最近は日本でも国際的な潮流に(一周遅れで)乗っかって、あの手この手でメガIT企業を叩く動きが活発化しているのだが、今日も華々しく1面に見出しが躍った。
この「IT大手に独禁法を適用する」という話は、決して今や珍しいことではない。
様々なWebサービスのプラットフォームが世界的に限られた事業者に集約されている状況が変わらない限り、取引相手方との力関係の格差も開いていく一方で、どこかで法が介入しなくては、という思いに駆られる人々が増えているのは、当然に理解できるところである。
だが、この見出しにちょっとした違和感を抱いたのは、出だしに書かれているターゲットが「個人データ乱用」だったから。
「乱用」?、「囲い込み」とかの話ではなく・・・? と思って読み進めていくと、記事のリード文でより強い違和感を抱く表現にぶち当たった。
「政府は巨大IT(情報技術)企業が個人に不利な条件をのませることに対し、独占禁止法を適用する方針だ。無料メールや情報検索などのサービスは便利だが、IT大手の言いなりの利用条件になりやすく、情報や知識の面で弱い立場にある個人を保護する。」(前掲記事、強調筆者)
まてまて、独禁法って、そういう法律だったっけ? という素朴な疑問がわき出てくる。
記事本文に差し掛かると、より具体的に「優越的地位の濫用」(法2条9項5号)の適用を示唆する記述も出てくるのだが、
「独禁法は取引の相手方に対し、企業規模や取引関係などを背景に、不利な取引条件などを押しつける行為を「優越的地位の乱用(略)」として禁じている。これまでは企業同士の取引が対象で、企業と個人の取引に適用したことはない。」(前掲記事、強調筆者)
と、この記事自体、これまでBtoC取引に「優越的地位の濫用」規制が適用されていないことを認めてしまっているし、仮に、「消費者」まで「相手方」に含まれると考えても、本来事業者間の競争関係に与える影響が考慮されているはずのこの規制類型に、どうやって「個人データの乱用」の話が結びつくのか、というところがあまり見えてこない。
記事の中にもあるように、個人データの取得・利用に関する様々な問題は、一義的には個人情報保護法で規制すべきだし、「個人情報の取り扱いの説明で、わざと長文にしたり、専門用語を使ったりして理解しづらくするといった行為」(前掲記事)を問題にするのであれば、消費者契約法や景表法、あるいは、民法に新たに導入される約款規制を前面に出した方がはるかに筋の良い議論になる。
ましてや、「規約などは問題がなくても、個人が不利な扱いを受けるケース」(前掲記事)を規制する正当化根拠がどこかにあるのか、といったことまで考えだすと、ますます訳が分からなくなるわけで・・・。
記事の中でもちらっと紹介されているように、この記事は公取委が17日に公表した「デジタル・プラットフォーマーの取引慣行等に関する実態調査について(中間報告)」(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/apr/kyokusou/190417betten.pdf)を受けて書かれたものであることは間違いない。
そして、この中間報告書の中には、確かに「③デジタル・プラットフォームサービスの利用者(消費者)に対するアンケート調査」という項目も存在し、それに対する以下のようなコメントも残されている。
「デジタル・プラットフォームサービスの利用者の多くは,無料のデジタル・プラットフォームサービスを一方的に受けているだけではなく,自らも経済的な価値のある個人情報や利用データを提供しているという認識を持っていると考えられる。また,デジタル・プラットフォーマーによる個人情報や利用データの収集,利用,管理等について,懸念を有しているサービス利用者が多く,不利益を受けたと感じたことがある者も存在するところ,デジタル・プラットフォーマーがデータの収集,利用,管理等によって,サービス利用者に不利益を与える場合があると考えられる。公正取引委員会としては,このようなサービス利用者の認識も踏まえつつ,対消費者取引に対する優越的地位の濫用の適用の考え方について,引き続き,検討を進めていく。」(中間報告書16頁)
なるほど、ここには、無償のサービスであっても「継続した取引」と位置づけ、プラットフォーマー側の行為を、相手方に個人情報等の「経済上の利益」を提供させるものとして捕捉しよう(その結果、法2条9項5号ロを適用する契機が生まれることになる)、という担当官の意図が滲み出ているのは間違いない。
しかし、同じ報告書の中に出てくる、①オンラインモール運営事業者の取引実態に関するアンケート調査や,②アプリストア運営事業者の取引実態に関するアンケート調査の結果を受けたコメントにおける論点整理の明確さ*2と比較すると、まだまだ生煮えだし、そもそも「対消費者取引に対する優越的地位の濫用の適用の考え方」から検討を進めていく、というところからして、まだまだガイドライン等で「具体化」されるまでの道のりは長い、と言わざるを得ない。
BtoCの世界で支配的地位を占めるプラットフォーマーに対し、消費者側に一定の負担を強いる民事的規律(民法、消費者契約法)ではなく、公法的規制により公的機関が直々に介入できる手段を増やしたい、という当局関係者の思いは十分理解できるところではあるのだが、いきなり「消費者」そのものにダイレクトに生じる不利益を是正するために「独禁法適用」にまで踏み込むのは性急にすぎないか、というのが、自分の率直な思いである。
*2:①に関しては、「独占禁止法上は,例えば,①オンラインモール運営事業者が,オンラインモールを利用せざるを得ない利用事業者に対し,規約の一方的変更による利用料の値上げなどによって,不当な不利益を与えていないか,②オンラインモール運営事業者が,運営者と出品者の立場を兼ねる場合に,出店・出品の不承認,オンラインモール運営事業者として収集した消費者の個人情報や販売データの不公平な取扱いなどによって,自ら販売する商品と競合する商品を販売する利用事業者を不当に排除していないか,③オンラインモール運営事業者が,利用事業者に対し,オンラインモールでの販売価格又は品揃えを他のオンラインモールと同等又は優位にするよう求めることなどによって,利用事業者の事業活動を不当に拘束していないか,といった点が論点になり得ると考えられる。また,競争政策上の観点からは,オンラインモール運営事業者と利用事業者の間における取引条件の透明性が十分に確保されていることが望ましい。そのため,オンラインモール運営事業者による運用や検索アルゴリズムの不透明さなどといった点についても論点になり得ると考えられる。公正取引委員会は,今後,このような観点から,オンラインモール運営事業者側の事情も含め,更なる実態の把握を行い,独占禁止法・競争政策上の考え方の整理を進めていく。」(報告書7頁)、②に関しては、「独占禁止法上は,例えば,①アプリストア運営事業者が,アプリストアを利用せざるを得ない利用事業者に対し,規約の一方的変更などによって,不当な不利益を与えていないか,②アプリストア運営事業者が,運営事業者とアプリ配信事業者としての立場を兼ねる場合に,アプリの不承認などによって,自ら配信するアプリと競合するアプリを配信する利用事業者を不当に排除していないか,③アプリストア運営事業者が,アプリストアを経由しないアプリやサービスの提供を制限するなどして,利用事業者の事業活動を不当に拘束していないか,といった点が論点になり得ると考えられる。また,競争政策上の観点からは,アプリストア運営事業者と利用事業者の間における取引条件の透明性が十分に確保されていることが望ましい。そのため,アプリストア運営事業者による運用の不透明さなどといった点についても論点になり得ると考えられる。公正取引委員会は,今後,このような観点から,アプリストア運営事業者側の事情も含め,更なる実態の把握を行い,独占禁止法・競争政策上の考え方の整理を進めていく。」(報告書13頁)と、明確に独禁法上の規制の対象となりうる論点が明記されている。