帰ってきたワイルドカード〜商標法4条1項7号該当性が認められた一事例。

「商標法4条1項7号」といえば、商標の専門家の間でも、「どのような場面で適用されるべきか」という評価が未だに定まらない微妙な不登録事由(無効事由)である。

「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」

というあまりにシンプル、かつ漠とした要件になっているがゆえに、筋の悪い商標を蹴散らすためのツールとして積極的に使おうとする動きもあれば*1、濫用を戒める動きもあり、特に事件が裁判所に行くと、私人間の権利紛争を発端とする事件に4条1項7号を適用することはなかなか認めてもらえない*2、というのが、これまでの一般的な理解だったように思う*3

だが、そんな“常識”をひっくり返し、純粋な私人間の関係に起因して生じた商標紛争において、4条1項7号の適用を認めた知財高裁判決が登場した。

以下では、裁判所が4条1項7号該当性を認めるに至った本件特有の「事実」に適宜触れながら、果たしてこのような判断が妥当なのか、ということを検討していくことにしたい。

知財高判平成27年8月3日(平成27年(行ケ)第10022号)*4

原告:株式会社のらや
被告:Y

本件は、関西圏を中心にうどん専門の飲食店「のらや」を展開している原告と、かつて原告のフランチャイジーとして三国ヶ丘で店舗を営んでいた被告との間で行われた、商標無効審判不成立審決の取消請求事件である*5

経緯としてはやや複雑なのだが、簡単にまとめると、

平成12年12月25日 原告代表者Aが「のらや」の標準文字商標、猫の図形商標を出願。
平成13年9月21日  前記商標につき設定登録。
平成23年9月21日  前記商標の存続期間満了。
         同日、被告が本件商標を出願(指定商品・役務は第30類、第43類で、前記商標とほぼ重なる)
平成24年5月30日  原告代表者が期間内に更新登録申請を行わなかったため、前記商標が抹消登録された。
平成25年2月8日  本件商標につき設定登録。(第5556038号)
平成26年3月17日  原告が登録無効審判請求(4条1項7号、10号、19号)(無効2014-890015号)。
平成26年12月26日 特許庁による不成立審決。

ということになる。

元々商標権者だった原告側が更新を失念している間に、当時フランチャイジーだった被告に間隙を突かれ、商標を先取り(?)出願される・・・という、非常に身につまされるような話であり、しかも、特許庁の無効審判では、

「被告は,原告の加盟店の実質的経営者として,原告使用商標を使用していた立場から,これらに係る商標登録が第三者に取得されることを危惧し,第三者の参入を防止することを主たる目的として本件商標の登録出願をしたものと認められ,本件商標を利用して原告に損害を与える目的等を持っていたとは認められない」

として、原告の4条1項7号に係る主張が退けられる、という、原告にしてみれば踏んだり蹴ったりの展開・・・。

このまま終われば、「重大な教訓事例」として後世に語り継がれた事例となったのだろうが、さすがに原告も必死で主張立証を行ったのだろう、知財高裁は、本件商標出願後の原告と被告の間のやり取り等を詳細に認定した上で、4条1項7号該当性判断の前提となる「本件商標の出願目的」について、特許庁の審判とは真逆の評価を行った。

「原告チェーン店のフランチャイジーである夢の郷社の実質的経営者として,原告使用商標の法的な裏付けとなる旧A商標に係る商標権を尊重し,原告及びAによる当該商標権の保有・管理を妨げてはならない信義則上の義務を負う立場にある被告が,旧A商標の存続期間が満了するタイミングに合わせて,原告に重大な営業上の不利益をもたらし得る本件出願を行い,しかもそのことを原告側に秘匿し続けたという本件出願に係る経緯からすれば,被告が本件出願を行った目的については,他に合理的な説明がつかない限りは,何らかの不正な目的によるものであることが強く疑われるというべきである。特に,本件出願が行われた平成23年9月の直前である同年6月から8月ころの時期においては,原告と夢の郷社との間で,三国ヶ丘店における本件食材代金等債務の支払遅延が問題となっており,Aと被告との間でその回収に向けた話し合いが行われていたことからすれば,被告がこのような原告との金銭的な交渉を想定し,自己に有利な交渉材料とする目的で本件出願を行うことも,十分考え得ることといえる。」(20〜21頁、強調筆者)

本件出願の事実が原告側に発覚した後に行われたA及びBと被告との交渉における被告の言動をみると,被告が,本件出願の事実を自己に有利な交渉材料として利用し,原告から過大な金銭的利得を得ようとしていることが明らかである。」(21頁)

判決の中では、被告は、商標出願に気付き、取下げを求めて協議に来た原告に対して、(経営が芳しくなかった)自分の店舗の設備買取を求めたり、原告が提示した金額(100万円)を大きく上回る金額を暗に要求していた、ということが認定されているし、被告が店舗を閉めた後に、その店舗を引き継いだ第三者まで協議に出てきて、原告に対する権利行使をちらつかせていた、ということまで認定されている。

そして、知財高裁は、このような事実に基づき、「被告の出願目的」に関して、

「被告による本件出願の目的が、被告が主張するような第三者に原告使用商標に係る商標登録の取得を防止するためなどではなく、原告との金銭的な交渉において本件出願又はこれに基づく商標登録の事実を自己に有利な交渉材料として利用し不当な利益を得ることにあったことは、優にこれを認定することができる」(25頁)

という結論を示したのである。

本件被告の「出願目的」は公序良俗違反を認める材料となるのか?

おそらくは、充実した事実認定を期待することが難しい特許庁の審判から、証拠調べをしっかり行う裁判所に舞台を移した結果、初めて明らかになった事実もあったのだろう。様々な間接事実を元に、知財高裁が「被告の出願目的」を上記のように認定し、被告側を断罪したことについては、自分もそんなに違和感はない。

だが、引っかかるのは、裁判所が4条1項7号該当性について示した、以下の結論である。

「このような本件出願の目的及び経緯に鑑みれば,被告による本件出願は,原告との間の契約上の義務違反となるのみならず,適正な商道徳に反し,著しく社会的妥当性を欠く行為というべきであり,これに基づいて被告を権利者とする商標登録を認めることは,公正な取引秩序の維持の観点からみても不相当であって,「商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発達に寄与し,あわせて需要者の利益を保護する」という商標法の目的(同法1条)にも反するというべきである。」
「してみると,本件出願に係る本件商標は,本件出願の目的及び経緯に照らし,商標法4条1項7号所定の「公の秩序又は善良な風俗を害するおそれがある商標」に該当するものといえる。」(25頁)

「適正な商道徳」というのは、かなり抽象的なフレーズだし、前記認定事実を基礎とすれば、被告の行為が「けしからん」ものであることは明らかなので、一見するとスッと読み飛ばしてしまいそうな説示ではある。

しかし、こと商標法4条1項7号の要件に該当するかどうかを判断する場面で、何が「商道徳」に反することになるのか、冷静に考えると首を傾げたくなるところもある。

例えば、エコノミーホテル事業の一加盟店だった者が「ハイパーホテル」という商標を取得したために登録異議ルートで争われた事件(東京高判平成15年5月8日)*6で、東京高裁は以下のように述べている。

「商標の登録出願が適正な商道徳に反して社会的妥当性を欠き、その商標の登録を認めることが商標法の目的に反することになる場合には、その商標は商標法4条1項7号にいう商標に該当することもあり得ると解される。しかし、同号が「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」として、商標自体の性質に着目した規定となっていること、商標法の目的に反すると考えられる商標の登録については同法4条1項各号に個別に不登録事由が定められていること、及び、商標法においては、商標選択の自由を前提として最先の出願人に登録を認める先願主義の原則が採用されていることを考慮するならば、商標自体に公序良俗違反のない商標が商標法4条1項7号に該当するのは、その登録出願の経緯に著しく社会的妥当性を欠くものがあり、登録を認めることが商標法の予定する秩序に反するものとして到底容認し得ないような場合に限られるものというべきである。」

この事件では、運営主体が当初出願した商標が麒麟麦酒の商標と類似する、という理由で拒絶されたために、「ハイパーホテル」という屋号を保護する商標が不存在になっていた、という本件とも共通する事情があったのだが、東京高裁は上記のような高いハードルを設定した上で、

「原告が本件商標を登録出願し、商標登録を取得(平成13年8月)したことは、既に営業を開始していた原告のホテル営業について、ハイパーホテル商標を安定して使用し得る地位を確保するための安全策という要素を持つものであって、原告自らが商標登録出願することが当時の状況の下で最善の選択であったかどうかはともかく、その商標登録出願から商標権取得に至る行為をあながち不当、不徳義と評価することはできない。また、上記の経緯からすれば、原告の本件商標登録出願が不正の目的でなされたと断定することもできない。」

と判断し、4条1項7号違反で商標を取り消した特許庁の決定を取り消しているのである。

本件でも、被告側が再三主張し、特許庁も認めているように、「原告のミスによる屋号等の商標権の消滅」という事態が現実に発生している。

被告の主張が「フランチャイザーとしての重大な義務違反」という文脈で整理され、“どっちが悪いか”の争いのようになってしまったために、判決では、

「確かに,旧A商標に係る商標権が消滅したのは,原告及びAがそもそも商標権の存続期間の更新手続の必要性を認識していなかったために,その手続を行わなかったという初歩的な過失によるものであり,このことが,原告チェーン店のフランチャイジーらに対する重大な義務違反となることは明らかである。しかしながら,これを被告との関係でみると,被告は,上記のようなA及び原告の過失によって生じた旧A商標に係る商標権の消滅という事態を意図的に利用して,原告使用商標に係る商標権を自ら取得し不当な利益を得ようとしたのであり,いわばA及び原告の上記過失に乗じて背信的な行為に及んだのであるから,このような被告の行為の背信性が,A及び原告の上記過失の存在によって減じられるということにはならない。したがって,原告及びAに上記のような重大な義務違反があるからといって,本件商標が公序良俗を害するおそれのある商標に該当するとの上記判断が左右されるものではない。」(26頁)

と、“原告も悪いが、被告の方がもっと悪い”とばかりにバッサリ切り捨てられてしまったのだが、僅かでも出願を正当化できるような理由があれば、4条1項7号該当性を否定し、他の不登録事由該当性の判断に移る、あるいは、当事者間の交渉による解決に委ねる、という方向性もあるように思われるだけに、本判決の判断には議論の余地があるのではないかと思われる*7

もしかすると、本件で争われた「のらや」の店舗数が多くなく(平成26年3月時点で関西圏に19店舗、東京都に3店舗、というレベル)、本来であればこういう時に用いるべき、商標法4条1項19号*8を容易には使えない*9、という事情を裁判所は慮ったのかもしれない。

しかし、他の不登録事由では救済できないからといって、4条1項7号を適用する、というのは、それこそ、かつて戒められた7号の濫用的適用に他ならないわけで、これをどう評価するのか、今後の他の合議体の判断の推移等も見守っていきたいと思うところである*10

*1:特許庁は比較的あっさり7号を適用することが多いように思われるし、裁判所からも、時々、4条1項7号の適用に前向きになっているように見える判決が出てくる。

*2:印象深いのが、「コンマ―」商標に関する飯村コートの判決で(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080715/1216263584参照)、4条1項7号該当性を明快な論理で否定した上で、「付加的判断」により、特許庁の仕事を全部先取りでやってしまった。「数検」も相当筋が悪い事件だったが、知財高裁は4条1項7号該当性を否定している(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20130210/1360602941)。

*3:近時の4条1項7号に関する裁判例の分析については、平澤卓人「商標パロディと商標法4条1項7号及び15号」知財財産法政策学研究44号317〜323頁(2014年)が詳しい(http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/55095/1/44_07.pdf)。

*4:第3部・鶴岡稔彦裁判長、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/261/085261_hanrei.pdf

*5:原告・被告間では本件で争われている「猫の図形」の商標のほか、「のらや」の文字商標(第5556037号)についても同じような紛争になっており、本件と同日に、同旨の判決が言い渡されている(平成27年(行ケ)第10023号、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/262/085262_hanrei.pdf)。

*6:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/114/011114_hanrei.pdf

*7:なお、本判決は「ハイパーホテル」や「CONMER」の判決とは異なり、4条1項7号該当性に関する一般論を示していないので、該当するかどうかのハードルをどのあたりに設定しているのか、というのは、正直分かりづらいところがある。過去に多くの議論が展開されている論点なのだから、そこは判決の中で配慮しても良かったのではないかと思う。

*8:「他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして日本国内又は外国における需要者の間に広く認識されている商標と同一又は類似の商標であつて、不正の目的(不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的その他の不正の目的をいう。以下同じ。)をもつて使用をするもの(前各号に掲げるものを除く。)」

*9:審決においても「原告図形商標が原告の業務に係るうどんの提供及びうどんの麺・つゆ等を表示するものとして、本件商標の登録出願日前から大阪府及び関西圏一円の需要者の間に広く認識されていたとは認められない」と第10号のレベルでさえ周知性が否定され、原告の主張が退けられている。

*10:「4条1項7号」というのがルールに則った“ワイルドカード”として使えるものなのか、それとも、ルールにないインチキ札として排除されるべきものなのか、第三者の冒認出願に神経を擦り減らし、日々頭を悩ませている善良な(つもりの)事業者としては、何でもいいから冒認出願を蹴飛ばせる理屈があればそれでよい、というのが心情ではあるのだが、法解釈のロジックを突き詰めていくとかつての飯村コートの説示の重さも理解できるわけで、とても悩ましいところである。昨今の情勢を踏まえると、商標の世界で「先願主義」を徹底しすぎることの弊害、というのも意識しないといけないように思えるだけに、今後の議論の展開に期待したい。