改正民法(債権法)施行までに、これからすべきことと、すべきでないこと ~「契約書見直し」編

今年のGWがいつもにもまして長い連休になったことで、逆に、その間に、これまで手を付けられていなかった「大きな宿題」と向き合わないといけなくなった法務担当者も、世の中には少なからずいらっしゃるのではないかと思う*1

そして、今、多くの会社の方に共通する「大きな宿題」の一つが、2020年4月1日施行予定の平成29年改正民法(いわゆる「債権法改正」)にどう対応するか、ということではないだろうか。

平成29年改正法は、その前段の審議会での議論が5年以上にわたって続いた上に、改正要綱が出て国会に法案が提出されてからも大人の事情でしばらく寝かされていた、という経緯もあって、法案が成立した2年前の時点ですら、「改正の議論をしていた頃、頑張ってパブコメの下書きをしていた担当者は、既に異動してしまっていない」という話はよく聞かされたし、運よくそういう人がまだ職場に残っていても「すぐには中身を思い出せない!」*2という状況になっていることも稀ではなかっただろう。

中には、法案成立から施行までの周知期間が約3年取られたのをうまく利用して、その場にいたメンバーで地道に検討を続け、「いつ施行になっても大丈夫!」というくらいの対策を既に講じている、という会社もあるのかもしれないが、法案成立当時の緩んだ空気を考えると、むしろ、当時いたメンバーが「まだ3年もある」と高を括り、その結果、今になって「あれ、もう一年切ってる、どうしよう?」と慌てている会社の方がはるかに多いのではないかと推察している*3

既に『一問一答』や、様々な実務に使えそうな書籍も出ているから、その辺を使って何とかすればいいじゃないか! と開き直るのは簡単なのだが、仮に頑張って『一問一答』に書かれているレベルの改正法の概要を担当者が全て頭に入れたとしても、それをどう実務に落とし込むかについてはさらに検討を重ねる必要があるし、既に世に出ている契約修正のハウ・ツー本的な書籍のほとんどは、「ここをこう直したらよいのではないか」という様々な提案はしてくれている(それも、必要以上に親切に)ものの、残された時間の中でどう優先順位を付けていくか、とか、修正するにあたって社内外にどうアプローチしていけばよいか、ということまでは教えてはくれない。

・・・ということで、情報のインプットと平行して、来年4月1日に向けたアウトプットのやり方まで自分たちで考えていかないといけない、という“大仕事”を目の前にして、頭を抱えている担当者も多いことと思うのだが、そんな中、たまたまTwitter上のやり取りの中でご紹介いただいた書籍を読み、想像していた以上に、今後の進め方についてのヒントが書かれているな、という印象を受けたので、以下、内容を紹介しつつ、自分の思うところも少し綴っておくことにしたい。

「改正民法と新収益認識基準に基づく契約書作成・見直しの実務」

改正民法と新収益認識基準に基づく契約書作成・見直しの実務

改正民法と新収益認識基準に基づく契約書作成・見直しの実務

既述のとおり、「改正民法に対応した契約書見直し」の本は、昨年以来いろいろと世に出ているところではあるのだが、本書は、共著者がいずれも弁護士と公認会計士の両方の資格を兼ね備えている先生方、ということもあってか、会計・監査族的視点からの契約見直しやその進め方のアプローチを強く打ち出している、という点に大きな特徴がある。

その一つは、本書のタイトルにも如実に現れている「契約の見直しは、改正民法のためだけにやるものではない」という考え方で、冒頭の「はしがき」から、

民法改正の翌年にあたる2021年4月1日以後に開始する事業年度からは、収益認識基準が強制適用になります。」
「収益認識基準は、これまで実現主義に基づき曖昧に行われていた収益認識につき、契約書の内容を考慮して収益認識を行うこととされています。つまり、契約書の内容次第では、これまで企業が行っていた収益認識が認められなくなるおそれがあるのです。そのため、収益認識基準の観点からも、これまで用いていた契約書の雛形を修正する必要性は極めて高いといえます。」
「このように、近接したタイミングで契約書の修正が必要になることからすれば、改正民法に際して契約書を修正するタイミングで、収益認識基準をも考慮に入れて契約書の修正を行うべきでしょう。契約書の修正作業というビッグプロジェクトを毎年行うほど不効率なことはないからです。」(以上本書1頁)

と、同じ「4/1」でも、「2020年」だけではなく、「2021年」も重視すべき、ということが徹底的に強調されている。

今ここで新しい企業会計基準の中身を事細かに説明する能力は自分にはないし*4、本書の著者も、まさにこれに関する記述の部分を買って読んでほしい、と思っておられるはずなので、この点に関する記述はあえて引用しない。

むしろ、自分としては、もう一つの本書の特徴である、「契約書の修正のプロセス」に関する記述の方をここでご紹介したいと思っている。

まず示されている問題意識はこちら。

「改正により今までの民法がどう変わるのかといった議論や従前の契約実務にどう影響するのかといった議論はよく目にするものの、いったいどうやって契約書を修正していくのか、そのプロセスの議論はあまりされていないように思われます。」(本書12頁、強調筆者、以下同じ。)

そして、本書では、これを起点として、「改正民法の理解」→「自社の契約状況の棚卸し&類型化」→「契約類型ごとの影響度分析」という流れで、「メリハリをつけた対応」を行うための「影響度分析」の手法が、一節を割いて解説されているのである。

監査法人やその系列のリスクコンサルの方々が多用される「リスク(ベース)・アプローチ」をここで持ってくる、というのは、さすが法律と会計の領域を跨って活躍されている著者ならではの着想。そして、契約内容の類型化整理や、各項目ごとの影響度評価をどう整理していくか、といったやり方についてまで丁寧に書かれているから、これから実際に作業をする上でも参考になるところは多い。

他のコンサル等を入れたプロジェクトでもそうなのだが、この手法だと、規模の大きい会社になればなるほど、どうしても最初の「棚卸し」の作業が膨大になってしまうから、現実には、本書が指南するような方法で完全に対処できる会社は限られているし*5、加えて本書の「改正民法による契約書への影響」の章の記述にはかなり思い切った内容のものも多いので*6、こと「債権法改正対応」という観点からは、『一問一答』や他の類書も合わせて参照したほうが無難かもしれない。

ただ、契約書案を作成した後のプロセスとして、「社内交渉」の重要性まで説かれている点(本書34~35頁)や、協議先として「財務部」まで示されている点(本書37頁)*7などは、会社の仕事の流れをよく理解して書かれているな、という印象を与えてくれるし、契約書の雛形を修正するために「覚書」を用いる場合に「収入印紙」を貼る必要があるかどうか、といったところまで解説されている(本書29頁)のも本書ならではで、普通の弁護士が書いた類書と比較すると、いろいろと新鮮な気づきも多かった、ということは、改めて強調しておきたい*8

現時点での自分の考え

以上、ざっと参考図書を紹介させていただいた上で、最後に今自分が思っていることを書くことにする。


1年を切った時点であれもこれもとじたばたしても仕方ない、という現実的な状況認識を踏まえて、ということではあるが、私見としては、今回の民法改正に対応して、既に締結され、履行されている契約書の条項を積極的に修正したり、ましてや、いったん解除して結びなおす、というようなことは、極力しない方が良いのではないかと思っている。

理由は単純で、民法の契約関係規定のほとんどは任意規定だし、改正の趣旨を見回しても、保証契約等、一部のごく限られた契約類型を除けば、「実務に大きな影響を与えるものではない」というのが大前提になっているから、である。
変わるのはあくまで「デフォルト・ルール」であって、当事者間で異なる合意をすればそれはそれで有効、という建前になっている以上、解除に債務者の帰責事由が必要、という規定が残っていても全く問題はないはずだし、一部で話題になっている請負契約への割合報酬型規定の導入とか、(準)委任契約への成果報酬型規定の導入にしても、それに合わせて何かをしなければいけない、ということは全くない(そもそも、成果報酬型の準委任契約なんて、今でも山のようにあるわけだから、これらの改正に関しては何か新しい規律ができた、というよりは、一部の実務で行われていることを明文化した、という理解の方が正しいはずである)。「瑕疵」と「契約不適合」の間の言葉の問題にしても同様である*9

もちろん、これを機に、それまで不利な条件を押し付けられていた基本契約書を巻き直したい、とか、長年使われ続けてきてもはや苔が生えているような古い取引基本契約書を法務部門主導で現代風にアレンジしたい、といったような願望は少なからずあるだろうけど、そういう意図をもって既存の契約書を変えようとすると、社内でも社外でもかなりのエネルギーを使わないといけないわけで・・・。

そこに労力を使うくらいなら、違うところに割いた方が効率的なのでは?というのが、自分の意見である。

修正するのはこれから締結する契約に備えた雛形だけで十分。
・既存の契約書に対しては積極的には手を触れず、万が一取引相手から新たな契約書の結びなおしや覚書等による修正の要望が来た時にだけ対応する
・その際、対応がぶれないように、自社側の打ち返しのスタンスはあらかじめ決めておき、関係部門にも事前に説明しておく

まとめるとざっとこんな感じだろうか。

今後も、大手、中堅法律事務所のセミナーや各種出版物等で、「対応」の必要性が説かれ、ついでに企業担当者の危機感も煽られるケースが増えてくるかもしれないが、実務者としては、限られた時間と社内リソースの範囲内でどこまでできるか、ということを常に意識した上で、「無理はしない」「喫緊の必要性がないことにまでは対応しない」という割り切りをすることも大事なのではないかと思うわけで、その意味で、先ほど紹介した書籍のスタンスとは大きく異なるが、ここは「受け身の対応」を推奨しておきたいな(規模の大きい会社であれば特に)、と思っている*10

*1:子供の頃、夏休みの宿題がどうしても「やっつけ」になりがちだったのと同じで、下手にまとまった時間があるとかえって思考が分散して、結局今日くらいまでは何もやってなかった・・・!とため息を付いている人も相当数いらっしゃるだろうが、明日からでも遅くはない。

*2:ようやく迎えた改正民法成立の瞬間と、そこから生まれるカオス。 - 企業法務戦士の雑感のエントリー参照。まさに自分自身の話である。

*3:もちろん、自分の足元も、他社のことは全く言えない状況である。

*4:「収益認識に関する会計基準」とその適用指針はWebでも公表されている。企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」等の公表|企業会計基準委員会:財務会計基準機構 これらの内容や本書での解説を読む限り、「経営上のノルマを達成するために会計期末に無理やり売り上げを立てるような細工」をせず、自然体で売上を計上していた会社であれば、新基準の実務へのインパクトはそこまで大きくないのでは?と推察するところだが、こと契約書に関しては、法務サイドがよかれと思って施した修正(所有権や危険移転の時期をずらす等)が、事業部門や社内の財務・会計部門のイメージとずれないようにする、といった配慮は必要になってくると思われる。

*5:取引先の数が限られていて、契約の類型もある程度パターン化されている中小規模の専業メーカー、サービス事業者くらいかな、と思う。

*6:一例を挙げると、「契約をした目的」については「一義的に判断することができるよう」規定を充実させるべき、ということが随所で書かれている(72頁など)し、譲渡制限特約違反による解除は「権利濫用」になる、と言い切っている記述(94頁)もある。他の類書でもこのような見解が示されているものはあるが、いずれも有力な反対説も存在している項目なので、ここで何の留保もなく書き切られてしまうと、ちょっと引いてしまうところはある。

*7:本書では、あくまで「収益認識基準(対応)特有の修正プロセス」と説明されているが、対監査法人や税務当局への説明等に際し、財務部門が窓口になって契約(書)の考え方を説明しないといけない場合は多いので、ベースとなる契約書の雛形に手を付けるのであれば、各事業部門だけではなく、財務部門も協議先にすることは(会計基準に絡む話かどうかにかかわらず)必須だと個人的には思っている。

*8:なお、最後の章には、いくつかのパターンの契約書の雛形と解説も掲載されている。

*9:個人的には、「瑕疵」が何を指すかについて裁判例等が集積されている分野の契約の場合、あえて「契約不適合」に改める方がリスクが高くなるのではないか、とさえ思ってしまう。

*10:もちろん「受け身」といっても、現在の契約相手との協議がなくなるだけで、新しい契約向けの雛形を作るにしても、契約相手方からの要求への「打ち返し」を考えるにしても、平成29年民法改正の中身に関する相応の理解(又は一通り理解している専門家の助力)が必要なのはいうまでもないことである。