受け継がれる「天才」の系譜と、そこにある一抹の不安。

彼の名は、もちろん、バルセロナの下部組織に入団した時から知っていたのだけど、日本に復帰してまだ4年。
雌伏の時を経て、ようやくJリーグでも代表でもトップのカテゴリーに顔を出せるようになってきた・・・というくらいの状況で、まだしばらくは日本を舞台にするのだろう、と思っていただけに、このタイミングでの発表は大きな衝撃だった。

「サッカーの日本代表MF久保建英(18)がJ1のFC東京からスペイン1部リーグのレアル・マドリードに完全移籍することが決まり、14日に両クラブから発表された。関係者の話では5年契約、年俸は2億円超とみられる。Rマドリードの公式サイトによると、来季は2部B(3部相当)のBチームに所属するが、世界一の名門クラブでトップチームに昇格し、活躍できるか注目される。」(日本経済新聞2019年6月15日付朝刊・第33面)

正直に告白すると、自分は、まだ彼のプレーを、スタジアムではおろか、テレビ映像を通じてすらほとんど見たことがない。
今季に入ってからのJリーグでの活躍ぶりや、先日の代表、エルサルバドル戦でのプレーは、あちこちで絶賛されているのだけれど、自分の持っている知識は、あくまで文字ベースのものでしかないから、どれだけ凄いのか、という実感もまだ持てていない。

前号の特集になるが、久保選手が表紙を飾ったNumber誌の特集タイトルが「日本サッカー天才伝説」だった。

久保選手の特集記事も掲載されているし、彼と近いU-20くらいの世代の選手たちも紹介されているのだが、同時に取り上げられているのが、小野伸二中村俊輔中田英寿前園真聖といったかつて一世を風靡した選手たち。

そして細かい記事の中には、菊原志郎選手とか、財前宣之選手といった、Jリーグ創設直後の日本サッカーに熱狂していた者にしか通じない「天才」たちも登場する。

その後数々の実績を残したにもかかわらず、1999年夏のシドニー五輪予選での負傷・長期離脱を「あれを境にすべてが変わってしまった」と評する小野伸二選手のコメントにはかなりのインパクトがあるし(北條聡「史上最高の天才の回想/小野伸二」Number979号42頁)、「天才肌で、人一倍努力をする選手を、ほとんど見たことがない」という槙野智章選手が「そういう選手って、壁にぶつかると脆いんですよね」と評するくだり(飯尾篤史「僕がヤラれた天才たち/槙野智章」Number979号64頁)もなかなか辛辣で身につまされるところはある。

ただ、共通しているのは、天賦の才能で名声をほしいままにしていた選手も、努力で「天才」と評される域に駆け上がっていった選手であっても、欧州の大舞台では真の意味でのトップにまではたどり着けなかった、という現実。

元々スペイン、それも名門バルサカンテラで育まれた素地があり、しかも国際移籍解禁のタイミングで名門クラブに移籍する機会を得た久保選手は、これまで欧州リーグに挑戦した日本人選手たちの中では、最も恵まれた形でスタートを切ることができるわけで、当然、周囲の期待もこれまで以上にヒートアップすることになるのだろうけど、クラブ内での競争に加え、この先、A代表U-23でもフル稼働することが予想される状況で、彼の伸びしろがどこまで発揮されるのか・・・?

一つの怪我で選手生活が大きく暗転した選手は枚挙にいとまがないし、監督との相性一つで活躍できる旬を逃した選手も決して少なくない、そんな厳しい世界をくぐりぬけて、彼が欧州サッカーの頂点にまでたどり着けるのであれば、日本サッカーを愛する者にとって慶事であることは間違いないのだが、今はとにかく、まず久保選手のスタートが平穏無事に切られることを願うのみである。