またしても阻まれた悲願

100年の節目となった第97回全国高校野球選手権大会決勝。

東海大相模10-6仙台育英、という結果だけ見れば戦前の予想通りで、またしても宮城県代表&東北エリアの代表が優勝旗を持ち帰る機会を逃し、開幕前から絶対的な優勝候補に挙げられていた神奈川県代表が、約半世紀ぶりの優勝を果たすことになった。

とはいえ、0-4の状況から6回に同点に追いつき、あと一歩、のところまで迫った仙台育英の戦いぶりが「節目」の年にふさわしいものだったのは間違いない。
“超高校級”の呼び声高かった小笠原投手から6点を奪い、予定調和的な展開を一気に“一寸先は闇”のレベルにまで持って行った、という事実は、後々まで語りつがれることになるのではないかと思う。

残念ながら、自分はその場面を目撃することはできなかったのだけれど、報道によれば、“育英”コールが甲子園全体を包み込む、異様な雰囲気になっていた時間帯もあったとのこと。

過去にはそういうムードに乗って番狂わせを起こしたチームも多々あったことを考えると、あと一歩届かなかったことが残念でならないのだが、今朝の朝日新聞の朝刊に掲載された東海大相模の選手たちのコメントを読んで、相手が悪かったんだなぁ・・・ということをしみじみと感じてしまった。

「「完全にアウェーの状態でしたね」と東海大相模のエース小笠原慎之介。だが、同点とされても選手は浮足立っていなかった。頭にあったのは一つの言葉だ。「すべては想定内」。優勝候補と言われながら、雨の中、初戦で敗退した昨夏の甲子園の教訓から生まれた考え方だ。「何が起きても大丈夫なように準備してきた」と三塁手の川地星太朗は言う。雨の中での練習試合も重ねたから、雨が降った19日の準決勝も無失策。決勝の雰囲気も「想定内」だった。2010年の全国選手権決勝。沖縄勢初の優勝と春夏連覇を狙う興南東海大相模は戦い、負けた。小笠原は「あの試合の映像を見たことがある。興南への声援がすごかったので、想像はできていました」」(朝日新聞2015年9月21日付朝刊・第1面)

5年前、圧倒的な攻撃力で決勝まで進出したチームは、完全アウェームードの中、興南高校相手に1-13、という歴史的な敗戦を喫した。
あの時は、豪腕の呼び声が高かったエース・一二三投手が連投の疲労でほとんど力を発揮できなかった、ということもあったはずだが、それ以上に「雰囲気にのまれた」という苦い経験と、次こそは・・・という思いが、チームのDNAとして受け継がれていたのだろう。

「東北初」の看板を背負った相手のエースが復調の気配を見せ、この回を押さえられれば、声援に推されてサヨナラゲームになる確率もかなり高まる、というところで、9番打者の小笠原投手が自らホームランを放ち、さらにダメ押しで畳み掛けて勝負を決定づけた、というところに、自分は、「甲子園優勝」を宿命づけられた伝統校の力と意地を感じざるを得なかった・・・。


21世紀に入ってから東北勢の決勝進出は今回で既に4度目*1だし、今大会でもベスト16に東北勢が4校残るなど、地区のレベルは確実に上がっているから、最後の「壁」を超える時はそう遠くない時期に訪れるはず*2

そして、だからこそ、今回の決勝でのエピソードが、夜明け前の最後の「悲劇」となることを、自分は願ってやまないのである。

*1:2003年・東北、2011年、2012年・光星学院、2015年・仙台育英

*2:そして、駒大苫小牧が初優勝から2連覇、3大会連続決勝進出の偉業を成し遂げ、興南高校春夏連覇を達成したのと同じように、“超える”時は圧倒的な力で超えることになるのだろう。

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