最後まで譲らなかった公取委。

ここ数年、有識者会議等の場で激しい論争が繰り広げられていた「独占禁止法審査手続」だが、年の瀬も押し迫った12月25日付、というタイミングで、公正取引委員会から「独占禁止法審査手続に関する指針」が正式に公表されることになった。

http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h27/dec/151225_1.html

日経紙に掲載された記事は、

公正取引委員会独占禁止法違反事件の事情聴取で、外国人従業員の聴取時などに限り弁護士の同席を容認することを決めた。公取委は現在、弁護士の同席を認めていない。事情聴取の時間についても1日8時間に限り、午後10時以降は聴取しないことにして、調査を受ける人に配慮する。」(日本経済新聞2015年12月26日付朝刊・第5面、強調筆者、以下同じ。)

と、公取委が大きく譲歩したかのように思える内容になっているのだが、実際に公表された資料を見ると、抱く感想は大きく変わってくる。

特に凄いのは、パブコメ手続き期間中に出された意見と、それに対する公取委の考え方をまとめた「別紙2」の資料だろう*1

「(違反被疑事業者等の)防御権の保障という観点も総論部分に記載すべき」

という意見に対しては、「独占禁止法審査手続についての懇談会」の議論経緯を引用し、

「現行制度下における本指針では、ご指摘のような修正は適当ではないと考えます」

とばっさり(No.3)。

その後も、「立入検査の任意性」を明確にすべき、という意見に対しては、

「立入検査では、審査官等が実力を行使して強制することができないというだけであって、相手方には事件調査を受忍する義務があり、事件調査に応じるか否かが全くの任意であるというものではないと考えます。」(No.16)
「行政調査を拒み得る理由(正当な理由)は、行政機関職員の身分証の不携帯等の手続上の瑕疵を理由とするものに限られており、公正取引委員会としては、このほか正当な理由があると認められるのは、天災、重篤な疾患などの極めて例外的なものに限られるものと考えます」(No.17)

と切り返し、「検査対象が客観的なものでなければならないこと」を明記すべき、といった審査対象に関する意見に対しては、

「立入検査の範囲については、事件調査を行うために必要な法律及び経済に関する知識経験を有する審査官の裁量に委ねられているものと考えます」(No.28)

「裁量に基づく合理的な判断」を前面に出して、ほぼゼロ回答*2

また、長らく議論されていた「弁護士が検査場所に到着するのに必要な相当程度の時間は検査の開始を待つ」運用をすべき、という意見に対しても、

「事業者による調査協力のインセンティブ等を確保する仕組みのない現行制度下では違反被疑者等の協力的な対応を期待できないことから、弁護士の到着に必要な相当程度の時間は検査の開始を待つというような運用をすることは適当ではないと考えます」(No.50)

と従来の見解を再度繰り返し、「弁護士に電話で確認する時間くらいは待ってくれても良いのではないか」という意見についても、

電話相談が終わるまで検査の開始を待つ間に証拠破棄・隠滅等が行われる可能性もあるため、御指摘のような修正を行うことは適当ではないと考えます」(No.51)

と、取りつくシマすらない回答になっている。

供述聴取に関しては、日経紙の記事にもあるような、

供述聴取の適正円滑な実施の観点から依頼した通訳人、弁護士等

の立会いが認められることが新たに明記されたり(太字は追加部分)、休憩時間における聴取対象者の弁護士等との連絡やメモが認められることを明確にする、といった修正が加えられている*3一方で、秘匿特権はもちろん、「供述聴取に応じないことにより、聴取対象者や違反被疑事業者等が不利益な取扱いを受けることはないこと」等を供述聴取に先立って説明せよ、という意見に対してさえも、

「御指摘のような説明をすると、事件調査に応じなくてもよいと公正取引委員会側から慫慂するようで適切ではないと考えます。」(No.56)

と突っぱねるなど、これまた公取委のスタンスは揺るがない*4

公取委としては、回答の中で繰り返し論拠に挙げている「独占禁止法審査手続についての懇談会」で出された結論がある以上、同じことを何度も蒸し返されても困る、という思いが強いのかもしれないし、このような「指針」を作り、かつ、同じ日にリリースした「苦情申立制度」の導入(http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h27/dec/151225_2.html)といった対策を講じているのだから、これ以上突っ込まれる筋合いはない、ということなのかもしれない。

ただ、結論として「指針」の改訂には反映しないとしても、パブコメに対する「考え方」の示し方には様々なやり方がありうる。

公取委の調査リソースの限界はかねてから指摘されているところで、被疑事件といえども、事業者側からの前向きな協力を得なければなかなか処分にまで持っていけない、という状況がある中で、事業者側が極めてセンシティブに受け止めている「審査手続」をめぐる諸論点に対し、“中の人の感情”を剥き出しにしたような回答*5を事業者側に突き付けることが、今後にとって良いことなのかどうか、ということは、よくよく考えていただいた方が良いのではないかな、と思った次第である。

いつまでも、組織に追い風が吹き続けるとは限らないのだから・・・。

*1:http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h27/dec/151225_1.files/bessi2.pdf

*2:個人的には、経理部門、法務部門等、「一次資料の所在が想定される部門以外の部門を立入検査の対象とする」場合に謙抑的な対応を求めた意見に対し、「立入検査の対象場所や留置する文書等については、判例又は条文上、特に制限があるわけではなく、審査官が事件調査に必要であると合理的に判断した場合には、経理部門、法務部門等も検査対象となります。」(No.30)と回答しているくだりには、ちょっとカチンときた(苦笑)。

*3:原案と成案の対比については、http://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h27/dec/151225_1.files/bessi3.pdf参照。

*4:なお、「独占禁止法違反を行った自社従業員を懲戒処分に付する」ための根拠資料として使うために供述調書の閲覧・謄写を行うことについて、公取委は、供述内容にかかわらず、閲覧・謄写拒否事由に該当し、かつ、目的外利用にもあたる、という見解を示している(No.63、64)。現実には、公取委の処分が確定する前に事業者が従業員に対する懲戒処分を行う、ということは考えにくく、争って審決まで行けば、その過程で客観的に認定される事実も多々あるため、「供述調書」そのものを入手しないと何もできない、ということはないのだが、ここまで言わなくても・・・という印象は受ける。

*5:特に、原案を支持する少数の意見に対する回答と、批判的な意見に対する回答のトーンのギャップの大きさは、ちょっと気になるところである。

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