昨年、独占禁止法研究会の報告書が出た頃には、ほぼ導入不可避だろう、と思われていた独禁法の「裁量的課徴金制度」だったが、俄かに急転直下の様相を見せるようになってきた。
「公正取引委員会は10日、22日召集予定の通常国会への独占禁止法の改正案提出を見送ると発表した。現行の課徴金制度を調査への協力度合いに応じて金額を変える裁量型にする予定だったが、与党や法曹界から企業側の守る権利も同時に法制化するよう求める声が強まった。いったん提出を見送って仕切り直す。」(日本経済新聞2017年1月11日付朝刊・第5面、強調筆者)
太字部分が引っ掛かったこともあって、一次資料を探してみたらすぐ出てきた。
公取委のHPに掲載されている10日の「事務総長定例会見記録」である*1。
前記記事に関連する箇所は、以下のような発言として記録されている。
「昨年12月7日の自民党・競争政策調査会におきまして,課徴金の見直しの御議論をしていただいたわけですけれども,そこにおきましては,独占禁止法の改正に当たって,弁護士・依頼者間秘匿特権の法制化を目指すこと,それと併せて供述調書等の手続保障も議論するとの取りまとめがなされたと理解しております。ただ,従前から申し上げておりますように,弁護士秘匿特権などの法制化ということであれば,我が国の法体系全般に大きく関わる事柄でございまして,公正取引委員会で対応できる範囲を大きく超えているものでございます。ですので,公正取引委員会として何か対応ができるという性格のものではないと理解しております。
他方,そうした議論がされておるところでございますので,公正取引委員会としましては,法制度全体にわたる大きな枠組みでの議論を待つことなく,法改正作業を進めるということはできないと考えておりまして,次期通常国会への独占禁止法改正法案提出は見送らざるを得ないと判断しております。
公正取引委員会としましては,今回の課徴金の法改正の内容全体を全く断念してしまうということではございませんで,引き続き検討は進めてまいりますが,この大きな枠組みでの議論を待って,それは進めていかなければならないというふうに考えております。」(強調筆者)
「全く断念してしまうということではない」という留保を置きつつも、公取委自身が「何か対応ができるという性格のものではない」論点で、「議論がまとまるまで法案提出ができない」、と言ってしまったのだから、今年の通常国会はもちろん、数年経っても法案が日の目をみることはおそらくないだろう。
法案を可決成立させるのは国会&そこにいる政治家たち、とはいえ、事務方が創り上げた法改正案が、ここまで露骨に店晒しされることもそんなにないような気がして、これはまさに神風だな、と思わずにはいられなかった。
個人的には、「弁護士秘匿特権」など入れたところで、そんなにワークするとは思えないし*2、それよりはむしろ取り調べ時の弁護士立会いでも認めてくれた方がよほど有難い、と思っているから、自民党を巻き込んだ「抵抗」に対しては、かなり冷ややかな目を向けている。
ただ、やっぱり「裁量型課徴金」のように、調査権限を持っている当局にさじ加減をする余地を与える、というのは相当危険なことで、できることならやらないに越したことはない。
そして、願わくばハブとマングースのように、「裁量型課徴金導入支持派」と「弁護士秘匿特権万歳派」が、会議室でにらみ合いを続けていてくれれば、世の中平和なのに・・・と、心の底から祈っているのである。
*1:http://www.jftc.go.jp/houdou/teirei/h30/jan_mar/kaikenkiroku180110.html
*2:弁護士がやり取りに入っていれば全て秘匿できる、という話ではないし、本家の米国ですら開示義務を免れ得る場合はかなり限定されているので、これは、実質的な防御権強化策、というよりは、象徴的な意味合いが強いと思っている。