2016年8月23日のメモ

五輪の終わりとともに、一気に日本列島に台風が押し寄せ、そのまま夏まで吹き飛ばしてしまいそうな勢い。
よく「暑さ厳しい8月に東京でオリンピックをやるのはアスリート達に酷ではないか?」という声を良く聞くし、実際、競技者の立場になればその通りだと思うのだが、“2週間以上にわたって繰り広げられる娯楽イベント”を一年のうちどの時期にやるのが良いか、と聞かれれば、学校は休み、仕事も何となく夏休みモードのこの時期が一番良いのは間違いないのであって、結局はこの時期で収まるんだろうな、という気がしている。
何らかの形でかかわる人たちにしてみれば、終わった後の喪失感は半端ないだろうけど・・・*1

「税理士に開示義務」の衝撃

財務省国税庁は企業や富裕層に租税回避策を指南する税理士に仕組みの開示を義務付ける方針だ。」(日本経済新聞2016年8月23日付朝刊・第1面)

で始まる記事が日経紙の1面に載っているのを見てぶったまげた。

最近、“租税回避”というフレーズに対して国際的に風当たりが強まっていることは承知しているし、自分自身、“節税”の名の下に税金をけちるようなちまい発想が大嫌いなので、租税回避否認規定の対象を拡大したり、企業により詳細な情報開示を求めたり、といった方向性には別に反対しないのだが、この記事に書かれている内容は、本来守秘義務を負っているはずの「税理士」に、クライアントの納税スキームに関する情報開示を強制するもののように読めてしまう。

あくまで、スキームを開示させて実態を把握し“抜け道”を潰すための立法材料とするための方策に過ぎない、現在の法律の下で課税できないスキームなのであれば将来はともかく今はスキームを開示したことでクライアントが不利益な課税処分を受けることにはならないのだからクライアントに対する忠実義務違反となることもない、という説明は一応成り立つのかもしれない。

だが、租税法律主義の原則を徹底するならば、法定の課税要件を充たさないがゆえに採用される“租税回避”策は、“グレー”でも何でもない、“シロ”そのものの行為なのであって、道義的にとやかく言う余地はあっても、法的に当局が介入する余地は本来ないはずである。

にもかかわらず、上記のような“特別扱い”を行うための根拠は一体どこに見出されるのだろうか?

書きぶりがやや怪しい記事だし、仮にここに書かれているような内容を当局筋が本当に呟いていたのだとしても、それは、いつものように“もっとも高めのボールを投げただけ”なのだろう、とは思うが、「税逃れに厳しい世論」だけを背景に無理を押し通すようなことになれば、当局と納税者のバランスを著しく失する恐れもある、ということに、もっと厳しい目が向けられて然るべきではないだろうか*2

リスクは分かった。聞きたいのはその後だ。

月曜日の日経紙の法務面にメインで取り上げられていたのは「汚職防止に関する法規制」の話*3

日経紙に限らず、あちこちの専門メディア媒体でここ数年定期的に取り上げられているネタだし、巷ではセミナー等もひっきりなしに行われているから、いわゆる“コテコテコンプラネタ”が基本的に好きではない自分でも、もはや一通りの知識は頭の中には入っている。

もっとも、具体的な事例に直面すればするほどどう対応すればよいか分からなくなる、というのがこのテーマの一番難しいところで、しかも、肝心なその答えはどこを見ても書いていない。

「営業上の不正の利益を得る目的」で行われた贈答、接待が違法となる、というのは良いとしても、どのような場面で何をすることが「営業上の不正の利益を得る目的」と推認され、あるいはされないのか(正当な営業活動の範囲に留まるのか)ということが分からなければ、実務者は頭を抱えるだけ。
それが分かっていても、“○○に詳しい”人々が、答えを示さない、又は示せない、というのが現状になってしまっているのが、何とも残念なことだと思う*4

記事の中で取り上げられている「反贈賄ポリシー」の類の指針を社内で策定するのは確かに重要なことではあるが、それはほんの一歩に過ぎないわけで、そこから踏み込んだ何かを示せて初めて価値のある情報になる、ということがもう少し自覚されるべきではないかな、と思った次第である。

「居座る旧トップ」批判

ガバナンス系の話題で新聞記者が書く記事の中には、組織の内側にいる者としてあまり共感できないものが多いのだが、日経新聞の渋谷高弘編集委員が「経営の視点」というコラムで書かれていた「居座る旧トップの存在/統治阻害、活躍は社外で」という記事には、まぁ一応納得できるかな、というところ*5

役員に支払われる報酬の相場を考えれば、「終身雇用を前提として現役時の報酬を抑える代わりに退任後に補う慣行があるから」と言われてもしらけるだけだし、今は「一生一つの会社で骨を埋める」という価値観が美徳とされる時代でもない。

何より、現役のマネージャー、経営幹部時代に光り輝いていた方々が、一仕事終えたような風で、何を相談されるわけでもない相談役だとか、さして重要視もされていない子会社の役員とかで居残っているのを見るのは、下々の者としてはやるせないわけで。

産業界の場合、団体の役職一つやるにしても、完全にOBになった人より、何らかの肩書きが残っている人の方が重宝される傾向があって、そのために会社で役職を残す、というパターンもあるので、一概に現状を全否定することはできないのだけれど、これからの世代を会社という組織に繋ぎ止めようと思うのであれば、組織の中である程度のところまで成し遂げた人間が、事業起こして一旗揚げるなり、趣味を徹底的に極めて名を挙げるなり、といった成功事例を意識的に作っていかないといけないんじゃないか*6、と思う今日この頃である。

*1:もちろん、まだまだ先にパラリンピックも続くので、運営サイドにしてみれば、ここで超えるのは“一山”に過ぎない、とはいえ。

*2:なお“租税回避”を是正するような法制化を進めること自体に異論はないが、この手の手法が流行り始めた頃に言われていた「税金をもっと減らせるのにそれをせずに税金を払ってしまうような経営者は、株主に対する善管注意義務違反に問われかねない」的な話との関係にはどう落とし前を付けることになるのか、個人的には気になるところである。

*3:日本経済新聞2016年8月22日付朝刊・第15面。

*4:誰でも読めるような媒体に明確な見解を書かない、というのは営業戦略の一つとして一応理解できなくはないが、チャージを払って相談しても明確な回答をもらえない、ということは決して少なくない。

*5:日本経済新聞2016年8月22日付朝刊・第5面。

*6:社外取締役」なんてつまらないことは言わずに・・・。