ある書店の最後の日に思うこと。

紀伊國屋書店新宿南店が、今日、20年の歴史に幕を下ろした。

新宿という大都会の真ん中にありながら、1階から6階まで広いスペースに書籍がぎっちり詰まった圧倒的な空間を誇り、規模としては池袋のジュンク堂と双璧をなす立派な書店だったのだが、時代の流れには勝てなかった、ということなのだろう。

紀伊國屋の撤退”というニュース自体は随分前にリリースされていたから*1、この日が来ることは覚悟していたとはいえ、改めてその日を迎え、実際に足を運んで店内のあれこれを見回すと、やっぱり物悲しい気分になる*2

できたばかりの新宿サザンテラスをぶら歩きしてピカピカの内装に感動したところから始まり、地方赴任時、上京するたびに足を運んだこととか*3、初めて「知財の本」を手にしたこととか*4、両手に持ち切れないくらいの本を買いあさってストレスを発散したこととか*5、個人的な思い出を数え上げたらキリがない。

正直に白状すれば、自分自身、ここまで足を運んで本を買う機会は年々減っていたし、特に数年前に法律書のスペースが大幅に縮小されてからは品揃えが微妙になったこともあって*6Amazonや他の書店への乗り換えをしていたのも事実なのだが、それでも四半期に一度「L&T」を買いに行くくらいの付き合いはあったから*7、閉店間際のスカスカになった5階奥の方の書棚を見たら、やはり胸にグッとくるものがあった。

よく「インターネットで買えるんだから、街中の本屋なんていらないでしょ」的なことを言っている人を見かけるが、自分は、“品揃えが良くて気軽に入れる書店”が街中にどれだけあるか、というのが、その土地の文化の豊かさを如実に表していると思っていて、そういう存在がなくなってしまったら、その国、その土地の文化は死んだも同然、とすら思っている*8

世間の評判に惑わされることなく、手に取ってパッと一読して(専門書なら“はしがき”にも目を通して)本当に必要なものだけを買える、ということももちろん大事なのだが、もっと大切なのは、「買う予定のなかった本との偶然の出会い」で、特定の分野で、探していた本の隣にあった本の方が気に入ってそのまま買って帰ってきたことは普通にあるし、たまたま通りがかったエリアに積んであった書籍のカバーに魅かれて、全く買うつもりのなかった新書やら経営書やら歴史書やら娯楽小説やらを“ついで買い”したことも数えたらキリがない*9

ちょっと視点を周りに向けることで、偏狭な自分の趣味関心以外の世界に踏み出すきっかけを得られる。
そんな貴重な空間だからこそ、時代の流れにかかわらず残さなければいけないし、育てなければいけない・・・。

今回の閉店は残念なことではあるが、「在りし日」を語って惜しむだけではまた別の歴史の幕が下りるだけになってしまうので、ささやかながら行動で、明日からできることをしよう、と思った次第である。

*1:そして、その直後に新しいテナントが北の家具屋、というニュースを聞いて、随分がっかりさせられたものだ。

*2:ちなみに店内には「新宿の紀伊國屋書店の歴史」を象徴するようなパネルが展示されていたが、まさか新宿本店まで撤退、ということはないよな・・・とちょっと不安になった。

*3:当時住んでいた地域に法律書が揃った書店は皆無だった・・・。

*4:決して忘れない、田村善之先生の「著作権法概説」と「商標法概説」(いずれも第2版)。

*5:そのまま積読になっている本も数知れない。

*6:同じ紀伊國屋書店でも、地方大都市のお店の方が雑誌のバックナンバーも含めて品ぞろえが良いように思えることすらあった。

*7:「L&T」を置いている店は都内でも相当限られている。

*8:その文化の担い手を、小さな書店に求めるべきなのか大きな書店に求めるべきなのか、という問題はまた別に存在するのだけれど、このエントリーの主題からは外れるので今日は触れないでおく。

*9:紀伊國屋の新宿南店に関して言えば、元々、店の構造が3階フロアの“レコメンド”エリアに必ず立ち寄らざるを得ないようになっているし、自分もちょっとでも何か引っかかればパラパラめくるようにしていたので“ついで買い”する機会も他の店よりは多かったような気がする。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html