2016年8月6日のメモ

もしかしたら忘れたまま過ぎてしまったかもしれない原爆忌を、地球の裏側のイベントの演出によって思い出す、というのは、本当は凄く恥ずかしいことなのだけど、とりあえず今はそんなきっかけを与えてくれたブラジルの人々に感謝している。

リオ五輪開会式

軽快なサンバのリズムと、美しい光の演出が非常に印象に残った開会式。

ロンドンの開会式の演出が息をのむような素晴らしさだったので、さすがにそこまでは、と思っていたのだけれど、メッセージ性も娯楽性も十分で“南米大陸初”の名に恥じない立派な式典だったと思う*1

そして、仕事でもプライベートでも、自分がかかわる国や地域が増えれば増えるほどこういう式典の面白みは増すわけで、4年前とは違う視点で、日本以外のいくつかの国への応援感情が湧きあがってくるのが自分でも不思議だった。

果たして4年後、同じような感動を味わえるのかどうか、長野五輪の“トラウマ”*2もあるだけに、あまり強気な気分にはなれないのだけれど、まずは余計なことを考えずに目の前の大会を楽しむとする。

球技受難?

先日のサッカーに続いて、女子バレーボールも初戦韓国相手にセットカウント1-3で、痛い黒星発進。

前回のロンドンは、球技が軒並み好調で、メダルの色や数以上に大きなインパクトを与えてくれただけに、どうしても“もう一度”の期待は大きくなってしまうのだけれど、そううまくは行かない、ということなのだろう。

球技だけではなく、体操も内村選手が予選の鉄棒で落下するなど、ミス続きで見ていてちょっと不安になる状況だったりもするのだが、まずは辛抱。

そして、ため息の後に、嬉しいサプライズが生まれることを願っている。

法科大学院生転落死をめぐる損害賠償請求訴訟

「同級生に同性愛者であることを明らかにされ、大学側も適切に対応しなかった」として、転落死した一橋大法科大学院生の両親が、同級生と大学を相手取って提訴した事件が、あちこちのメディアで報じられている*3

ネット上に出ている周辺情報等も合わせて読めば、“加害者”に対する憤りを感じる人は多いだろうし、自分もまたそうなのだが、それを法的責任を負わせるためのロジックに乗っけて論じられるのかどうか、そして、本件のような事案で「同性愛者であること」を暴露された等の事実だけをもって法的救済を与えることが、真の意味での性的少数者の権利保護につながるのか等々、いろいろと考えさせられるところは多い*4

個人的には、同級生との関係では、ある程度、陳述書や当事者尋問の結果が出そろった時点で和解で収めるのが望ましいと思うし、大学との関係では、あくまで「メンタル不調を訴えた学生一般への対応」を基準に、淡々と配慮義務違反の有無を検討する方向に持っていくのが良いのではないか、と思うのだけれど・・・。

*1:入場行進が若干カオス気味で、思った以上に時間を食っていたところは、かの地らしいといえばらしいのだけど、それでも日が変わるまでには終わらせていた(笑)。

*2:そもそも真っ昼間に行われた開会式で、演出の余地が限られていたことには同情の余地もあったが・・・。

*3:日本経済新聞2016年8月6日付朝刊・第39面。

*4:これが、告白した相手の女子学生にその事実を言いふらされたショックで・・・という事案だとすれば、報じられているレベルの事実関係だけで損害賠償請求が認められる、と考える専門家はほとんどいないと思う。「本件はそのような事案とは同視できない」という考え方も当然あるだろうが、だとすれば、その違いがどこに起因するのか、その違いを司法の場で正面から認めることが、マイノリティに配慮した結論といえるのかどうか、ということについては、容易に答えを出すことは難しい。