3年の時を経て現実となった「色彩商標」への懸念。

今日の法務面に、何となく懐かしささえ感じる記事が載った。

「2015年の改正商標法施行で「音」や「動き」など新しいタイプの商標登録が可能になってから3年たった。いずれも審査の基準は高いが、特にハードルが高くなっているのが「色彩」だ。1つの色(単色)での登録はいまだにゼロだ。同じような色に複数の申請も出ており、登録実現には消費者の認知度を高める取り組みが欠かせない。」(日本経済新聞2018年9月17日付朝刊・第11面、強調筆者、以下同じ。)

制度開始から3年あまりで、登録に至ったのはわずかに4件。既に500件以上も出願されているにもかかわらず、だ。

本ブログでは「新しいタイプの商標」が導入された平成27年施行の商標法改正前からこの問題を取り上げているのだが、施行後、同じ法務面に掲載された心ない特許庁担当官のコメントと記者の“感想文”に悪態を付いたのはもう3年近く前のことになる*1

そして、驚くべきことに、あの頃から状況はまるで変わっていない。

今日の記事でも、欧州のルブタンの話とか、いくつかの色彩商標出願企業の担当者の声をひとしきり掲載した上で、「そんなことは言われんでも分かっとる」という類のコメントを丁寧に載せている。

「ただ色彩は身の回りにあふれている。強い効力を持つ商標権を特定の企業に認めてしまうと、他社の商品で使えなくなったり、新サービスの足かせになったりするなど影響が大きい。特許庁は商標認定には「極めて高い著名性が欠かせない」(商標課)とする。色と商品やサービスの関係が幅広く認知される必要があるというわけだ。」
「新井悟弁理士は「制度導入から間もない日本では特許庁が登録基準作りに慎重になっている」との見方を示し、「それだけに企業は出願した色が有名であることなどの細かな証明が求められる」と話す。出願企業からも「どうやって認知度を調査するか検討している」との声が出始めた。」(同上)

2015年の制度開始に合わせて出願した企業の担当者の多くは、少なくとも半年以上は前から資料を集め、説明会に出て、手探りながらも方針を立てて新しい制度に挑もうとした者たちだ。だから、出願した色彩商標、特に単色の商標が早いものがちですんなりと登録されるなんてことは誰も期待していなかったし、当然ながら著名性を立証するための準備もしていた。

だが、同年暮れから2016年にかけて、一斉に拒絶理由通知が出た後の特許庁の対応の融通の利かなさぶり、トンチンカンぶりは、多くの実務家の想像を遥かに超えていた。

例えば、メーカーであれば自社製品のパッケージに、サービス系の会社であれば店舗や広告等に長年、かつ大量に使い続けている色彩を出願する場合、その製品なり、展開している店舗やサービスなりが市場で高いシェアを占め、多くの人の目に触れているのであれば、それだけで使用による識別力取得を立証するには十分な材料になるはずである。

ところが、特許庁の言い分は、「ロゴマーク等の他の商標と一緒に使用していたらダメ」と、かつて立体商標の世界で裁判所に否定された理屈だったり、似たような色*2を使っている会社がある、と、商標的使用でも何でもない、たまたま見つけたデザインカラーの広告媒体等を拾ってきたり、というものだから、どうにも噛み合わない。

挙句の果てには、「識別力を客観的に示す材料を持ってこい」と、アンケート調査の活用まで押しつけてくる。
調査会社は大喜びだろうが、そのために多額の費用を出さないといけない出願人にとってはたまったものではない。

何よりも、企業側の担当者にとって一番困るのは、会社のCI戦略や大々的なマーケティング戦略に則り、文字通り何年もかけて「企業ブランド」を守るために育て、使い続けてきた色彩とその意味を、「自分たちの作った審査基準を形式的に適用することしかできない」特許庁の審査官が一向に理解しようとしてくれないことにある。

自分だけでなく多くの企業の商標に関わる人々は、自社の色彩商標が登録されたからと言って、類似の色を使っている会社に片っ端から権利行使する、なんてことは考えていないし、登録された色彩商標の権利範囲自体、たかが知れている(基本的には狭い)、と思っている者がほとんどである*3

広告、ブランドの専門書で、ブランドとしての力を発揮している「色彩」の例が紹介されることは多いが、そういう例も場面も当然ながら限られているし、世の中に氾濫する多くの色彩は、「商標」としての機能とは無関係に単なるデザイン、装飾の一部として使われているものに過ぎない。

だから、(これは色彩商標に限った話ではないが)権利行使場面の判断基準まできちんと頭に入れて対応するのであれば、色彩商標が登録されたからといってそれが直ちに様々な商業活動の足かせになる、ということにはならないし、真に企業のCIが揺るがされるような悪質な第三者が現れた時に初めて抜く(そうでもない限り、極力抜きたくない)“伝家の宝刀”くらいの認識でいれば十分なのである*4

それなのに、あたかも「自分たちが認めたら絶対的な権利になってしまうから、そう簡単には登録させない」とばかりに特許庁が意固地になって対応するものだから、審査コストもそれに対応する出願人のコストも飛躍的に増していき、ストレスの種もどんどん増える。

そして、今思えば遥か昔、6年前に危惧していたこと*5が、今まさに現実の問題となってしまっていることに暗澹たる思いしか湧かない*6

「色彩商標」などというものは、登録審査時点で識別力を厳格に審査する日本の商標制度には本来整合しない制度、しかし、いったん制度ができてしまえば、企業としてはそれに乗っからざるを得ないし、それに対して、特許庁がこれまで通りの商標の建前論を振りかざせばとんでもない軋轢が生まれる・・・。

ちょっと事情と法律が分かっている人なら誰にでも想像が付くストーリーが見事に展開されている中で、それでもなお、特許庁が自らの建前論に縛られたガチガチの審査運用しかできないのであれば、一向に状況が改善することはないだろう。
どこかの会社が思い切って審決取消訴訟まで持ちこんで、知財高裁にさばけた判断を出してもらえば、また状況が好転することがあるのかもしれないが、そこまで行く前に何とかしろよ、というのが、一実務家としての切なる願いである。

なお、ここまで書けば、日経紙の記者が今日付けの前記コラムで呟いた以下のフレーズが、いかにピント外れか、ということも分かるはず。

「企業と色の関係性をどう消費者にアピールするか――。企業にとって、認知度を高めるマーケティング戦略もカギとなりそうだ。」(同上)

多くの企業は「マーケティング戦略」の結果、積み上げた信用(色彩と会社の商品・サービスとの結びつき)を元に商標出願を行っているのであって、商標登録のためにマーケティング戦略を・・・などというのは、ピンボケにもほどがある。
もちろん、これまでのマーケティング戦略の成果を定量化して特許庁の審査官に示す、という戦略が現状必要になっていることは否定しないが、企業にそこまでの手間をかけさせないと登録査定一つ出せない審査官の技量(ブランド戦略に関する知識欠如)の方が問題なわけで、特許庁サイドのコメントを無批判に載せ続けて「企業側に」宿題を課そうとする記事のスタンスにも、また大いに問題がある、と思うのである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20151201/1449416848参照。

*2:素人目に見ても(同系色だが)明らかに違う色、というケースも多いが。

*3:新しいタイプの商標の導入に合わせて「商標的使用」の法理が明文で規定された今となってはなおさらである。

*4:ちなみに、今回の記事で取り上げられている「ルブタン」をはじめ、欧州で登録されている色彩商標の例が取り上げられることも多いのだが、欧州域内の原則実体無審査の制度の下で、異議を受けずに登録されている商標がいかにたくさん存在するからといって、それらを全て権利行使可能な代物と捉えることは相当でない(「ルブタン」の話は当の欧州域内でも大ニュースなのであって、この話がこんなに話題になる、ということは、それだけ権利行使が認められる機会が少ないことの裏返しだと自分は思っている)。もちろん日本でも、審査を受けて登録されれば、いつでもどこでも誰にでも商標権を行使できる、という制度にはなっていないのだから、効力が狭いという点では何ら変わりはない。

*5:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20121126/1354466589参照。

*6:拠って立つ基盤が全く異なる欧米の制度を「国際調和」の名の下に日本に持ちこんだらどうなるか、を証明してくれた、という点では意味があるのかもしれないが・・・。

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