遂にJCAAに持ち込まれた三菱重工・日立紛争

このブログでも何度か取り上げてきた*1三菱日立パワーシステムズ南アフリカ案件の損失負担をめぐる老舗企業同士の紛争が、遂に本格的な紛争解決手続きに移行することになったようだ。

三菱重工業は31日、南アフリカの火力発電所建設で発生した損失の負担額巡り(ママ)、日立製作所との仲裁を日本商事仲裁協会に申し立てたと発表した。日立に対する請求額も約907億7900万ランド(約7743億円)と従来の額に約110億円を積み増した。」(日本経済新聞2017年8月1日付朝刊・第13面)

いわゆる“インフラ案件”に、一歩間違えると一気に巨額の損失を生じさせるような恐ろしさがある、ということは、別の大手老舗企業(の米国子会社)が証明してしまったところではあるのだが、本件も損害額は極めて大きく、そして、双方の主張のこじれ方も半端ではない。

両当事者のホームページでは、本件仲裁申立てをめぐるコメントが公表されているのだが、ここは当然、攻める三菱重工の方が自ずから詳細な記載となる。

以前ご紹介した内容とも重なるが、事案の理解を深めるため、最も重要な部分を引用すると以下のとおり。

4.仲裁申立ての理由、申立てに至った経緯及び請求内容
当社及び日立は、平成26年2月1日(以下、「分割効力発生日」といいます。)に両社の火力発電システムを主体とする事業を、当社の連結子会社である三菱日立パワーシステムズ株式会社(以下、「MHPS」といいます。)に分社型吸収分割により承継させ、事業統合を行いました。
上記事業統合の一環として、南アフリカ共和国における日立の連結子会社であるHitachi Power Africa Proprietary Limited(以下、「HPA」といいます。)等が平成19年に受注したMedupi及びKusile両火力発電所向けボイラ建設プロジェクト(以下、「南アPJ」といいます。)に関する資産及び負債並びに顧客等との契約上の地位及びこれに基づく権利・義務を、HPAから当社の連結子会社であるMitsubishi Hitachi Power Systems Africa Proprietary Limited(以下、「MHPSアフリカ」といいます。)が譲渡を受けました(以下、「南ア資産譲渡」といいます。)。
南ア資産譲渡に係る契約については、当社は契約締結の時点で既に大きな損失が発生する見込みを認識し、その旨を日立に表明しておりました。そのため、同契約においては、分割効力発生日より前の事象に起因する偶発債務及び同日時点において既に発生済みの請求権につき日立及びHPAが責任を持ち、分割効力発生日以降の事業遂行につきMHPS及びMHPSアフリカが責任を持つことを前提に、分割効力発生日時点に遡ったプロジェクト工程と収支見積の精緻化を行い、それに基づき最終譲渡価格を決定し、暫定価格との差額を調整する旨を合意しております。
平成28年3月31日、当社は、日立に対して、上記契約に基づき、最終譲渡価格と暫定価格の差額(譲渡価格調整金等)の一部として48,200百万南アフリカランド(1ランド=7.87円換算で約3,790億円)をMHPSアフリカに支払うように請求しました(以下、「平成28年3月一部請求」といいます。)。この平成28年3月一部請求では、当社は、南ア資産譲渡に係る契約に従い日立及びHPAが支払義務を負う金額が48,200百万南アフリカランドを大幅に上回っており、追加で請求する権利を留保する旨を日立に明示的に通知しておりました。
また、平成29年1月31日に、当社は、日立に対して、上記平成28年3月一部請求を含む譲渡価格調整金等として、89,700百万南アフリカランド(1ランド=8.51円換算で約7,634億円)の支払いを請求しました(以下、「平成29年1月請求」といいます。)。この平成29年1月請求では、平成28年3月一部請求の際に当社が留保したとおり、日立及びHPAが支払義務を負う金額が48,200百万南アフリカランドを大幅に上回ることを示すべく、南ア資産譲渡に係る契約に従い、分割効力発生日時点に遡ったプロジェクト工程と収支見積の精緻化を行いました。
しかしながら、本日に至るまで両社協議による解決に至らなかったことから、誠に遺憾ながら、当社は、上記の契約上規定された一般社団法人日本商事仲裁協会における仲裁手続きに紛争解決を付託せざるを得ない段階に至ったと判断し、平成29年7月31日、日立に対して、譲渡価格調整金等として約90,779百万南アフリカランド(1ランド=8.53円換算で約7,743億円)の支払義務の履行を求める仲裁申立てを行いました。
南アPJは、分割効力発生日時点において既に損失が見込まれたプロジェクトであり、MHPSの子会社は、上記契約に基づき、譲渡価格調整金等を日立またはHPAから受領する権利を有しております。また、分割効力発生日直前(平成26年1月31日)のHPAの南ア資産譲渡に係る資産及び負債に含まれる損失見込額と、その時点で既に見込まれていたと当社が考える損失見込額には乖離があり、同資産及び負債について未合意の状況です。
http://www.mhi.co.jp/notice/notice_170731.htmlより)(強調筆者、以下同じ)

おそらくは、法務部門や社外の弁護士も交えて周到に練られたプレスリリース文なのであろう、これだけ読めば、理路整然とした「負ける余地のない主張」のようにも思える。

日立製作所側のリリースが、

「本日時点において、当社は、本件に関し仲裁機関から仲裁申立ての通知を受けていないため、申立内容について確認していません。当社としては、重要なビジネスパートナーであるMHIとの協議による解決に向け、今後も真摯に対応していきます。」(http://www.hitachi.co.jp/New/cnews/month/2017/07/0731a.html

という、「訴えられた側」の紋切りコメント*2に留まっているだけになおさらだ。

もちろん、この種の大型プロジェクトにおいて損失が生じる場合の原因を見極める、というのは実に難しい作業だし*3、案件によっては損害の範囲を特定することすら難しかったりもする。

三菱重工はプレスリリースの中で「プロジェクト工程と収支見積の精緻化」をした、と、サラッと書いているが、工程を細かく分析すればするほど、様々な要素が絡み合ってきて、美しい主張を組み立てるのが難しくなるのが世の常だけに、いざ、JCAAで証拠を突き合わせて議論したら、全然違う方向に話が進む可能性だってあるのだ。

それゆえ、何も情報を持たない筆者が、本件の帰趨について予測することは不可能なのだけど、個人的には、今後の同種紛争解決の参考になるような“ガラス張り”の決着を期待しているところである。

あと、日本の大企業同士の争いにもかかわらず、紛争解決手段としてJCAAの仲裁が使われている、ということにも注目したいところ。

本件のような事案で、一発勝負の仲裁を使うことが得策がどうか、というのは、争点が、「プロジェクト工程における損失の発生原因の特定」とか「損害額の確定」といった事実関係をめぐるところにあるのか、それとも「資産譲渡契約の文言解釈」のような契約解釈の問題なのか、ということによってもだいぶ違うと思っていて、事実関係をめぐる争いなら、双方が主張を尽くした上での一回的解決に合理性があるように思える一方、法解釈、契約解釈の問題なら一度の判断だけで決着がついてしまうのはどうなのだろうな*4、と思わずにはいられないのだが、いずれにしても、本件が企業間紛争解決の新たなトレンドになるかどうか、は、今後の手続きの進捗度合いや結論の納得感にかかっているように思えてならないのである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20170209/1486916293参照。

*2:「重要なビジネスパートナーである・・・」というくだりは、この種の紛争関係のプレスではなかなか見かけないものだが(笑)。

*3:分かるのは「大きな損失が出ている」ということくらいで、その損失が設計段階に起因するものなのか、施工段階でのあれこれに起因するものなのか、は、当事者のポジションに応じて様々な見方がありうる。

*4:契約の解釈というのは、そもそも一義的に定まるような話ではなく、判断する人のバックグラウンドや経験によってもだいぶブレがあるものだけに、そこで仲裁を使うのはかなりの博打なのではないか、という気がしている。

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