知的財産法制のこれから、を占う新春の特集。

昨年末に発売されたジュリストの2016年1月号。
この3連休のタイミングで、「知的財産法制の動向と課題」という特集にようやく目を通すことができた。

最近では新年冒頭の知財特集が恒例になっているとはいえ、ついこの前(2015年10月号)知財特集が組まれたばかりだけに、企画される先生方や編集の方も大変だろうなぁ・・・と同情を禁じ得ないのであるが、そこはさすがジュリスト。読み応え十分の内容になっている。

以下では、その中に収められているいくつかの論稿を簡単にご紹介しておくことにしたい。

特許法35条改正の行方

「知的財産法制」といった時に、今、専門家の意見が一番気になるのは、やはり「特許法35条改正」をめぐる評価であろう。

平成27年改正が、実務を大きく変えなければならないほどの本質的な改正事項を伴っているのか?」という疑問は、既に昨年の時点で一部の識者から提起されているところだし*1、個人的にも、今予定されている改正内容であれば、社内の発明規程に大きく手を入れる必要はない、と思っているのだが、法施行までの間の議論の動向如何ではそうも言っていられなくなるわけで、その意味で、今回の特集で掲載された2本の論稿は、とても貴重な情報源であった*2

まず、1本目の論文である、片山英二=服部誠「職務発明制度の改正について」*3では、改正に至るまでの経緯や、改正法の概要が、「指針案」の内容も含めて一通り紹介された上で、主要な論点に対するいくつかのコメントがなされている。

特に、35条6項の「指針(ガイドライン)について」という項で、「指針に法的拘束力がない」という前提を置きつつも、

特許法が明文をもって指針について規定していること、また、労使間の協議等の手続の重視により訴訟リスクを軽減しようとした法改正の趣旨等に鑑みると、裁判所においても、指針に即した手続がとられている場合は、当該『相当の利益』を与えることが不合理であるとは認められないとの判断が示されることになるのではないかと考えられる。」(片山=服部・21頁、強調筆者)

といった見解が示されていることは、注目に値しよう。

肝心の「職務発明規程を改定する必要性」に関する記述の中で、もっともニーズが高いと思われる「規程の『帰属』に関する部分のみを改訂する場合」について言及がなかったり*4

「使用者は、インセンティブ付与の観点から、会社にとって好ましい『相当の利益』を与えればよく、その意味で、『相当の利益』の具体的な内容については自由度が増したと解することができる」(片山=服部・22頁)

と述べつつも、

「発明者の主観では利益と感じない可能性があるもの(留学の機会、有給休暇の付与などは不要であるとする発明者もいるであろう)については、本人が拒否する場合には金銭の付与に置き換えるといった代替手段を職務発明規程上講じておくこともありうるだろう。」(片山=服部・22頁)

と述べられているくだりなど、ちょっと論旨が分かりにくい印象を受けたりするところもあるのだが、遡及適用に関するコメント等も含め、全般的にはスタンダードで、実務家が使いやすい論稿だと言えるように思われる。

一方、続く、高橋淳「職務発明における『相当の利益』」*5という論文は、かなり先鋭的な論稿である。

例えば、何が新35条4項の「金銭その他の経済上の利益」にあたるか、という論点については、

「究極的には、『使用者が経済的負担をすることにより発明者が享受できる財物又はサービス』か否かにより判断されるべき」(高橋・24頁)

という前提を示したうえで、「経済性」、「牽連性」、「個人性」といった判断基準を用い、「指針案」に挙げられた具体例が特許法上の要件を満たすことについて論証し、さらに、「指針案」に例示されていない「研究施設の整備」や「メダル付きの表彰」にまで踏み込んで、要件該当性を肯定する方向での論証を試みている(高橋・26〜27頁)。

また、司法審査のあり方については、現行法下の学説として有力な「プロセス審査説」に賛同の意を示しつつ、

「例外的ではあるにせよ、裁判所の内容審査を肯定することは、手続重視の思想を貫徹していないという点において疑問があるといわざるを得ない。」(高橋・27頁)

とし、

「現行法はもとより、その手続重視の思想を継承した改正特許法においては、『相当の利益』に対する裁判所の司法審査は、手続審査に限定されるべきであり、裁判所は、健全な労使環境の下で自主的に決定された労使協定・就業規則等に基づく適正な手続にて導出された『利益』を尊重し、これをもって、改正特許法に定める『相当の利益』と認めるべきであって、例外を設ける必要はないし、適切でもない。」(高橋・27頁)

という「自主性尊重説」を主張されている。

個人的には、「手続の適正性」という基準だけで全てを判断できるほど、使用者・発明者間の関係は成熟したものにはなっていない、と思っていて、裁判所が内容にまで踏み込んで判断できる余地をある程度残しておく方が(発明者のみならず使用者にとっても)無難なのではないか、と考えているところではあるのだが*6、「相当の利益」として認められる内容が、金銭による対価以外にも広がったことで、「発明の価値との大小比較は裁判所の能力をはるかに超える」ことになった、という点については、高橋弁護士の指摘にも一理あるように思われる*7

そして、従来の通説的な考え方の枠を踏み出した見解とはいえ、一つひとつ根拠を示して、丁寧に論証されていることから、このような見解に依拠する実務家にとっても、反論したい実務家にとっても、一つのベースラインとなる論稿、と言えるのではないかと思っている。

その他の論稿から

商標法、不正競争防止法と、運用状況や法改正の内容を淡々と解説する記事が続いた中で、著者の個性が垣間見えたのが、「地理的表示法」に関する論稿と、「TPP協定と著作権法」に関する論稿であった。

今村哲也「地理的表示法の概要と今後の課題について」*8では、制定の経緯や法律の概要についての紹介に続き、「今後の課題」として、「地域団体商標」との要件・効果の違いに着目し、

「両者を重ねて登録する場合には慎重な配慮が必要である」(今村・57頁)

という指摘がなされていた点が印象に残った*9

また、上野達弘「TPP協定と著作権法*10では、保護期間延長に関して、「国際的な制度調和といっても、その効果は限定的」(59頁)ということが指摘されていたり、「戦時加算」に関し、見直しに向けた強い提言がなされていたりすること、さらに、「非親告罪化」の範囲(特に公衆送信行為に対する言及等)について、少し踏み込んだ記述をされている、という点が特徴的である*11

TPP協定への対応については、今年のうちに法改正が行われる可能性も高いだけに、引き続き取り上げていただきたいところであるが、まずは、このタイミングで論稿が出された、ということに感謝したい。

追記〜『年報知的財産法』より

タイトルからは外れるが、同じくらいの時期に発行された「年報 知的財産法2015-2016」*12にも、「政策・産業界の動き」として、中山一郎教授による最近の知的財産法制に関するコメントが掲載されている*13

年報知的財産法2015-2016

年報知的財産法2015-2016

こちらも毎年恒例の企画ではあるのだが、今年は、特許法の改正(35条関係)について、これまでの議論の経緯も含めてかなり詳しく、そして踏み込んだ解説が付されており、かなり興味深い論稿になっている。

例えば、今回の改正のキモとも言える「原始使用者帰属の選択的導入」については、

「確かに、現行法にそのようなリスク(筆者注:二重譲渡問題と特許を受ける権利が共有に係る場合の帰属の不安定性)があったことは理論的にはその通りであろう。しかし、実際上そのリスクがどの程度顕在化していたのかは定かでない。少なくともこの点に関する定量的な分析は、特許制度小委報告書をはじめとする立法担当者の説明には見当たらない。」
改正の必要性を基礎付ける立法事実の有無という観点からみれば、判然としないところは残る。」
「改正法の下でも権利帰属の不安定性は部分的に解決されるに過ぎず、その点も、この問題が全面的な解決が求められるほど重要であるとは考えられていなかったことを物語っているように思われる。」(以上、中山・138頁)

と厳しめの評価が加えられているし、「相当の『利益』付与請求権」についても、

非金銭的な経済上の利益が従業者への給付の減額要素に当たるとした2004年改正と基本的発想を同じくしつつも、これをさらに一歩進めて、直接的に給付に当たることを明確にしたものであるといえよう。」(中山・140頁)

と評価しつつも、

「相当の『利益』への改正は、改正前から議論が白熱したわりには、結果として実質的に何がどのように変わるのかという観点からすれば、小幅な改正に止まった感も否めない。」(中山・140頁)

とし、その原因として、「立法事実と考えられる対価算定のコスト、困難性等の使用者負担が定量的には不明確であった」ということを、補償費用や知的財産担当者数に関するデータを引きながら、厳しく指摘している。

そして、35条新5項については、2004年改正立法担当者の見解等を引きつつ、「改正法35条5項の『等』という文言にも経済上の利益の実体面が含まれるとの解釈が導かれ」得る、という見解を示したうえで、「指針案」の内容について

「指針においても実体面が盛り込まれて然るべきとも考えられる。」
「現時点では、実体面が考慮されるのか否かは定かではなく、予見可能性の向上という指針の趣旨目的に適合しているのか、疑問が残る。」(以上、中山・142頁)

というコメントがなされている。

様々な妥協の末に生まれた改正法、ということもあり、ある程度、立場によって解釈が分かれてしまうのは仕方ないところもあるのだが、この論稿は、立法過程を冷静に検証すれば、当然こういう評価になるよね・・・というものになっているだけに、改正法を前に頭を悩ませている方々には、是非ご一読をお勧めしたい。

*1:例えば、L&T69号の座談会で松葉栄治弁護士が示された見解など(http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20151029/1452433224)。

*2:なお、いずれの論稿でも取り上げられている「改正特許法第35条第6項に基づく発明を奨励するための相当の金銭その他の経済上の利益について定める場合に考慮すべき使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況等に関する指針案」(以下「指針案」)については、さる1月8日に、「御意見の概要と御意見に対する考え方」が公表されている(https://www.jpo.go.jp/iken/kaisei_tokkyohou_kekka.htm)。

*3:ジュリスト1488号17頁(2016年)。

*4:「相当の利益」の内容について改定する場合には、従業者との協議が必要、とし、「現行の職務発明規程上の規定がすでに上記のように企業帰属を可能とする規定ぶりになって」いる場合には改定手続は求められない、と書かれているのであるが(21頁)、各企業の規程の中には、発明者の届出により「承継」される、とするタイプの内容も多いと思われるだけに、この場合、改定にどの程度手間をかけるべきなのか、という点は気になるところである。

*5:ジュリスト1488号23頁(2016年)。

*6:「手続の適正性」だけが争点になり、それが否定されると直ちに35条7項の規律に委ねないといけないとすると(高橋弁護士は、このような立場を取られているようである)、使用者が「協議や意見聴取の状況に照らせば不合理とは言えないような利益を与えている」と考えられるような場合でも、一から裁判所の審査に服することになってしまい、結果的に追加利益の支払いを求められることになってしまう恐れがある(これは35条7項について、裁判所がどのような判断基準を設定するか、にもよるのだが、7項が、使用者が設定した基準から離れて「相当の利益の内容」を定めることを規定した条項であることに鑑みると、結局は従来の「相当の対価」と変わらない判断基準が設定される可能性は高いと考えられる)。また、当事者の争点が「手続の適正性」だけに絞られてしまうと、双方の主張立証において、「言った、言わない」的な不毛なやり取りがクローズアップされるおそれがあることにも留意しなければならない。

*7:なお、高橋弁護士は、審査のあり方について、平成27年改正法だけでなく、現行法(平成16年改正法)についても上記「自主性尊重説」に基づく審査を行うべき、と主張されているようであり、平成27年改正によって司法審査のあり方に実質的な変更があったわけではない、という点において、「前記注1)の松葉弁護士の見解とも共通するところがありそうである。自分は、「自主性尊重説」を主張するのであれば、「相当の利益の内容の多様化」を強調するほかないと思っていて、むしろここでは、「平成27年改正によるルール変更」を前面に出した方が良いのではないか、とも思うのだが、このあたりは今後の議論を見守っていくことにしたい。

*8:ジュリスト1488号51頁(2016年)。

*9:「地理的表示」の場合、「地域団体商標」のように、地域を代表する団体が使用態様を細やかにコントロールすることが難しいため、結果的に、地域団体商標の周知性を弱める可能性がある、という趣旨の見解である。

*10:ジュリスト1488号58頁(2016年)。

*11:一方、「法定損害賠償制度」については過度な言及を避けて、状況を解説するにとどめているようにも見受けられたが、脚注31)で「外国判決の有効性を否定できなくなる可能性」に言及されているなど、まだまだご主張の引き出しは多そうである。

*12:例年、年末から年始にかけて公刊されており、タイトルを見た時に最新版かどうか分からなくて一瞬悩む、という経験をしたことも多いので、タイトルの年号表記を工夫してくれたのはありがたい(笑)と思っている。「判例の動向」が上野達弘教授の著作権のパートを除いて判例雑誌掲載ベース(したがって、ちょっと古い)になっており、「2015年」というタイトルにそぐわないものになっていたり、「学説の動向」で挙げられている文献リストが読みにくい、といった難点はあまり改善されていないが、極めて対照的なパメラ・サミュエルソン教授の講演録と、アドルフ・ディーツ教授の講演録を同時に掲載するなど、ところどころに目を引くコンテンツもあって、全体としては読み応えがある。「知財年報」時代から通算して10年、ということで、是非、今後も継続的に刊行していただけることを願っている。

*13:『年報知的財産法2015-2016』136頁(2015年)。

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