それでも「オープンイノベーション」に固執する意味はあるのか?

日経法務面に掲載された、渋谷高弘編集委員の以下の記事を読んだ時から報告書の中身の想像は薄々付いていたのだが、実際読んでみたら思った以上に酷かった・・・。

「政府の知的財産戦略本部は、大企業がベンチャー企業と組んで革新に挑む「オープンイノベーション(OI)」が苦戦している現状を報告書にまとめた。担当者や経営者、既存組織の意識に問題があり、失敗するケースが多い。関係各者のマインドを企業が診断するリストも記し、意識転換を促している。」(日本経済新聞2019年7月1日付朝刊・第13面、強調筆者、以下同じ。)

ちょっと分かりにくいが、「報告書」は知財戦略本部のホームページの中((私が見つけたのは6月21日に開かれた本部会合の参考資料として(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/190621/gijisidai.html)にアップされている。

ずばりタイトルは、「ワタシから始めるオープンイノベーション」。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/190621/sankou.pdf

そしてタイトル同様、中身も、役所の審議会の報告書らしからぬユルい文体で書かれていて、それがまた不自然な違和感を生み出している。

内容に関しては、上記記事の中でも要約されているし、そんなに長大な報告書でもないので実際に目を通していただくのが早いと思うのだが、端的にまとめると、

「オープンイノベーションを推進する側の大企業の経営者、担当者がなってない」
「『エセOI(オープンイノベーション)』ではだめだ。大企業サイドでマインドを変革しろ」

といった感じである。

おそらく議論を始めた時点での問題意識としては、”お上”側だけでなく、やり玉に挙げられている大企業サイドからも「『オープンイノベーション』と叫ばれて久しいし、それなりに時間と金をかけてるんだけど、何かうまく行っている実感がないなぁ・・・」というぼやきは出ていたのだろうし、それゆえか、報告書12頁以下でまとめられている「エセOIの典型例」での描写は実に的確だ*1

また、”対処法”に関しては、「事業組織全体」の話と、「人事部門」における評価基準の話をリンクさせたうえで、「知財部門」のあるべき姿を問う、という構成になっていて、その発想自体は決して悪いものではないと思う*2

だが、この報告書全体を通してみると、やはり底知れぬ違和感を抱かざるを得ない。

その理由は単純で、この報告書が冒頭で掲げている以下の問題意識が、万人がイメージできるものになっておらず、また、万人に共感を得られるものにすらなっていないからである。

「我が国においても、既に OI の重要性が認識され、それを促進するために様々なアプローチが採られているにもかかわらず、社会にインパクトを与える実質的な OI の実例が次々と生まれているという状況には至っていない。」(報告書ⅱ頁)

「形だけ」のものではなく、何らかの「実質的な」アウトプットを得られるものにすべき、という問題意識は分かる。
だが、その両者を分ける評価尺度は何なのか?

「社会にインパクト」とあるけど、メディアで報道されればそれでよいのか? それとも、GAFAのように本当に世の中を変革するようなものを求めているのか?
後者を目指して高い理想を掲げるのは大いに結構だが、最先端を行くとされている米国ですら、そのレベルにまで達するイノベーション事例なんて、確率コンマ数パーセントの世界なのではないか・・・? 等々、冒頭から突っ込みどころが満載。

しかも、それを元に出てくる”対処法”は、もっぱら「マインド」の問題に収斂されてしまっている。
オープンイノベーションの成果が大きく膨らまない背景には、他にも様々な要因*3があるにもかかわらず・・・。

今の時代、この国で生きている人々が、5年先、10年先に現在と同じレベルの生活水準を維持していくために、あらゆる産業で不断のイノベーションが必要、ということに異を唱えるつもりはない。

ただ、その手段として「オープンイノベーション」というプロセスが最適か?と言えばそこには議論の余地があるし、「オープンイノベーション」の取り組みから常に華々しい成果を出さないといけないのか?という点にも疑問がある。

自前の研究開発部門を全く持たない企業であればともかく、社内に一定レベルの技術の蓄積があり、開発を担える人材の頭数も揃っている会社であれば、「外部の価値観との融合」に全面的に依拠しなくても、適度な”刺激”を与えるだけで、自社開発でのイノベーションを引き起こせる可能性だってあるわけで、「オープンな連携では目に見える成果が出なかったが、自社開発でブレークスルーが起きた」ということでも十分OIに取り組んだ目的は達成できる*4

そして、それを「エセOI」などと批判するのは、組織の中で長年地道に知見を蓄えてきた技術者、開発者に対してあまりに礼を失した態度だといえるだろう*5

この報告書をメインで起案された方は、「価値共創」「価値デザイン」といった思想の下、”あるべきオープンイノベーション”の確固たるイメージを持っておられるのだろうし、役所は役所で、「オープンイノベーション」を国策として打ち出している以上、「華々しい成果」が欲しい、というのも分かる。

とはいえ、「報告書」の形でわざわざそれを形にして、偏った視点からの「マインド」を押し付けることにどれだけの意味があるのか。
そして、この報告書に書かれているような内的動機やマインドセットを持たなければオープンイノベーションをやっていることにならない、というのであれば、そもそも「オープンイノベーション」というプロセスにこだわる必要すらないのではないか、という声が出てきても不思議ではないような気がする*6


最後になるが、自分も、この報告書の中で強調されている「組織の枠や既存のフレームを超えて新たな価値を生み出す」という考え方自体には共感するところが多い。

ゆえに、今行われている「オープンイノベーション」のような中途半端なスキーム*7を超えて、既存の大企業の中から研究開発部門やエッジの利いたサービス部門がどんどんスピンアウトしていくような時流を創り出していくことの方が大事だと思っていて*8、どうせ「夢」を描くのであれば、今度はそこまで踏み込んでほしいものだ、と切に願うところである。

*1:各社の「出島」族が見たら、”あるある”と盛り上がることは間違いない中身だと思う。

*2:改めて後述するが、ここに書かれている「各論」そのものも、報告書全体の文脈から切り離して眺める限りにおいては、何ら反対すべきところはない。むしろ、現代人のあるべき行動規範としての理想を行っている、というべきだろう。

*3:参画するベンチャー企業側の人的・組織的な問題とか、そもそも「見せ方」が上手な割には基礎的な技術力が不足しているとか・・・。

*4:他にも開発の「壁」になっていた社内の抵抗勢力をいなすために、「オープンイノベーション」の錦の御旗を借りてフィールド試験での展開等をやってみた上で、満を持して自社開発サービスを前線に投入する、というやり方だってある。要は、どんな施策も使い方は様々でよい、ということである。

*5:もちろん「OI」の意義・目的に関して、経営トップと開発部門長、現場の担当者それぞれが異なるイメージで臨んでしまうと、OIで成果を出すことはもちろん、自社開発にとっても無駄な時間を費やすことにしかならないので、「実質」を追わないなら追わないで、そういう方向での意思統一をしておく必要はあるが。

*6:とはいえ、周りの会社が皆やっていることを自分たちはやらない、と判断するのも、同調圧力が強い日本社会ではまた難しいわけで、すぐに方向性が変わる、ということにはならないと思うけど・・・。

*7:既存の大企業の事業部門とベンチャー企業が提携する、という構図だと、仮に「報告書」に描かれた通りのマインドセットの転換が果たされたとしても、所詮、到達点には限界があるので。もちろん、大企業側でベンチャーを自社内に統合する、とか、逆に「小が大を飲む」形での再編まで行われるのであれば、さらなる発展の可能性は生まれてくるのだが。

*8:それが企業主体の「戦略的」な動きとして実現するのか、それとも自壊的な「人材流出」の結果として起きるものかはともかくとして・・・。