手放しでは喜べない「商標費用値下げ」

比較的インパクトの大きい制度改正が相次いでいる昨今の産業財産権業界だが、またまた大きなニュースが飛び込んできた。

特許庁は企業などが商標を取ったり維持したりするのにかかる費用を大幅に引き下げる方針を固めた。今夏にも登録料を25%程度引き下げ、登録から10年後にかかる更新料も20%程度下げる。」(日本経済新聞2015年2月5日付朝刊・第5面、強調筆者)

実に7年ぶりの改定。

記事では、丁寧なことに、

「いまは1分野につき登録料は3万7600円かかるが、引き下げ後は2万8200円程度になる見通し。更新料は同4万8500円が3万8800円程度に下がる」(同上)

と、改定後の具体的な金額まで教えてくれている。

自分が、商標の仕事に関わり始めたのは、まだ前回の料金改定より前、で、その頃に大量の出願、更新をこなしたものだから、今でも、商標登録だの更新だのの、“費用の相場”を聞かれると、当時の基準で反射的に答えてしまうところがある*1

だが、今回の改定が実施された場合、当時に比べて登録費用が約3分の1、更新費用が約4分の1に圧縮される、ということになるから、もはや当時の相場観は、全くあてにならない。
そして、前回の改定に比べると下げ幅こそ小さいものの、「費用が安くなった」というインパクトで言えば、今回も前回と変わらないくらいの影響はあるように思われる。


ちなみに、「料金を引き下げる」という路線自体は、昨年のうちから報じられていて、(「職務発明」をめぐる特許法改正の論点ばかりが注目された)産業構造審議会知的財産分科会小委員会の報告書*2においても、

「商標権は、製造業に属する企業や大企業・グローバルに活動する企業のみならず、サービス業に属する企業や地域で活動する中小企業・地域ブランドの確立を図る団体等にも幅広く活用される知的財産権であり、商標権の取得及び維持に係る負担軽減を図ることが、更なる活用を促し、我が国経済の活性化を推進する上で重要であること」(6頁)

という立法事実を示したうえで、

商標部門については、現行の我が国の商標関連料金は他の主要国より比較的高い水準に設定されており、また、商標は特許に比べ中小企業等の利用率が高く、制度利用者の実質的な費用負担額を軽減することで、より幅広く商標権の活用促進が図られる効果が期待される。このため、商標設定登録料及び更新登録料の一定程度の引下げについて、特許特別会計の中長期的な収支見通し等も踏まえて検討することが必要である。 」(7頁、強調筆者)

と、「引下げ」の方向性が示されていた。

なので、上記のようなニュースが流れた、ということ自体には、さほど違和感はない*3

ただ、前回の料金改定の際のエントリー*4にも書いたように、一見すると高額にも見えたかつての商標関係費用は、「不要な区分の権利は取得しない」「不要になった商標(又は指定商品・役務)はさっさと放棄する」という、商標権本来の姿(使用する者だけが必要な範囲で権利を取得する、という姿)を維持するための“調整弁”としての役割を果たしていた

それが、2008年の大幅引き下げを経て、さらに引き下げられる、ということは、“商標権取得・更新場面でのモラル・ハザード”を招き、本当に権利が必要な者が権利を取得する機会を奪うことにつながるのではないか・・・という懸念も、当然に出てくるところである*5

特許庁にしてみれば、「不使用商標をやみくもに蓄積させようとする者」への対策は、「商標法3条1項柱書」審査の厳格化ですでに対応している、というスタンスなのだろうし、「万が一使わない商標が登録されても、使いたい者が「不使用取消審判」を起こせば良いではないか。『費用』をハードルにするのは、邪道な手段だ。」と言われてしまえば、それが正論、と認めざるを得ない。

しかし、実務上、多くの会社が「不使用取消審判」をいちいち請求することの手間とリスクを避けて、ネーミングの選択肢を狭めている、という現実もある中で、さらに“死蔵商標”を増やす方向の制度改正を行うことが得策なのかどうか、自分は大いに疑問を抱いている。

そして、「費用」というハードルを大きく下げた帰結として、本来の制度改正の趣旨に反し、現在、日本の15倍のボリュームで商標を出願し続けている隣の国*6の企業、個人が、一気に日本国内での商標出願、登録を増やす(その結果、日本企業がますます不自由な事態に陥る)、という可能性も、決して否定はできない*7

もちろん、実務者である以上、制度が変わる、と決まったからには、それを前提に戦略を練っていくことになるのだけれど、今は、「悪い方向に行かないでくれ」ということを、ただ願うほかないのである・・・。

*1:2008年改定以前は、登録費用が1区分6万6千円、更新費用が1区分15万1千円だった。

*2:http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/toushintou/pdf/innovation_patent/houkokusho.pdf

*3:一般論として、「料金を下げる」と言われて反対するユーザーがいるはずもなく、特許制度小委員会での議論においても、特に異論なく承認されていたはずである。

*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080106/1199598440

*5:あくまで自分の主観的な感覚に過ぎないのだが、実際、2008年の料金改定以降、本来想定される範囲よりも広い区分で商標権を取得するパターンの出願、登録が増ええているように思えてならない。これは、費用だけの問題ではなく、出願人の担当者や出願にかかわる代理人の技量やモラルにもかかわる問題なのかもしれないが、低コストで多数の区分の権利確保・維持が可能になった、ということが出願人側の心理に与える影響は、やはり軽視できないと思う。

*6:前記日経紙の記事参照。

*7:逆に、費用が低減されたからといって、これまで商標を出願していなかった会社(中小企業等)が、一気に商標を出願する方向に向かう、ということもちょっと考えにくいような気がする。

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