「デザイン経営」という言葉の空虚さ。

今月半ばに日経新聞が「店舗デザインも保護 意匠権特許庁方針」という見出しの記事*1を飛ばして以来、「有識者研究会」って何だ?一体何が起きるのか?と戦々恐々で眺めていたのだが、24日になって、それらしき報告書が経済産業省のホームページにアップされた。

産業競争力とデザインを考える研究会-報告書
http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/20180523001.html

これなら見たことがある。

ちょうど一年前、以下のような記事が日経新聞に載った。

経済産業省はデザインで産業競争力を高める総合対策を打ち出す。デザイン振興を進める国家戦略を制定するほか、ブランドの象徴となるデザインを一括で保護するような意匠法の改正などを検討する。米アップルや英ダイソンなど、デザインで製品の魅力を高める企業が日本には少ないとみて、日本企業のブランド向上を後押しする。」
「5日に「産業競争力とデザインを考える研究会」の初会合を開く。2018年3月までに具体策を盛り込んだ報告書をまとめ、戦略制定や19年の法改正を視野に入れる。」(日本経済新聞2017年7月5日付朝刊・第5面、強調筆者、以下同じ。)

2018年3月、という時期は少しずれたようだが、これと対になるような記事も、5月22日の日経電子版に載っている。

特許庁は21日、庁内の有識者研究会で、デザインを生かした経営の推進に向けた報告書をまとめた。米アップルや英ダイソンなど、海外勢による「デザイン重視」の製品開発が技術革新や企業競争力の向上につながっていると指摘。日本企業に対してもデザインに関する知見が豊富な人材を積極登用するなど、経営層の意識変革を求めた。」
同庁は報告書で意匠法改正についても提起した。2019年通常国会にも同法改正案を提出し、製品を売るためのデザイン性に優れた店舗の外観や内装についても保護対象に加える方針だ。従来はクルマや家電など主に製品のデザインを意匠権として保護していた。」(https://www.nikkei.com/article/DGKKZO30763090R20C18A5EE8000/

「経営層の意識変革」どうこう、といった話はまぁどうでもよい。

概要ペーパー(http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20180523001_04.pdf)等、今回リリースされた資料には、

「デザインは、企業が大切にしている価値や、それを実現しようとする意志を表現する営みであり、他の企業では代替できないと顧客が思うブランド価値とイノベーションを実現する力になる。このようなデザインを活用した経営手法を「デザイン経営」と呼び、それを推進することが研究会からの提言である。」

というフレーズが繰り返し出てくるが、これまでの「ブランド経営」的な発想の焼き直しに過ぎないし、比較対象となっている海外企業には、デザイン以前に機能だったり、売るためのビジネスモデルで負けている、という現実に目を背けるものでしかない。

別冊として添付されている「デザイン経営」の先行事例にしても(http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20180523001_03.pdf)、読み物としては面白いが、それ以上でもそれ以下でもない。

製品の優れたデザインが、市場に大きなインパクトをもたらした例が多々あることは否定しないが、長年ビジネスの世界に身を置いている人間には、それが必ずしも「事業戦略の最上流からデザインが関与」した結果ではない、ということも身に染みて分かるわけで*2、ビジネス、経営の素人である特許庁の事務局がいくら拳を振り回したところで、心に響く答えは生まれない。

何よりも自分が一番違和感を抱いているのが、「デザイン経営」というフレーズの合間合間に出てくる「意匠法の改正」という、実にチープな政策提言である。

数年前、産業界の反対を押し切って、画面デザインの意匠権での保護を正面から認める方向に舵を切った。国際出願のポータルになれるようにするための手続きも整えた。それでも、ここ数年、全く意匠出願件数は横ばいで*3、メーカーの国際競争力が回復した、という話も聞かない。元々、やろうと思えば、不正競争防止法でも、著作権でも、立体商標制度でもデザインを守れるこの国で、意匠権の存在意義は今やほとんど消滅しているのだが、それだと意匠課が困るから・・・ということなのか、再び、「意匠法」という化石を持ち出してくる特許庁の面の皮の厚さは、発表資料のデザインをいかにおしゃれにしたところで、隠しきれるものではないように思う。

「産業競争⼒の強化に資する今後の意匠制度の在り⽅」(http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/data/pdf/20180523001_02.pdf)という資料に記された意匠法改正の“野望”は極めて多岐にわたる。

「例えば、画像デザイン等、新技術の特性を活かした新たな製品やサービスのために創作されたデザインを適切に保護できるよう、意匠法における意匠の定義を⾒直すなど、意匠法の保護対象について検討を進めるべきではないか。」(2頁左)
「⼀部の空間デザイン(筆者注:ここに建築物の内外装も含まれるようである)を適切に保護できるよう、意匠法の保護対象の範囲について検討を進めるべきではないか。」(2頁右)
「⼀貫したデザインコンセプトによって創作された後発のデザインについて、最初に出願されたデザインが公開された後であっても意匠登録をすることができるよう、諸外国に先駆けて検討を⾏ってはどうか。」(3頁左)
「デザインによるブランド形成、及びブランドの維持に資するよう、意匠権の存続期間について検討を⾏うべきではないか。」(3頁右)
⼀つの出願に複数の意匠を含むことができるよう、組物の意匠の規定との調整をはかりつつ検討を⾏うべきではないか。」(4頁)
「願書の「意匠に係る物品」の欄の記載の要件について、検討を⾏うべきではないか。」(6頁左)
「国際意匠登録制度や外国の意匠登録制度との調和を意識しつつ、図⾯要件の緩和について、部分意匠の取り扱いも含めて検討を進めるべきではないか。」(6頁右)

この中でありがたい改正があるとしたら、6面図提出原則の見直しくらいか。他の「提言」は保護範囲を広げたり、権利を強化したり、と、ろくなものではない。そうでなくても権利関係(デザイナー、施工者、物件のオーナーから資金を拠出した店子まで、関係者は極めて多い)かをめぐって紛糾しやすい建物・店舗の外観を「意匠権」の保護対象などにしたら、混乱が生じるのは目に見えている。

自分は、実質早い者勝ちで登録できてしまう上に、それに依拠していようがいまいが権利行使できてしまうこの種の権利は、創造を妨げるだけで有害無益なものだと思っている。特に、日本企業よりも、かつてはライバルだった中・韓企業の方が大量出願する余力を持っている今となればなおさらだ。

だからこそ、日本の知的財産権保護法の体系と、その現場レベルでの実務、さらには日本の産業界が置かれている現状を深く理解し、ポジショントークを廃して冷静に議論できる人に、この種の政策議論をしていただきたいと思っている。

そうでなければ、制度をいじればいじるほど、コストがかさみ、新たな創造を妨げるフラストレーションの多い世界になってしまうから。

次のステージでは、本物の有識者の叡智に期待したい。

*1:日本経済新聞2018年5月20日朝刊・第1面。https://www.nikkei.com/article/DGKKZO30735930Z10C18A5MM8000/

*2:ネーミングにしてもデザインにしても、ヒットするかどうかは、たぶんに偶然に左右される。一発当たったために、二匹目のどじょうを狙ってブランド、デザイン部門を強化したものの、コストを嵩上げするだけに終わってしまった、という例も多く聞くところだし、そういった事例まで含めて分析対象としなければ、フェアな報告書とは到底いえない。

*3:法改正で上乗せになった件数を除くと、実質的には大幅減である。

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