半信半疑ながらも「招致決定」のニュースに何となく安堵したのは、僅か2年前のこと。
だが、その後、招致に奔走した都知事が庁舎を去ったあたりから雲行きがあやしくなり、さらに今年に入ってからスタジアム建設問題が一気に火を噴いて、「大丈夫か?」ムードが強まってきている「東京五輪2020」。
そして、そんな状況に華を添えるように、また一つ新たな種がまかれた。
最初に話題になったのは7月30日付けの朝刊。
「2020年の東京五輪エンブレムについて、ベルギー東部リエージュ在住のデザイナー、オリビエ・ドビさん(52)は29日までに、自身がデザインしたリエージュ劇場のロゴと『驚くほど似ている』と交流サイト、フェイスブックに投稿した。」(日本経済新聞2015年7月30日付朝刊・第42面)
発表当初は、そんなに大々的に取り上げられたわけでもなかった五輪エンブレムが、一気に新聞、テレビで取り上げられることになったのだから、実に皮肉なもの(隣に並ぶ「ベルギーの劇場のロゴ」がなければ、皆万々歳だったはずなのだが・・・)。
そしてネット上でもひとしきり盛り上がったところで、7月31日の夕刊に、「ベルギーのロゴのデザイナーが劇場と共にエンブレムの不使用や変更といった対応を求める方針を決めた」というニュースが掲載され*1、さらに翌日の朝刊には、東京五輪エンブレムを制作した佐野研二郎氏の
「海外作品については全く知らないもの。制作時に参考にしたことはない」(日本経済新聞2015年8月1日付朝刊・第42面)
というコメントと、ドビ氏の代理人がIOCらに書簡を送り、
「IOCと組織委に8日以内の回答を求め、対応がなければ、使用差し止めを求めて提訴する」(同上)
という考え方を示した、というニュースが掲載され、ますます騒動が大きくなっている気配すらある。
ベルギー側の動きに対して、五輪組織委員会やIOCは「商標調査の手続きを経ているから問題ない」という趣旨のコメントで対抗(?)しているのだが*2、今回比較されているレベルのロゴデザインになってくると、商標権の領域だけでなく、著作権の問題も当然考えないといけないわけで*3、反論に今一つ説得力がない*4。
もちろん、「著作権侵害に該当するか」という観点で、ベルギーのロゴと五輪エンブレムを比較するならば、類似しているのは「アルファベットをデザイン化したシンプルな図形の輪郭の形状」の部分だけで*5、背景や色彩の差異を考慮すると、デザイン全体から感得できる印象は大きく異なるといえる。
したがって、多くの識者がコメントしているとおり、少なくとも日本の裁判所で争えば「侵害」(複製権又は翻案権)という判断が示される可能性は低いといえるだろう*6。
とはいえ、「五輪の公式エンブレム」は、今後、様々な広告媒体に用いられることが予定され、関連グッズも全世界で多数発売されることが想定されているもの。
それが、いつまでも「紛争リスク」を抱えたままでは、スポンサーもグッズのライセンシーも、安心してエンブレムを使い始めることができないわけで、いくら「裁判になれば勝てる」と五輪主催者側が胸を張ったところで、何の解決にもならない。
海の向こう側と形式ばったやり取りをしている間におかしな感情のもつれが生じてしまっては一大事なわけで、ここは、柔軟な頭で上手な落としどころを探ってほしい、と願うのみである。
*2:https://tokyo2020.jp/jp/news/index.php?mode=page&id=1422
*3:ありふれたフォントの「文字」のみで構成されるようなロゴであれば、「著作物性がない」という評価もできるだろうが、今回のベルギーの劇場のロゴはそのような単純なレベルを超えており、応用美術に高度な美的特性を求める従来の基準によったとしても、著作物性が肯定される可能性が高いのではないかと思う。
*4:個人的には世界的に恥をかく前に、早めに専門家の判断を仰いだ方がよいと思うのだが・・・。島並先生もツイッターでコメントされているようだし・・・(http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/30/tokyo2020-logo_n_7908656.htmlの記事参照)。
*5:そして、この部分は、著作権法上、決して高い創作性が認められる部分ではない。
*6:なお、五輪エンブレムの制作者は、前記のとおり、ベルギーの劇場ロゴに「依拠」していない、という主張もしているようだが、ベルギーのデザイナーが言うように、劇場ロゴがインターネット上で容易に検索できるような状態に置かれていたのであれば、「依拠性なし」という理由一本で有利な結論を得ることはさすがに難しいのではないか、と思うところである。