「魂」は燃え尽きたのか?

正直言うと、最近の日本のプロ野球には、もはやほとんど興味を惹かれなくなってしまっているのだが、やはり自分と同世代の選手の「引退劇」となると話は別だ。

「日米で活躍、通算100勝、100セーブ(S)、100ホールドの「トリプル100」を達成した巨人・上原浩治投手(44)が20日、東京都内で記者会見し、「本日をもちまして、21年間の現役生活を終えたいと思います」と涙を浮かべながら、現役引退を表明した。」(日本経済新聞2019年5月21日付朝刊・第37面)

上原浩治、という選手は、バリバリの大阪出身ながら逆指名で巨人入りした時点で、長年虎ファンだった者としては全く応援できる要素のない選手だった。
しかも、学生時代はリーグ戦でほぼ無敵、全日本大学選手権でも好投してスカウトの目に留まり、国際大会でも好投して名を挙げた「超目玉」選手。

プロに入ってくる選手たちの多くが華々しく甲子園で活躍したり、関東、関西の名門大学でならした選手たち、ということを考えると、「高校時代は地区予選敗退の学校で控え投手、一般入試で一浪した末にさほど名門とは言えない地元の体育大学に入った」というあたりまでは共感できるところもあったのだけれど、その後のプロ入りまでの過程はあまりに順調で、しかもプロ1年目から華々しい活躍を遂げたこともあって、当時流行語にまでなった「雑草魂」という彼のシンボルワードも、自分はどことなく覚めた目で眺めていた。

そんな心境が変わったのは、シーズンを重ねるごとに、上原投手から読売巨人軍の選手らしくないな」という雰囲気がにじみ出るようになってきたからだろうか。

まず、ピッチングスタイルが、先発完投型の「大エース」だった頃から何となく軽い。
もちろん制球力は抜群だし、ストレートの切れが良いから三振もとれて、敵方のファンとしては絶対に出てきてほしくない投手の一人ではあったのだけれど、伝統的に、新人でも移籍組でも、いわゆる「本格派」タイプのピッチャーがかき集められる傾向が強い巨人*1の中では、″あまりオーラを感じない”という点で、自分は「巨人にしては異色だな」という印象をずっと受けていた。

そして、何よりも秀逸だったのは、入団して6シーズン目くらいから、毎年のように「メジャーに行きたい」と連呼していたこと。
巨人のエースとして最多勝2回、最優秀防御率2回、沢村賞まで2度受賞。
普通にやっていれば、その地位に安住できたはずなのにそれをしない。

結果、オフシーズンのフロントとの対立は、2009年にFAでオリオールズに移籍するまで定例行事として続くことになったし*2、その過程で、原辰徳監督から、おそらく本意ではなかっただろう「クローザー転向」の指令。実績は残したものの、「先発復帰」を直訴した翌シーズンは途中まで一軍登板もままならず・・・。

今思えば、メジャーリーグに挑むまでの、山あり谷ありの最後の数年こそが、上原投手の″雑草魂”の真骨頂だったような気がする。

もちろん、渡米後も一筋縄ではいかない。
オリオールズに迎えられた1年目こそ、先発ローテーションに入っていたものの、故障に見舞われたこともあって、翌年以降はもっぱらセットアッパー、時々クローザーといった感じでいいように使いまわされる。

一足先に渡米していた同期入団の松坂大輔投手が、先発で2ケタ勝利を挙げて活躍していたのと比べると、どうしても実績では見劣りしていたし、当時は「もっと早くメジャーに行っておけば良かったのでは?」という雰囲気の方が強かったように思う。

だが、継続こそ力なり。

日本から渡った先発力投型の他のピッチャーが故障禍でキャリアを中断する中、オリオールズ、レンジャーズとチームを渡り歩くごとに地位を確立し、3球団目のボストン・レッドソックスでは遂にクローザーに定着。ポストシーズンでも大活躍し、日本人史上初のワールドシリーズ胴上げ投手の栄誉まで手に入れた。

渡米2年目の2010年以降、米国でのラストシーズンとなった2017年まで、8シーズンも続けてコンスタントに投げ続けた日本人投手というのは他に例を見ないし、日本時代を上回る「436」という登板数と、95セーブ、81HPという数字、そして、日本時代を上回る防御率奪三振率の実績は、いくら評価してもし足りないことはないだろう。

記者会見で、「トリプル100(勝利数、ホールド数、セーブ数)」に関して、

「中途半端に先発も中継ぎも抑えもやってしまったかな」

とコメントしたと報じられていることからしても、米国での彼のポジションは、渡米前に自身がイメージしていたものとはだいぶ違ったのかもしれないな、と思うところはある。

ただ、先発へのこだわりを捨てて、ブルペンで自分のストロングポイントを徹底的に磨き上げた結果がMLBでの実働9年、という長期の活躍につながったことを考えると、アスリートとして生き抜いたそのしたたかさに感服するほかないし、日本でのその前の10年間よりも、この「9年間」に上原投手の本当の魅力(マウンドでの立ち振る舞いも含め)が凝縮されていたのではないか、と自分は思っている*3


カブスとの契約が切れ、ハラハラさせられた挙句、巨人と再契約する、という話を聞いた時点で、上原投手の残りのキャリアもそう長くはないだろうな、という予感はしていた。

巨人は、タイガースやドラゴンズのように功績のあるベテランを長く雇い続けるチームではないし、上原投手が昔いろいろあったチームに戻ることを決断した、という時点で、キャリアの終わりを意識したであろうことは素人目にも明らかだったから。

さすがに、同学年の高橋由伸監督が復帰後1シーズンで退陣する、ということまでは上原投手も想定していなかったはずだし、その後に、ベテランには極めてシビアな原辰徳監督が再び戻ってきたことも不運だったとは思うが、現実がそうなってしまった以上、遅かれ早かれ、昨日の記者会見のような場面が訪れることは避けられなかったはず。

それでも、この「5月」というシーズンが始まったばかりのタイミングで、上原投手が「引退」の二文字を口にせざるを得なかったのは非常に残念なことだと思うし、「雑草魂」を自認していたのであれば、国内外問わず他の球団にポジションを求める道を探ってでも現役にこだわってほしかった、という思いもあるのだが、少なくとも「今シーズン、上原投手がマウンドに立つ姿を見ることはできない」という現実を受け止めた上で、盛り上がっていくペナント争いを眺めた上原投手本人が「他のユニフォームを着てまたやりたい」という思いを取り戻してくれることを、自分はただただ願うばかりである。

*1:例外を挙げるとしたら桑田真澄投手くらいだろう。

*2:それでも結果的に喧嘩して飛び出すところまでには至らずに、FA権取得まで待った、というあたりが巨人の選手ならではなのかもしれないが・・・。

*3:もちろん、この間、彼が「巨人」のユニフォームを着ていなかった、ということも大なり小なり自分の評価に影響を与えているとは思うのだが(笑)。

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