特許法「新・35条」をめぐる評価の食い違いをどう見るか。〜 L&T誌の座談会より

本年、知財業界における大きなトピックの一つになっていたのが、職務発明をめぐる特許法の改正である。

経産省の力こぶが入っていたこともあり、タイトな審議日程の中で法改正こそ無事なされたものの、その“読み方”については、様々な意見があるところだし、今後、実際の運用に関する解釈指針を定めるにあたっても、その辺の評価が大きく影響してくることが予想されるところだ。

そんな中、L&T誌に、「職務発明規定の改正」というタイトルの座談会記事が掲載された*1

「出席者」は、お馴染みの岩倉正和弁護士、相澤英孝教授のほか、産業界を代表して産業構造審議会小委の議論にも参加されていた萩原恒昭氏、そして、特許法の分野には非常に精通されている松葉栄治弁護士、という構成になっており、萩原氏はもちろんのこと、他の参加メンバーも、基本的には現行の35条改正論にシンパシーを抱かれているように見受けられる方々だけに、自分は、「改正法に賛成」というムード一色になるかなぁ・・・と思いながら読み始めた*2

ところが、意外なことに、誌上では「改正法の評価」をめぐって、大きく意見が分かれることになった。

まず最初に浮き彫りになるのは、「この改正内容に一定の評価をしたい」とする萩原氏のコメント(6頁)や、従業員側の利益へのバランスも含めて「法律の枠組みとしては非常によいものができた」(7頁)とする岩倉氏のコメントに対し、

「本来の対立点は指針に先送りしている」(7頁)
「今回の改正は抜本的な改正ではない」「何も変わっていないのではないかという指摘が、何年かすれば出てくる可能性もある」(8ページ)

として、「現時点ではまだ評価は保留」する(8頁)、とした松葉氏のコメントのトーンの違い。

そして、「相当の対価の支払」を「相当の金銭その他の経済上の利益」と改めたくだりについて、両者の考え方の違いはより鮮明になる。

松葉氏は、

「平成16年改正のときからすでに対価、価値をベースにするという考え方からもう法律は離れたのだと思っています。」
「今回変わったというよりは、平成16年に変わっていたはずのものが明確化されたというふうにとらえるべきだと思っています。」
「平成16年改正による現行法と今回の改正法とで、相当対価と相当利益の額が同じかどうかを議論するのは、少なくとも職務発明規程をもつ企業にとっては、あまり意味のないことだろうと私は理解しています。」
(11〜12頁)

と述べ、その上で、各企業において「インセンティブ施策に費やしているすべての負担の総額が減るようでは、やや具合が悪い」ということを指摘されている。

これに対し、岩倉氏が、松葉氏の見解に一定の敬意を払いつつも、

「基本的には今回の法改正は、平成16年改正法からは一定の性格の変更があったものと考えています。」(14頁)

と述べられ、これに対して萩原氏が賛同の意を示す、という展開・・・。

個人的には、自分の平成16年改正法の評価が、松葉弁護士の示されている考え方に極めて近いこともあって同氏のコメントに共感するところが多いし、法解釈の見地から検討するならば、反論する側の意見にはあまり説得力がないように思える*3

今回の法改正で汗をかいた方々にしてみれば、「何も変わっていない」という評価は心外なのかもしれず、そういった心情には十分配慮して差し上げる必要があるだろうが、一方で、、従業員に説明する際の言い方、という点まで考慮して、

「旧法と現行法の落差の大きさは仕方がないとしても、現行法と今回の改正法の落差は、私はあまり強調すべきでないと考えます。」(15頁)

とする松葉氏のご指摘は、やはり傾聴に値するのではないか、と思うところである*4

「指針」に何が書かれるべきか、という点をめぐる意見の違い

さて、もう一つ、意見が大きく分かれているのは、「経済上の利益」の具体的な内容について、「指針」でどこまで言及するか、ということである。

この点については、萩原氏が、産業界の意見を代弁する形で、

「経済上の利益の中身そのものについては、この指針に書かれている手続の内容に沿っていればそれは尊重されるということを書き切っていただきたい」(16頁)

と述べられたのに対し、岩倉氏はやや中立的なトーンで返し、さらに松葉氏が、

「最終的に支払われる額といった実体面が不合理性の判断に影響を与えるというのであれば、それについても指針に盛り込まれなければ、かえっておかしいという話になるのではないでしょうか。」(18頁)

と踏み込んだ反論を行っている。

松葉氏の見解は、あくまで、考慮される要素の中に「支払われる額(利益)」も含まれる、と将来解釈されることがあるかもしれない、ということを念頭においたものであり、そういう前提にならないのであれば、あえて指針に盛り込む必要はない、ということも暗に述べられているのかもしれない。

ただ、産業界がどんなに頑張っても、「対価(経済上の利益)の内容」を全く考慮せずに、裁判所が合理性の審査をする、ということは考えにくいだけに、「対価」に全く言及しない指針で良いのかどうか、ということについては、自分も同様の疑問を抱いているところである。


いずれにしても、来年の春頃までには、改正法が施行され、新しい35条の下で実務が進められることになることが予想される中で、前記座談会で浮き彫りになった“評価の違い”が、今後どのような議論につながっていくのか、注目してみていきたい、と思うところである。

*1:Law&Technology69号1頁(2015年)。

*2:実際、5頁くらいまでは、「改正の必要性」を出席者全員が共有している、というムードで話が進んでいく。

*3:なので、自分はそもそも特許法35条に手を付けること自体に意味がない、という立場だったのだが、もはや法改正をしてしまった以上、それは言っても仕方ない・・・。

*4:社員に対して説明する際に「帰属」の話はするが、「対価」に関して大きく変わった、という話はしない、というのが、多くの会社での基本的なスタンスになるのではないかと自分は予想している。

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