分かれ)利益状態が固定化している著作権問題の議論は、平行線に陥ってしまう」(同上、強調筆者)

という発言が掲載されており、この後さらに続く、と言われている、「対価還元」をめぐる議論の先行きも懸念されるところである。

その後に続く

「適正な料金は払うから便利なサービスを使えるようにしてほしい」(同上)

というインターネットサービス協会のコメントを見ると、「対価還元」の必要性自体は、権利者・ユーザー双方で共有されているようにも思えるが、ユーザー側とて、

「自らが購入したコンテンツをクラウド上に保管して利用する」

とか、

「著作物の表現を享受しない形でコンテンツを利用する」

といったサービスに際して、通常のサービス利用料のほかに権利者への利用料が必要、ということになれば、そう簡単に首を縦に振るとは思えない。
かといって、その負担を一方的にサービス提供事業者に課す、という議論が通るはずもない。

それっぽい立法事実は一応あった「私的録音録画補償金」ですら、時代の変化とともに崩壊した今となっては、「補償金」というスキームを安易に持ち出すことは、法的にも、政治的にも極めてリスクの高い選択肢だと言えるのだが、一方で、「コンテンツ販売と、利用許諾の対価だけで、十分元は取れているでしょ」(取れないのだとしたら、それは権利者の戦略ミスでしょ)というだけで、議論を収められるとも思えない・・・

ということで、引き続き、議論の行方は混沌としている、というのが今の現状。

この先、何か新しい発想が飛び出すのか、それとも、再び混迷の末に“薄い報告書”がまとめられるのかは分からないけれど、今は、議論の中から、ほんの少しでも、この膠着状況を打開する何かが示されないか、僅かな可能性を信じるほかないのだろうな・・・と思うところである。

*1:日本経済新聞2015年2月2日付朝刊・第17面。

*2:http://www.bunka.go.jp/Chosakuken/singikai/hogoriyou/h26_09/pdf/shiryo_1.pdf

*3:その一方で、権利者側から提案された「集中管理スキーム」については、「本スキームの更なる具体化,本スキームの活用に向けた必要な課題解決を中心に,音楽集中管理センター設立に向けて関係当事者間で速やかな検討を行うよう求めることとし,その状況を引き続き注視するものとする。」(21頁)と、前向きなスタンスが示されている。

*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130923/1380129185参照。

*5:なお、「サービスを行っている事業者」の一部については、委員会の場でヒアリングを行っているのだが、書面提出だけで対応しているケースもあり、“本当に現行法の規定で大丈夫なのか?”というところは、小委員会の場で十分検証できているとは言えない。報告書案においても「本小委員会に提示された事実を前提とする限り」という留保は付されているので、後々、事業者から違う意見、要望を引き出して来れば、さらに検討する余地は残されている、と言えるのかもしれないが、この辺の本小委員会の「立法事実検証の手法」については、議論の余地があるところだと思う。

*6:なお、日経紙の記事では、音楽コンテンツに関し、「集中監理による契約システムを作ることで合意した」ということも、「成果」として挙げられているが(前掲脚注もご参照のこと)、どんな立派なシステムを作ったところで、“一匹オオカミ”的な権利者を全て取り込むことはできないわけで、「一部の権利者の許諾が得られないために、サービス全体が止められてしまう」というリスクを免れることはできない以上、これを殊更に「成果」として取り上げるのは、ミスリードではないだろうか。もちろん、関係者の叡智を結集した結果、画期的なスキームが出来上がる可能性まで否定するつもりはないのだけれど。

*7:審議会の事務方には、「早く結果を出せ」というプレッシャーがかかっていたのだろうし、そのプレッシャーをかけたのが「法改正」を求める側だった、ということは否定できない(その結果、実に皮肉な帰結になってしまった)のだが、個人的には、もう少しじっくり議論すべき内容だったのではないか、と思えてならない。

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