3年の空白を埋めるために。

先月末に知財特集が組まれた「法律時報」のレビューをアップしたのだが、

k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

そこに掲載されていた広告と奥邨先生の論文に影響されて、速攻で取り寄せたのが、以下の書籍だった。

年報知的財産法2018-2019

年報知的財産法2018-2019

このAnnual Report、かつては「知財年報」の時代からずっと毎年買い続けていたのだが*1、3年前、職務発明に関する特許法改正を取り上げた「2015-2016」版*2を購入して以降、しばらく手を伸ばせていなかった、というのが正直なところで、今回手にするまでの間に、実に3年(以上)の空白・・・*3

だが、開いてみたら、やっぱり宝の山だった。

特集(平成最後の2大知財法改正)として組まれている著作権法不正競争防止法改正の解説も、判例解説も、そして、毎年連載されている「動向」シリーズも。

全部ご紹介したいのは山々だが、さすがにそれを全て書き切れる自信はないので、以下では、特に「特集」の論稿2本に絞って取り上げてみることにしたい。

田村善之「限定提供データの不正利用行為に対する規制の新設について-平成30年不正競争防止法改正の検討」(28頁以下)

やはりここは、「法律時報」の奥邨論文で多々引用されており、本書購入のきっかけにもなった田村先生の論稿から。

冒頭で、

「本稿では、既存の法制度による規律の限界について一瞥したうえで、立法論としてビッグ・データの利用行為に対する規律に関する選択肢としてどのようなものがありえたのかということに言及し、最後に、限定提供データの不正利用行為を規律する今般の不正競争防止法の内容と論点を検討することにしたい」(28頁)

と書かれている通り、本稿は、ビッグ・データに関して、特許法著作権法、一般不法行為法による保護の限界を一通り解説した上で、立法論のアプローチを紹介し、それを踏まえて改正内容の各論部分の解説を行っているため、新たに導入された要件の意義や全体の規律の中での位置づけを考える上では非常に適した解説だといえる。

そして、くすぶっている実務者サイドのモヤモヤに応えてくださっているかのように、出来あがった改正法の内容に対してもかなり辛辣なコメントが随所に登場する、というのが非常に印象的である。

ビッグ・データを念頭においた行為規制を世界に先駆けて新設するほどの必要性を示す立法事実が、本当に存在したのかということについては疑問なしとしない。実際、立法過程では、過度にデータの利用行為が委縮しないように慮る声も強く、その結果、保護の制度は新設されるにいたったものの、規制されるべき行為類型は、後述するように、相当程度に(ときとして隣接する行為類型間で平仄があわないほどに)刈り込まれることとなった。」(31頁、強調筆者、以下同じ)*4

「2条7項括弧書きは、『秘密として管理されているもの』を保護の対象から省いている。営業秘密の不正利用行為規制との交通整理を企図するものであろうが、立法論として疑問を覚えざるを得ない要件である。」(35頁)

このうち、後者は、まさに奥邨論文において引用されていた部分でもあるのだが、「管理されている対象が『秘密』かどうか」という点に着目する奥邨教授の見解とは異なり、田村教授は「公知となることを予定していない場合には、秘密管理をなしていると解すべきであろう」(35頁)と、「管理」性の要件解釈をこれまで以上に緩めることで、保護の間隙を少なくすることを意図されているようである。

おそらくその底流には、「営業秘密」に基づく保護が認められるのであれば、わざわざ新設された限定提供データ保護の規定を用いずとも良いではないか*5、という発想があるのだと思われるし、自分も、元々は「本当に商業的価値のある蓄積データなら、普通の会社は秘密管理の対象にしているだろう」と思って一連の改正の動きを不可解なものとして眺めていた側なので、このような考え方の方がしっくりくる。

残念ながら、その後出されたガイドライン(「限定提供データに関する指針」)*6では、この点につき、「これらの措置(筆者注:ID、パスワード管理や、第三者開示禁止等の契約条項)が対価を確実に得ること等を目的とするものにとどまり、その目的が満たされる限り誰にデータが知られてもよいという方針の下で施されている場合には、これらの措置は、秘密として管理する意思に基づくものではなく、当該意思が客観的に認識できるものでもない。したがって、そのような場合には、法第2条第7項の限定提供データの定義に規定される「秘密として管理されているものを除く」の「秘密として管理されている」ものには該当しない」(ガイドライン13頁)と記されており、むしろ「管理」性のハードルを上げることで、新設条項の活用範囲を広げようとしているかのようにも見えてしまうのだが*7、実務サイドであえて”弱い”規律の方を選択する合理的な理由は全くない。ゆえに、今後、具体的なあてはめの必要性が生じた場合には極力合理的な結論を導ける方に寄せて解釈されることを願うばかりである。

他にも、請求権者に関して、

「限定提供データに関わる多数の関与者のなかで、限定提供データに関する財産権を帰属させるべき者は誰かという観点から、請求権者を確定しようとするアプローチは採用すべきではない。そのような解釈は、誰にライセンスを求めれば足りるのかということを不明確とし、データの使用、流通を過度に阻害するおそれがある。」(41頁)

と述べられている箇所なども実務上は非常に興味深いところで*8、田村教授の解釈は、「第三者から見た時の分かりやすさ」という点では優れている一方で、ビッグデータの「提供元」の会社にとっては結果的に酷な解釈になってしまうこともあるのかな、と思っている。

いずれにしても、実務上のプラクティスが固まるまでは、まだまだ紆余曲折ありそうなテーマだけに、その出発点として、是非とも目を通しておきたい論稿である。

上野達弘「平成30年著作権法改正について」(1頁)

こちらは、このブログでもたびたび紹介してきた平成30年著作権法改正の解説だが、上野教授の単独執筆、しかも、一般的な法律雑誌等に比べるとはるかに充実したページ数(全27頁)が確保されていることもあって、内容的にも非常にきめ細やかな解説となっている*9

解説の中身に関しては、実際に買って読んでいただくのが一番だと思うので割愛するが、個人的には、25頁以降にちりばめられた、今回の改正に対する上野教授の「評価」コメントの中に印象に残るフレーズが多々あったので、ここでご紹介しておくことにしたい。

「今回の改正は、わが国全体で行われた長年の議論の集大成と言うべきものである。」(26頁)
「今回の改正は、一種類の『柔軟な権利制限規定』を設けたわけではなく、『柔軟性が高い規定』と『相当程度柔軟性のある規定』という柔軟性の程度を異にする複数の規定を生み出したものである。そして、後者に当たる新47条の5第1項3号については『政令指定を条件とした受け皿規定』という新しいスタイルの権利制限規定となっている。これは、立法や司法による規範形成とは異なり、行政が関与する新たな規範形成の手法と評価できるように思われる。」
「一般に、わが国の立法は時間を要するものであり、これに対する批判もあるが、時間をかけて慎重審議した結果として生み出されるわが国の立法は、それなりの工夫とアイディアに満ちていることが少なくないように筆者には感じられる。」(以上26頁)

慎重な言い回しながら、”成し遂げた”という興奮に満ち溢れているこれらのコメントは、僅かではあるが、今回の改正の裾野の方でかかわった自分の心にもすごくよく響いた。そして、上野教授が最後の最後に記された以下のフレーズにも、自分は全面的に共感するものである。

著作権法にとって、[権利保護]と[利用促進]のバランスをいかに実現するかというのは永遠の課題である。しかし、今回の改正は、その調整に多様な手法があることを明確に示した。やや大げさかも知れないが、これを機に著作権法の制度論は”新時代”に入ったと言えるのではなかろうか。そのような意味で、今回の改正が平成時代の締めくくりを飾る『大改正』であることを強調して、筆を置くことにする。」(27頁)

おわりに

以上ご紹介した通り「特集」だけでもこれだけ充実していた昨年度の年報を、発行の時点で、いや、遅くとも元号が変わる前に読めていたら、もっと感慨深かっただろうな、と思うと、ちょっと惜しいことをした気分になる。

また、残念なことに、以前は「復習」的な意味合いで眺めていた「判例の動向」は、今や完全に”新しい知識のアップデート”のためのものになってしまっているし、「学説の動向」に自分が関与した論文等が載っているのを確認する、というかつてのひそやかな楽しみも、今回の版に関しては全く味わうことはできなかった。

ただ、環境が変わって、時間のゆとりもできて、頭もちょっとリフレッシュしている中で、先般から読んでいるあれこれと合わせて、よい知的刺激を得られたのは間違いないところなので、ここから再び、「走りながら学ぶ」スタイルを取り戻せればよいな、と思っているところである。

*1:Annual Report - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~参照。

*2:知的財産法制のこれから、を占う新春の特集。 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~のエントリーの最後の方で、中山一郎教授の当時のコメントを取り上げている。

*3:仕事上、知財の分野とのかかわりが全くなくなっていたわけではなかったのだが、それ以外のジャンルの仕事の負荷があまりに重かったうえに、社外のハイレベルな議論の場から一歩引いたタイミングとも重なってしまったことが、この「空白の時間」を招く結果になったことは否めない。

*4:なお、田村教授自身は、「技術的制限手段に対する不正アクセス行為自体に対する規制を中心とした対策から着手すべき」(31頁)と考えておられたようで、そのような観点から、従前の規制の拡充ではなく「新たな行為類型を設けて規制」した今回の立法手法に対しては、厳しい目を向けられているようである。

*5:両者の「区別」に関する35頁脚注27も参照。

*6:https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31pd.pdf参照。

*7:なお、田村教授ご自身が本稿の中で「いくつかの論点で、ガイドラインの採用する解釈は筆者の見解と異なるものとなる予定である」(33頁脚注21)と述べられている。

*8:所管官庁の経産省自体、平成初期の営業秘密保護規定導入以来、この部分の解釈(保護すべきは本源的保有者か、それとも管理する実態を有する者か、という点)がぶれている面があるので、なおさらである。

*9:立法担当者の公式解説を除けば、おそらく今回の改正に関する最も充実かつ一貫した解説、と言ってよいのではないか、と個人的には思っている。