聞くべきは誰の声か?~海賊版サイト対策に関する識者意見に接して

今日は終日ちょっとした長い書き物(公表予定はないのであしからず・・・)をしていたこともあって、連休中に読みたかった著作権周りの本を読み逃してしまったのだが、ふと新聞に目をやると、日経紙の法務面にちょうど面白い感じのインタビュー記事が載っていたので、こちらからネタを拝借することにする。

「「漫画村」などの海賊版サイト対策のため、ネット利用者のアクセスを強制的に絶つブロッキング(接続遮断)や、著作物を違法にダウンロードする対象を拡大しようという議論が相次いで頓挫した。知的財産戦略本部文化庁の会議で法整備を模索したものの異論が噴き出し、今国会での法案提出には至らなかった。海賊版対策が必要という点は一致するのに意見の相違はどこにあるのか。有識者に問題の所在と解決への糸口を聞いた。」(日本経済新聞2019年5月6日付朝刊・第11面)

www.nikkei.com

この話自体は、法案提出が見送りになって以降、他紙でも、Web媒体等でもあちこちで取り上げられているから(特に規制容認派と反対派の方々のご意見は・・・)、トピックとしての真新しさはない。

ただ、この日経の記事で興味深かったのは、規制の当否以上に、立法について議論する「審議会」のあり方に関して考える、という視点がふんだんに盛り込まれていたことである。

特に渡部俊也・東大教授のコメントは、

「審議会の役割は「意見を述べること」であり、法律を発案する政府を補完する。両論併記にとどまったり、法案提出に結びつかなかったりすることもあり得る。重要なのは法改正に結びついたかではなく、有意義な議論ができたかどうかだ。」(同上、強調筆者、以下同じ。)

というところから始まって、事務局による委員の人選の重要性や、著作権の分野における利害関係者選定の難しさに言及されており、長年、議論を見守ってきた者としても、いろいろと考えさせられるところは多い。

こと、ここでテーマになっている「サイトブロッキング」や「違法ダウンロード規制」に関していえば、前者は選定された委員の方々のパワーがあまりに強力だった*1という要素が大きいし、後者に関してはそもそも議論がかなり拙速だったうえに、最後は、どちらかといえば「権利者」の側から慎重意見が出たことが法案提出見送りの決定打になった、という側面があることは否めない。

したがって、渡部教授や大渕教授が記事の中でコメントされているように「ネット上の利用者の声」が議論に直接的、決定的な影響を及ぼしたのか、と言えば、疑問なしとはしないのであるが*2、「権利者」、「利用者」の双方の側で、「誰が審議会の席に座る代表としてふさわしいか」を真面目に考えようとすると、この記事にもあるとおり、今後、より難しくなってくるのは間違いないだろう。


自分は、これまでも本ブログで繰り返し書いてきたように、世の中で今起きている様々な問題の解決を「立法」だけに委ねようとするのは、決して賢いやり方だと思っていないし*3、仮に「立法」にまで踏み込むのであれば、「声をたくさん上げた方に引きずられる」という発想ではなく、物事を中立的、客観的に見ることができる人たちをきちんと集めた場で議論して、論点を丁寧につぶしたうえで事を進めていくべきだろう、と思っている*4

だから、「審議会」の人選を考える上でも、「強い声を持っている利害関係者の代表」とか、「ネットをはじめとする世の中の声を逐一拾い上げる人」を入れるより、もっとロジカルに、冷静に、異なる意見の人ともかみ合った議論ができるような人を選ぶべきだ、と思っていて、権利者側にしても、ユーザー側にしても、世の中の意見を広くあまねく取り入れることが必要、というのであれば、(委員として入れるのではなく)参考人、意見陳述人として議論の場に呼んで話を聞けばよいではないか、というのが率直な意見である*5

著作権の世界に限らず、これまで立法過程で設けられていた審議会では、専門の研究者を委員会のコアメンバーとしつつも、「とりあえず関係しそうな利害関係者を全部突っ込んで、報告書に重みを持たせよう」(少なくとも委員を選出した団体には極力文句を言わせないようにしよう)という雰囲気がどうしても強かった。

だが、多くの審議会が傍聴可能となったり、個々の委員の発言が名前とともに公表されたりしている今の状況だと、利害調整が難しいテーマになればなるほど、審議会が〝ショープロレス”の場と化し、「事務局が設定した土俵の上で議論して熟慮した結果、収まるべきところに収まる」という展開が期待しづらくなってしまう。

本当に「有意義な議論」をして結論を出そうと思ったら、自分の「ポジション」を離れてある程度自由な思考で発言し、賛否を表明できるような立場にいる人同士で話をさせないといけない。

そう考えると、政治色の強いテーマはさておき*6知財分野のように「詰めるべきところは審議会できちんと詰めておいてほしい」テーマの立法は、研究者+特定の利益集団の色が付いていない実務家だけで進めた方が良い、ということになるはずだが、果たしてそういう方向に世の中が動いていくのかどうか・・・。

個人的には、あまり過度な期待を寄せずに、今後の行く末を見守っていくことにしたい。

*1:何といっても、審議自体をなかったことにしてしまう、という前代未聞の展開になってしまったのだから・・・。

*2:仮にどんなにネット上で「炎上」していたとしても、それだけだったら、知財戦略本部の検討会議でも何らかの結論までは出していただろうし、著作権法改正法案の提出が見送られることはおそらくなかっただろう。

*3:実務を行っている人間なら、まず既存の法律の枠組みの中で、その解釈や運用で乗り切れる方法はないか、ということを考えるのが先だと思っている。特に、著作権法のように民事色の強い領域の場合はなおさらである。

*4:その上で出てきたアウトプットに対し、民主主義の多数決原理の下で何らかの修正が加わる、というのであれば、それはそれで仕方ないことなので。

*5:これは、迷走した「フェアユース」の議論等を横目で見ながら痛切に感じていたことでもある。繊細な利益衡量が必要となる複雑な立法になればなるほど、議論の中心にはきちんとした人にいていただく必要がある、というのが、あの頃の混乱から学んだ教訓だと思っている。

*6:本当は国会での審議に象徴される「政治的な」議論自体、党派性に拘束されない各議員の自由な意思に基づいて行われるべき、というのが建前だったはずなのだが、それを今言っても仕方ないので、ここでは割愛。