アカデミーの歴史に「知的財産法」が刻まれたとき。

久しぶりに心の底から「素晴らしい」と思えるニュース。

日本学士院は12日、生物が自分自身の体を食べるオートファジー(自食作用)の解明でノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典・東京工業大特任教授(73)ら9人を新会員に選んだ。人文科学部門は、西洋近世史学の深沢克己・京都産業大客員教授(69)、ドイツ文学・ドイツ思想史の松浦純・東京大名誉教授(69)、哲学の伊藤邦武・龍谷大教授(69)、経済法の根岸哲・神戸大特命教授(75)、知的財産法の中山信弘・東大名誉教授(73)、経済学の大塚啓二郎・神戸大特命教授(70)。」(日本経済新聞2018年12月13日付朝刊・第36面、強調筆者、以下同じ。)

「知的財産法」の体系を構築し、長年、第一人者として学界でも、政策審議の場面でも活躍してこられた中山信弘東大名誉教授が学士院の会員に選定され、第1部第2分科(法律学政治学)の25名の枠の中に名を連ねられた、ということを、吉報と言わずして何と言おうか。

日本学士院のHP(http://www.japan-acad.go.jp/japanese/news/2018/121201.html)には、選定された方々の氏名、役職、専攻分野とともに選定理由が詳細に記載されている。

中山信弘氏は、知的財産権を、所有権類似の物権的な権利ではなく、産業政策などの政策実現の手段と捉える立場から、技術の進展への知的財産制度の柔軟な対応の必要性を提唱し、その法分野の解釈・立法を主導してきました。とりわけ、昭和60年に著作権法による保護の対象に加えられたコンピュータ・プログラムなどについて、既存の著作物(小説、絵画、音楽等)とは異なる解釈上・立法上の配慮が必要であること、および、デジタル環境では著作者・著作物概念に変容が生ずること等を指摘して、著作権法の解釈および制度の見直しの方向を提示しました。また中山氏は、知的財産法を、民法独占禁止法等と関連する財産的情報の保護制度の一つとして私法体系の中に位置づけることによって、知的財産法が法体系全体の中で整合的に発展する理論的基礎を提供しました。」

今では、中堅から若手まで多くの研究者が活躍していて、どんな法律雑誌でも年に一度、二度は特集を組む、学部での講義も大教室で行われるのが常、という人気ジャンルとなったこの分野だが、20年くらい前は、法学部生でも講座の存在を知る人は限られており、講義も小教室で細々と・・・という状況だったし、ブームが始まりかけた21世紀の初頭でも、議論はタコツボ的な方向に走りがちで、国内で骨太かつ体系的な論文を発表されている方は、ごくごく限られていた。

だからこそ、昭和〜平成の始まりくらいの時代に、「財産的情報」というキーワードを用い、派生元である民法との連続性を保ちつつ、私法体系の中で「知的財産法」独自の存在意義を打ち立てた中山名誉教授の存在感は一際輝いていたし、その後、知財立国政策の下で乱立する様々な会議体で否応なしに法政策論議の矢面に立たれていた時も、決して安易に潮流に流されることなく、研究者としての信念に貫かれた冷静な対応をされていたのが、非常に印象的であった。

知財」を条文操作や審査基準を追いかけるだけの“ムラ”の中の技巧的な世界にとどめることなく、一方で単純な「政策学」に貶めることもなく、伝統的な議論を踏まえて体系化した上で名実ともにメジャーな領域に育てたこと、そして、その結果として「法律学」そのものの地平を先端領域にまで拡大した*1ことを考えると、今回の栄誉も、実に理にかなったことだと言うほかない。

ここ最近、結論ありきの、底の浅い政策論議も目立つようになってきている中、クラシックな(?)元法学徒としては、肩身の狭い思いをすることも多いのであるが、今日のこの知らせを密かな心の励みとして、たとえドンキホーテになったとしても、もうちょっと「理」を説くことにこだわってみようかね、と思った次第である。

*1:奇しくも今回同じタイミングで、経済法の根岸哲名誉教授が会員に選定されているが、知財法・競争法といった学問領域が発展を遂げていなければ、今世の中で起きている様々な事象に法律バックグラウンドの人間が正面から関わることは難しかったかもしれない。

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