最近の法律雑誌より~ジュリスト2019年6月号

本格的な月末モード、ということで法律雑誌も続々届いているわけだが、今回はどれも結構読み応えあるな、ということで、まずジュリストから。

ジュリスト 2019年 06 月号 [雑誌]

ジュリスト 2019年 06 月号 [雑誌]

生貝直人=曽我部真裕=中川隆太郎「鼎談 EU著作権指令の意義」*1

今月のジュリストは、決して知財特集号ではないのだが、冒頭からかなりのボリュームで掲載されているこの鼎談をはじめ、全体的に知財色が強い構成になっている。

特に「EU著作権指令」*2は、ここしばらくインターネットコミュニティではかなり話題になっており*3、議論の末、今年4月に承認、5月17日に官報掲載されたばかりの極めてホットなトピックで、このテーマに関して一般法律雑誌であるジュリストが、ここまでしっかりとした企画を打ってくれた、というのは、知財業界的にも実に画期的なことだと思われる。

内容的にも、15条(Protection of press publications concerning online uses、記事中の訳は「プレス隣接権」)、17条(Use of protected content by online content-sharing service providers、記事中の訳は「フィルタリング条項」)の解説を中川弁護士が、権利制限規定の解説を生貝准教授が担当した上で*4憲法学者の曽我部教授も交えて、「著作権者の保護(利益分配含む)と利用者(の表現の自由)の調整」という大きなテーマを軸に骨太な議論がなされていて、実に面白い。

以下、少し長くなってしまい恐縮だが、後日の筆者自身の備忘を兼ねて、項目ごとに気になったところを引用しておきたい。

■15条関連(プレス隣接権条項)

報道機関が適正な収益を確保できるような何らかの仕掛けというのは、現在の状況としては不可欠だと思っています。」
「民主主義社会の中で報道は不可欠な役割を果たしますので、以前のようなビジネスモデルが成り立たなくなった現在において、どういう形で信頼できる報道を支えていくのかというのは、大きな問題になっていると思います。」
「もう1つは、表現の自由との関係で言うと、(中略)一般の個人ユーザーが委縮してしまうのではないかという批判が非常に強くなされていると聞きます。ただ、規定上は、これも先ほどお話があったとおり、かなり配慮をされていて、冷静に条文を読む限りは、あまりそういうおそれはないのではないかと思います*5。しかし、萎縮効果に関しては、文言だけではなくて、規制がどのようなものとして受け取られるかが重要ですので、条文上の工夫がされたからといって、それが一般ユーザーに伝わらず、結果として萎縮が生じてしまえば、やはり問題だということになりますので、その辺について注視が必要かと思います。」(以上、曽我部発言、前掲52~53頁、強調筆者、以下同じ)
「もはや各加盟国単位では、グローバルなプラットフォーム事業者と十分な交渉を行うことができない。本指令によるプレス隣接権の導入には、EU全体が結束して交渉力を高めていこうとする目的もあるのだと思います。」(生貝発言、前掲54頁)
EU全体となると、かなりの数の権利を処理していかなければいけないということになるので、その交渉を含めた手間やコストというのは相当掛かってしまうだろうと思います。(略、12条の集中管理団体の管理権限範囲の拡大規定に言及)まだ取組はこれからだと思うのですが、今後この指令が発効すると、いろいろなステークホルダー同士の協議が始められるのではないかと理解しております。」(中川発言、前掲54~55頁)

■17条関連(UGCフィルタリング条項)

「適法利用が最終的には救済されるとしても、一旦、自動処理ではじかれてしまうと、例えばアカウント停止になったりするわけで、結局、萎縮効果が発生する懸念はあります。そうなってしまうと、実質的には適法利用、あるいは表現の自由に対する制約が出てくるかと思います。逆に、事前のフィルタリングを緩め過ぎますと、こういう仕組みを導入する意義が減殺されてしまうので、事前の自動処理によるフィルタリングと事後の救済の仕組みとのバランスが気になるところです。」(曽我部発言・前掲58頁)
EUは共同規制の枠組みで、きちんとステークホルダー間で協議するということが仕組み上、取り入れられているところですので、その辺りを全体として捉えないと、単純にノーティス・アンド・ステイダウンのところだけがつまみ食いされるとちょっと危険だなと思っています。」(中川発言・前掲60頁)
EUのスタンダード作成路線がもたらす、我が国への立法的な影響というのも今後、様々な議論をしていく必要があるのだと思います。」(生貝発言・前掲60頁)

■権利制限規定

「(日本の判例について)著作権を守るほうについては、創造的な判例が展開しているわけですけれども、表現の自由については、明示的にほとんど考慮されない状況があり、そこは非常にバランスを欠いているかと思います。」(曽我部発言・前掲62頁)

思えば、ここ数年、EU域内だけでなく、日本でも米国でも「デジタル社会における著作権」のあり方について、激しい議論が繰り広げられてきていた。
その成果は、日本では「平成30年著作権法改正」という形で結実したが、既に様々なところで指摘されているようにまだ制度化には至っていない事柄も多数あるわけで*6、その意味で、今回EUが出した一つの「回答」から得られる気づきは多々あるのではないか(それがEUエリートの思惑通り「グローバルスタンダード」になるかどうかはともかくとして)、と思うのである。

いずれにしても、良記事が多いジュリストの中でも、極めて秀逸な企画だと思うので、著作権周りにご関心のある方には、是非ご一読をお薦めしたい。

なお、本号では、いつもの「知財判例速報」(小林利明「商品形態模倣とモデルチェンジ後の商品の保護範囲」(知財高判平成31年1月24日)ジュリスト1533号8頁(2019年))のほかに、弥永先生の「会社法判例速報」(弥永真生「他人と誤認されるおそれのある商号の使用と『不正の目的』(知財高判平成31年2月14日)ジュリスト1533号2頁(2019年))や、「商事判例研究」(高野慧太「写真に基づく絵画制作と翻案の成否、題材としての価値と損害-舞妓写生会事件」(大阪地判平成28年7月19日)ジュリスト1533号108頁(2019年))にも知財系の判例評釈が掲載されている。

また、レギュラー連載の「知的財産法とビジネスの種」では、鼎談にも登場されている中川隆太郎弁護士が、商業建築デザインに関して、知財諸法による保護の実態と、昨今の法改正の動き等をコンパクトにまとめられており(中川隆太郎「商業建築デザインの保護と利用のバランス」ジュリスト1533号90頁(2019年))、こちらも資料価値は高い*7

読み終えた時に、本号が「知財特集号」のように思えた理由も、その辺にある。

特集 PPP/PFIの現在

これもジュリストらしい渋い企画で、メインの記事は、今や最高裁判事になられた宇賀克也・前東大教授が司会を務める座談会(宇賀克也[司会]=赤羽貴=榊原秀訓=寺田賢次=濱田禎「座談会 20年目をむかえたPPP/PFIジュリスト1533号12頁(2019年))。
自分が大学院に籍を置いていた21世紀の初め頃は、実務家教員が開講していた講座の中に「PFI」をテーマをするものも多く、導入当初はそれだけ日本国内での期待も大きかった、ということだろう。

座談会の中でも紹介されているように、モデルにした英国でPFI自体が下火、というか、世論の攻撃を浴びまくってほぼ絶滅の危機に瀕している、という実態は率直に見つめる必要があるし、法制度上「行政」と「それ以外」の間のギャップが大きい我が国で、民間のリソースを公共施設の運営に活用することの難しさも認識する必要はあると思うのだけれど、自分は民間に委ねるべき公共施設や社会インフラはまだまだあると思っているし、行政機関が「直営」するものと「民間委託」するものの選別や、委託する場合にサービスの質を下げずに効率的に運営させるためのインセンティブを与える仕組みづくり、といったところももう少し考えていく必要があるのではないかと感じている。

どこまでが「法」の役割なのか、というのはなかなか難しいところではあるのだけど、英国でも、上記のような役割分担やインセンティブ付与ルールは、すべて国・自治体と運営事業者との間の「契約」で決まっている、ということを考えれば、いわゆる行政法的アプローチを超えたところにまで踏み込んで、議論の幅を広げていかないといけないのではないか、と思うところである*8

連載 新時代の弁護士倫理

前号では、末尾の「研究者の視点から」のコメントがかなり強烈だったこの連載*9
今回は「弁護士報酬と預り金管理」をテーマに、引き続き座談会が行われている(高中正彦[司会]=石田京子=加戸茂樹=山中尚邦「弁護士報酬と預り金管理」ジュリスト1533号64頁(2019年))。

「弁護士報酬」に関しては、

「旧報酬規程と異なる独自の報酬体系を作るということは実際には容易ではありません。やむを得ない面もあるのではないかと思います。」(加戸発言・前掲65頁)

といったトラディッショナルな弁護士の実態から、一部の大衆系大型法律事務所の

「インターネット広告で広く事件を集めてくることができる弁護士は、広告中で弁護士報酬を分かりやすく掲載していることが多いと思いますが、逆に言うと、弁護士報酬について定額制など算定の容易な方式を採用しなければ顧客の勧誘ができないという関係にもあると思います。」(山中発言・前掲65頁)

という状況まで*10、現状が生々しく描かれているし、「債務整理事件処理の規律を定める規程」において、独禁法の抵触問題を回避して「上限規制」を盛り込んだ経緯や、「完全成功報酬制(コンティンジェント・フィー)」を認めるかどうかの議論等、興味を惹かれる内容は多い。

「1皿幾らという回転寿司屋のような明朗会計をするためには、定型的にせざるを得ないのですが、他方で仕事を定型的に処理するのは、それはそれで問題があるとされています。そこが弁護士業務のジレンマではないかと思います。」(加戸発言・前掲77頁)

というコメントに、弁護士報酬に関するすべての問題点が集約されているように自分は感じたし、自分自身、これから「自分の仕事にどれだけの値段を付けるのか?」ということを自問自答していかないといけない身だけに軽々にコメントしづらいところはあるのだが、弁護士だけでなく、「弁護士に依頼する人々(そして支払うフィーにいつも悩まされている人々)」にこそ読んでほしい記事だな、と思った次第。

なお、今回の「研究者の視点から」は比較的穏当なコメントに収まっているのだが、大澤彩教授の論稿(大澤彩「弁護士報酬と依頼者の『弱み』」ジュリスト1533号79頁(2019年))が、消費者契約法規制の枠を飛び越えて、

「事業者が依頼者である場合にも報酬の想定困難性は存在しうる。契約において一方当事者に存在する『弱み』は、時に『事業者』にも存在することから、『弱み』=消費者法の問題としてとらえるだけでは不十分であることを示している。」(79頁)

とまで踏み込んでいるのは、また別の意味でアグレッシブ、というべきなのかもしれない*11

*1:ジュリスト1533号ⅱ頁、52頁(2019年)

*2:DIRECTIVE (EU) 2019/790 on copyright and related rights in the Digital Single Market and amending Directives 96/9/EC and 2001/29/EC、 https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:32019L0790&from=EN

*3:例えばYou Tubeは、現在でもhttps://www.youtube.com/saveyourinternet/のようなキャンペーンを行っている。

*4:これらの解説も制定経緯を含めて非常にわかりやすく書かれている。

*5:本稿では、15条1項では、「適用されない場合」として以下の場合が明確に規定されていることが指摘されている。”private or non-commercial uses of press publications by individual users.””acts of hyperlinking.””in respect of the use of individual words or very short extracts of a press publication.”

*6:特に適正な利益配分に関する仕組みづくりに関しては、長らく停滞している印象がある。

*7:なお、中川弁護士は著作権法46条2号を根拠に「建築デザインが著作物でも、その写真を絵はがきとして販売するなどの行為につき著作権咎めることは、原則としてできない。」(前掲90頁)とさらっと書かれているが、絵はがきにしたくなるような建築物の場合、「美術の著作物」の要素を備えていることも多い(というか、「美術の著作物」から明示的に除外される、と判断する根拠がない)ことから、実務上は、法46条4号(「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合」)を拡大解釈して自制するか、許諾をもらいに行くことの方が多いのではないかと思う。蛇足ながら。

*8:既に日本国内でも、コンセッション契約の実例等は多々出てきているのだから・・・。

*9:最近の法律雑誌より~2019年5月号(ジュリスト、法律時報) - 企業法務戦士の雑感

*10:他に「事件受任前の法律相談料は無料という流れが相当程度に普及している」という状況等も指摘されている。

*11:個人的には、事業者から委任を受けた事件の報酬額についてまで外から介入するのは、さすがに行きすぎだと思っているのだけれど。

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