「相続登記の義務化」は事態を解決できるのか?

債権法改正もようやく軌道に乗り、家族法改正も大詰めを迎えている中、今年に入ってから「物権法」に関わる法改正の動きが浮上している。

元はと言えば、こんな狭い国なのに、土地建物が効率的に利用されていないのではないか、という問題意識に起因する話で、既に研究会が立ち上げられていたことは承知していたのだが、そんな中、この年の瀬になって政策の方向性を頭出しするようなアドバルーン記事が、日経紙に連日掲載されるようになった。

「政府は所有者不明の土地や空き家問題の抜本的な対策に乗り出す。現在は任意となっている相続登記の義務化や、土地所有権の放棄の可否などを協議し、具体策を検討する。法務省は早ければ2018年にも民法不動産登記法の改正を法相の諮問機関である法制審議会(略)に諮問する方針だ。政府は年明けに関係閣僚会議を開いて検討作業を急ぐ。
「現在の相続登記は任意で、第三者に権利を主張できる要件と位置付けられている。土地所有者が死亡すると、新たに所有者になった相続人は相続登記を行い、名義を先代から自らの氏名に書き換える。ただ、相続登記は義務ではないため、登記を行うかは相続人の判断にゆだねられている。土地所有者の所在が分からなくなる要因に相続登記の任意性の問題があるとされている。仮に相続登記が行われなければ、登記簿上の名義は死亡者のままだ。そのまま放置され続けて世代交代が進めば、法定相続人はねずみ算式に増える。所有者不明土地の増加は相続人が固定資産税などの税負担を避けたり、土地管理の手間を嫌ったりして放置する場合が多いもようだ。都市部ヘの人口集中と過疎化の進行、利用価値が低い土地への無関心さが影響している。このため、相続登記の義務化で違反した場合の罰則を設けることを検討する方針だが、土地管理などの負担の方が重ければ、所有者不明土地の発生抑止にはつながりにくいとの指摘もある。」(日本経済新聞2017年12月29日付朝刊・第1面、強調筆者)

これに先立ち、28日付の朝刊の「中外時評」欄にも谷隆徳論説委員の「不動産登記の早期義務化を」という、ほぼ上記記事と同じ方向性の論稿が掲載されている*1から、日経紙としても、政府の意向を忖度した上で、この路線を推す(?)ことにしたように見える。

ただ、この方向性、不動産の実務(それも主に地方エリアにおける自社用地の買収や管理)を良く知っている人なら、「え?」と思うのが普通ではないだろうか。

確かに、相続登記が長年なされていなくて、権利部の最新の日付が明治とか大正の時代のものだったりすると、正直これはキツイな、と誰もが思うところだし、その後、通常の売買契約を締結するまでに処理しないといけない手続の負担も相当なものとなる。

しかし、実のところ、相続人の特定自体は、戸籍を辿って家系図を作るスキルがあれば、そんなに難しいことではないわけで、むしろ、本当に問題になるのは、

「所有者(相続人)は特定できるが、その人と連絡が取れない」

場合である。

先般の大震災の被災地域のように、元々ちゃんと管理していた人が不運にも所在不明となってしまった、というケースもあるが、大抵は、「相続はしたものの居住地が遠く離れていた等の理由で実際にはその土地を利用しておらず、相続を重ねるうちに存在すら忘れられてしまったケース」とか、「原所有者の子息がみんな海外に行ってしまって、日本で管理する人が誰もいなくなってしまったようなケース」だから、そういったケースで、いきなり登記を義務付けて真正な権利関係を登記させるように促したとしても何のインセンティブにもならない。

むしろ、これまでそんな状況で誰も困っていなかったど田舎の土地や山林が、急に手続義務化の対象となってしまったら、混乱が生じるだけだ。

都会で親がローン組んで何とか手に入れたような土地建物であれば、「義務化」などというアクションをしなくても、当然、相続に伴う登記申請をするし、それに先立つ遺産分割協議も(スムーズにいくかどうかはともかく)きちんと行うインセンティブが働く。

そうならない場合があるとしたら、それは、相続登記に伴う様々なコストに比べて対象となる土地の財産的価値があまりに低く、「放っといた方が良い」というインセンティブが働いてしまうからで*2、そんな状況で無理やり登記を義務化しても、制度策定・周知等の労多くして実りなし、という結果になってしまうように思えてならない。

きちんと登記をして固定資産税の通知が毎年届くようになれば「土地を管理している」という意識も生まれるだろう、そうなれば、土地という財産も有効活用されるだろう、という机上の発想のロジックは決して間違っていないが、以下の記事に出てくる「6兆円」という数字は、どうにもこうにも眉唾なわけで、この数字に騙されてしまうと、政策の中身も優先順位も間違えることになってしまう。

「所有者台帳からは現在の持ち主をすぐに特定できない土地が、16年に全国で約410万ヘクタールに上るとの試算を公表。対策を講じないまま40年になれば、北海道本島(約780万ヘクタール)に迫るとの推計をまとめた。経済損失額は同年までの累計で約6兆円に上る。」(同上)

もちろん、対案となるような妙案がすぐに出てくる、というわけではないし*3、ローマ法の時代に戻って「所有権よりも占有実態を優先して土地の取引をできるようにしたら?」などと言い出したら、それこそ天地がひっくり返るような大騒ぎになってしまうから、結局は「相続登記の義務化」くらいが無難な落としどころになるのかもしれないが、本当に法制審議会レベルに持っていくのであれば、もう少し的確な立法事実と骨太な発想に基づく議論を期待したいところである。

*1:日本経済新聞2017年12月28日付朝刊・第6面

*2:台帳上の評価額はともかく、実際に売り出しても買い手などどこにもいない土地は多いのだから、いかに低廉な料金で済むと言ってもそこにお金をかける、という気になる人は少数派だろう、と個人的には思うところである。

*3:これだけAIとか何とか言っているんだから、マイナンバーと登記簿表題部の所有者情報を紐付ける等して、相続が発生したら、自動的に法定相続分に基づく登記がなされるようにする、等々の便利なシステムを作ればよいではないか、という話もあり得るのだが、そんな簡単に予算が付くとも思えない話である。

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