「維新」も「革命」も、狙って起こすものじゃない。

新年も明けました!ということで、新聞紙面にも毎年恒例の“お屠蘇記事”があふれている。

元旦の紙面に載っている、ということは、当然書いた記者は旧年中に稿を上げているのだろうから、別にほろ酔い加減で気前の良いことを買いている、ということではないのだろうが、どうしても、こういう時の記事を冷めた目で見ると“浮いてみえる”ものが多くなってしまうわけで・・・。

新年展望特集のサブタイトルに至っては、「維新再び」というキーワードまで踊っているのだが、当の「明治維新」にしても、最近Buzzワードになってしまっている「革命」の本家本元版にしても、あくまで後世の歴史家が評価したゆえに、画期的な出来事として歴史に刻まれただけであって、まさにその時、その場にいた当事者たちは、後々それが歴史の転換点、と位置付けられることになろうとは夢にも思わず、目の前のことに向き合い、処理することだけで精一杯だったはず。

そして、「革命を起こそう」などという気負った意思に基づく行動は、大抵がただの“変”で終わってしまう、というのも歴史の常である。

過去の歴史を紐解くまでもなく、ここ10年、20年の間に起ったことを振り返っても、Eメール、検索エンジン、動画サイト、スマートフォン、そして、様々なSNSツール、と、一部の企業が開発した技術&サービスが密やかに浸透した結果、ビジネスもライフスタイルも激変させてしまった、というのが現実だろう。

要は、誰かが大上段から振りかぶって「変えてやろう」なんて力まなくても、新しいモノはどんどん世の中に出ていくし、その結果、様々なコトが変わっていく。
そこにあるのは企業・サービス間のシビアな競争原理と、ライトなユーザーの肌感覚だけ。

毎年、「特集」で語られる“展望”は、政府サイドから発信される「産業政策」に寄りかかっていることが多いし、特に日経紙のようなメディアになってくると、その傾向が顕著なのだけど、これまで繰り返されてきた現実を冷静に見つめ返すと、もう、お国が「産業政策」なんてものを振りかざして無駄な予算を投入するのはいい加減やめた方がいいんじゃないか、と思わずにはいられないし、その周りをブンブン飛び回っている人々に対しても、「高邁な理念を大声で叫んでいる暇があったら、少しでも今よりいいモノ作って結果出せ!」という感想しか抱けない。

世界をひっくり返すような大発明を生み出す土壌がなければ、先入観にとらわれずに、今起きている「事実」と、目まぐるしく移り変わる「現象」を正確に把握した上で、新しいもののいいとこどりで、少しずつそれまでとの“違い”を生み出していくことが大事なわけで、そういう地道な試みの積み重ねが、あとあと振り返ったときに「大革命」になるんだよ、ってことを、何かと世の中浮かれ気味な新年にこそ、書き残しておく次第である。

「経営者が占う・・・」シリーズ。

なお、ついでに・・・ということで、今年も実施されている「経営者が占う2018年」の企画について。

為替相場にしても、株式市場にしても、基本的に不確定要素しかない世界なのであって、正確に一年の見通しが立てられたら誰も苦労しない(というか、それではそもそも「相場」というものが成り立たない)から、あくまで「占い」でしかないのだが、2017年に関しては、一昨年に比べると比較的良い線の予想になっていた。

特に株価に関しては、多くの経営者が慎重な予想に終始する中、高値23,000円(実際には23,382円15銭)、安値18,000円(実際には18,224円68銭)というレンジで予測を立てた金川千尋信越化学工業会長がほぼ的中。

筆者自身、昨年、ここまで景気が年の後半まで持続するとは思っていなかったこともあって、年後半に23,000円台、という予測*1を見た時は、まさかね、と思ったものだったが、終わってみれば、強気の予測を立てた人の勝ち。

それもあって、今年の予測では多くの経営者が、高値25,000円以上、というかなり強気な予測を立てており、中でも金川会長は、高値28,000円(8〜9月)という“超強気”予想である*2

多少長く生きてしまったゆえとはいえ、長年、侮蔑の対象でしかなかった“バブル”の波に、まさに今自分たちの世代が呑み込まれている、と思うと、かなり複雑な心境ではあるのだが、個人的には今の景気実感に素直に従って、このシナリオに素直に乗っても良いのかな、と思っている*3

*1:他にもSMBC日興、大和という大手証券会社の方々がこの手の予測を立てられていた。

*2:ちなみに、同氏の安値予測は21,000円(1〜2月)、ということで、年明け早々の調整局面を経て反転、というシナリオをお考えのようであるが、さてどうなるか。

*3:多くの会社では団塊世代の退職と少子化で、そんなに手を掛けなくても国内のコストは順調に削減できるし、一方で、中国や東南アジアの市場は快調に伸びていて、00年代に地道に市場開拓と先行投資をしていた会社はまさに「取り返せる」時期に差し掛かっている。リタイアした世代を支えるための国家財政をどうする、という問題はさておき、個々の企業単位でいえば、国内の生産年齢人口の減少はさほど響いていない(むしろプラスに作用している面もある)、というのがここ数年で分かったこと、なのではなかろうか。要は、今や日本企業にとってすら、「日本」は生産活動の場所でも、需要がある場所でもなくなりつつある、ということで、「投資のリターン」だけで企業を存続・成長させることができるのであれば、それはそれで理想的なカタチであるようにも思える。