「法務」という名の船に乗って、我らはどこへ向かうのか?

先月号の予告の時点から気になっていた企画ではあったのだが*1、やっぱり読んでみたら迫力満点、そして考えさせられることも山のように出てきた、ということで、月例の法律雑誌シリーズとは別立てで、ジュリスト2019年8月号の「HOT issue」を取り上げてみることにしたい。

ジュリスト 2019年 08 月号 [雑誌]

ジュリスト 2019年 08 月号 [雑誌]

奥邨弘司=片岡詳子=北島敬之「鼎談 企業内法務の展望と戦略」*2

今回のメンバーは、日商岩井の法務からJohnson & Johnsonを経てユニリーバ・ジャパンのジェネラル・カウンセルに転じられ、遂にはユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社の代表取締役にまで上り詰められた北島氏と、パナソニックを振り出しにファーストリテイリングUSJ、そして現在のコーチ・エイに至るまで企業内弁護士として活躍されている片岡氏、そして第一線の知的財産法研究者であると同時に、企業法務部出身というバックグラウンドを活かして企業内法務の在り方について様々な提言等も行っておられる奥邨教授の3名。

生粋の企業育ちで経営の中枢にまで入り込まれ、NBLやBLJ等、他の媒体等でも「企業法務の顔」として登場されている北島氏と、真の意味での「企業内弁護士」のパイオニア(だと自分は思っている)、片岡氏を組み合わせる、という人選はBest of Bestだし、このお二人の研ぎ澄まされたコメントを引き出しているコーディネーター役の奥邨教授の進行もお見事で、これまで数々の名企画を輩出してきたジュリスト「鼎談」の中でも一、二を争う充実したコンテンツになっているから、ここであれこれ論評するより、

「とにかく買って、手に取って読んでみてください」

というのが正しい勧め方だと思うのだけど*3、それでもあえて”気になった”ところに触れつつ、以下、コメントを試みることにしたい。

「企業内法務」に一番求められているものは何なのか?

冒頭から、

「昨今の急激なビジネス環境の変化の中、企業内法務に求められる役割とは。令和時代の法務にとっての戦略とは。」

という振りかぶったリードで始まっていることもあり、本鼎談も、自己紹介からの流れで「法務の役割」の話にスッと入っていく。
前提となっているのは「かつては少し軽んじられていた」法務が「今は非常に重視されるような形に変わってきた」というトレンドで(v頁、奥邨発言参照)、この点については、北島氏と片岡氏の間にも大きなギャップはない*4

その上で、「戦略法務」や「攻めの法務・守りの法務」といったマジックワードも交えながら、これからの法務の在り方、そして、「企業内法務パーソンに必要なスキル」も含めたより踏み込んだ話に入っていくのだが、ここで出てくるのが珠玉のコメントの数々である。

「戦略というのは企業における事業戦略で、事業戦略を実現するための法務の在り方が強いて言えば戦略法務だというように、そこで(筆者注:法務のミッションはGuardianであり、Business Partnerである、という話を聞いたときに)はっきり意識しました。」
「この機能(筆者注:臨床、予防、戦略)を3つに分けて整理してしまう一番の弊害は、それでは私は臨床をやります、私は予防が好きですというように得意分野、好きな分野に特化してしまいがちなところです。企業内法務の人間は、もちろん得意分野とか専門性を持つことは大事なのですけれども、基本的にはオールラウンドでなければいけません。」
「法律家というのは分類したがるのですけれども、分類しないでありのままのビジネスの状況を受け止めて、何が役割かと考えたほうがいいのではないか。」
(以上50頁、北島発言。強調筆者、以下同じ。)

「私は、法務も『戦略的であるべき』とは思います。訴訟にしても契約書チェックにしても、あらゆる仕事において、戦略的であるべきです。」
「私は、企業内法務パーソンに必要なスキルを3つに分類していまして、①法律、②組織、③その会社、です。」
「①②③のバランスは所属する会社・組織や、各人のポジションによっても異なりますが、企業内法務パーソンには必ず3つとも必要です。法律事務所からインハウスに転向した弁護士は、私もそうでしたが、②に課題がある場合が多いと思います。」(以上51頁、片岡発言)

「我々は、何でもかんでも『リスクがあるね』と言いたがりなのです。でも、それはほとんどが心配事、ハザードなのです。その心配事(ハザード)から、実際にそれが現実的なリスクになる可能性、蓋然性をきちんと見積もり、更にそこからリスク低減のためのアクションをどのようにとっていくか、について具体的なアドバイスをすることが求められると考えています。また、リスクのインパクトを見積もる際に、実際にどのようなコントロール・メジャメントが存在しているのかを考慮して、正味のリスクを出していく。この一連のプロセスを迅速に、シャープにやらないといけない。そのためには、やはりビジネスをよく理解する必要がある。深いビジネスへの理解なしに、分析し、理論的にこの契約の条文は不利だからやめましょうというようなアドバイスだけでは、ビジネスの現場の人たちには全く響かないのではないかと思います。」(51頁、北島発言)

「リスクを取るか取らないかの判断は経営判断だと思うのです。法務部門の仕事は、できるだけリスクをあぶり出す一方で、そのリスクが秘めている潜在的な価値を見極め、従来のやり方にとらわれない革新的な解決策やリスクインパクトの具体的な低減策を、経営陣やビジネスの現場に伝え、正しい価値判断へと導くことであり、それが企業内法務としてのプロフェッショナリティーだろうと思います。」(52頁、北島発言)
多分、法務の人間が『リスクがあるからできません』と言ったら、それでビジネスの現場の人たちは従うとは思うのですが、法務部門の存在意義やサービスのクオリティについては疑念を抱くだろうと思います。かつて、ユニリーバ・グローバルの人事のトップが、法務マネージャーとは、ビジネスリーダーで法務のことをよく知っている人(”Business Leader who knows a lots of legal) という定義をしていました。法律の専門家でビジネスをよく理解している人ではないのです。」(以上52頁、北島発言)

「事業部門や経営トップが法務部門の働きや機能を十分に理解していないという点については、確かに、これは法律問題であるとか、これは法務に相談したほうが良い案件であるとかいう『切り分け』が事業部門や経営層からなされてしまい、本来は法務部門として関与すべき案件に関われていない、というのがあると思います。ただ、法務が信頼を勝ち得ていないということでもあるので人のせいにはしていられません。」(52頁、片岡発言)

かなり引用が多くなってしまい恐縮だが、それなりに長く、真摯に「法務」という仕事に向き合ってきたものであれば、ここで取り上げた一つ一つのコメントに共感できるものがあるはずだし、自らの置かれた環境を振り返って考えさせられることも多々湧いてくるはずだ。特に、北島、片岡両氏に共通する「企業内法務の人間はオールラウンドでなければならない」「組織の動かし方やビジネスに通じていなければならない」という点は、自分が一番意識し、上にも下にも口を酸っぱくして言い続けてきたことだけに、改めてこういう形で活字になっているのを見ると、非常に勇気づけられる。

そんな中、あえて突っ込みを入れるなら、片岡氏が挙げられている「必要なスキル」の3つの要素のうち「①法律」に関しては、ここで説明されている内容(「法律についての知識や実務経験」)以上に、奥邨教授が挙げられている「リーガル・マインド」の方が大事だと思うし*5、それゆえに「法務リテラシーに関しては、有資格者に一定の優位性がある」という片岡氏のコメント(48頁)にも少々首をかしげたくなる、といったところだろうか。

また、各発言者が口をそろえて、「戦略法務」とか「攻め・守り」といった切り分け方に懐疑的なコメントを述べられていることに関しては、「法務の内側」にいる者として非常に気持ちはよく理解できるのだけれど、こういったフレーズはあくまで「法務の外にいる人々」に向けて発信するために作られた言葉でもあるわけで*6、「法務の中にいる当事者がこれらのマジックワードに騙されて思考停止しないように」というところまではよいとしても、それを否定するのであれば、それに代わる何かを用意するところまで考えないと、議論を発展させることはできないような気がする*7

北島氏は、「Guardian とPartnerということになると、そのために何をするか、例えば法務部員の能力をどのように開発するか、あるいは組織としてどういう体制にするかという、とるべき施策が非常に分かりやすくなってくるのです。」(50頁)とコメントされているが、「Guardian」にしても「Partner」にしてもマジックワードであることに変わりはなく、「オールラウンドであるべき」という思想までは一応伝えられるものの、具体的に何をどこまですればよいのか、という答えは、ハイネマン氏の本を読んでも簡単には出てこないということには留意しておくべきだと思っている。

あと、(これは以前別の機会でも聞いたことがあった話だったが)北島氏のレベルまで行っても「我々は結構いろいろな意味で頼られていると思うのです。でも、本当の意味で信用されているかというところは、なかなか我々自身もよく分からないところがあります。」(53頁)と悩んでいる現実がある、ということも、しっかり受け止めておくべきなのだろう。

自分が企業内で仕事をしていた中で、最後の数年は、事業戦略、経営戦略にかなり深いところまでコミットできたつもりではあったのだけれど、それが北島氏のいうところの「信用」のレベルにまで達していたのか、達していなかったのだとしたら次は何をどう変えていけばよいのか、ということは、これからも自問自答していくことになるのだろうと思っている。

企業における「法務」のポジションと組織論

鼎談の54ページ以降は、「組織論について」という話になるのだが、ここでも興味深い話はいろいろと出てくる。

片岡氏のGCとCLOというのは違いますか、一緒ですか」というストレートな質問に、北島氏が答えているやり取りもなかなか見ものではあるが(54頁)、やはりここでも、一番ささったのは、「法務の役割」とも関連する以下のようなコメントだった。

「なぜいまだに法務責任者が経営陣の一角を占めるケースが少ないのか。これは、全くの私見ですが、(中略)法務部門の仕事は何か、ということについて、これまで、法務部門はあまり積極的に可視化を高めることをしてこなかったのではないでしょうか。」
「基本的にはボードメンバーと言いますか、あるいはそれに近いぐらいのポジションになることは、誰かからなってくださいと頼まれるのを待つのではなく、そのポジションに就いて一体何をするのかというところを、きちんと示していかないといけないのではないかと。」(以上54頁、北島発言)

「例えば契約の交渉とか、何でもいいのですけれども、お客さんと話をする、きちんとお客さんから信頼されるような法務の人間になるというのが目指すところだと思うのです。例えば、このビジネスの成立のために契約書を早く締結すべきなのであれば、メールで延々とやりとりをしているのではなく、取引先に赴いて話をしながら、どんどん決めてくるスタイルに変えるということは考えられます。このような変革を積極的にやるというマインドが出てこないと、多分、その上のポジションに上る機会が少なくなるのではないかと思います。」(55頁、北島発言)

後者に関しては、自分も非常に意識していたところで、「契約交渉がこじれたら自分たちが出ていく」というスタイルは駆け出しのころから徹底していたのだが、それをやったからといってボードメンバーに近づくチャンスが簡単に生まれるほど世の中甘いものではない*8。ただ、これからの時代、「上」を望むかどうかにかかわらず、法務だからと言って会社の中にこもって一日を終えられるような優雅な環境はもはや与えられないと考えた方が良いだろうし、その意味で「営業」的な役割までカバーできるようなポリバレントさを兼ね備えることが、「法務」が生き残る条件ともいえるわけで、この後に出てくる「自分たちの目的」の定義と合わせて、参考にすべきところは多かったように思う。

これからの「法務」の姿

この後も「鼎談」は続き、法務におけるキャリア像*9や、「司法修習後に企業に行くべきか、それとも法律事務所に行くべきか」*10、さらにこれからの企業内法務の行方に影響を与えそうな「人権」と「デジタル(AI)」の話まで行って終幕を迎える。

巻頭のカラーページを合わせて18ページ。

これだけストレートに「企業内法務」を正面から取り上げた記事が、BLJやNBLのような企業内法務に馴染みの深い媒体ではなく、「ジュリスト」という雑誌に掲載されたことは、何度読み返しても実に感慨深いことである。

ただ、大事なのは、(筆者自身も含め)こういった企画記事を「法務」に関わっている人間だけで回し読みして、「そうだよね~」と共感しあっていても埒が明かない、ということで、これから求められるのは、そこに描かれている課題や目標を、”門外漢”の人々に分かりやすくストレートに「言語化」「ビジュアル化」して伝えることだと思っている*11

どこの会社でも少数民族、かつ、おおむね非主流派。それゆえ、会社や業界が異なっても、「法務」というキーワードだけで、喜びも悲しみもそれぞれの事情も何となく分かりあえる、いわば「同じ船」に乗っているかのような感覚を味わえる良さを否定するつもりはないのだけれど、いつまでたっても古い小さいままの船に「自分が漕ぎたいように漕ぐことにしか興味ない」人がたくさん押し寄せても前には進めないし、いつか沈んでしまうだろう・・・。

それゆえ、「新しい船」を作り、それぞれの船で明快な進路を示せる「船頭」を少しでも多く育てていくことがこれからのミッションだ、と自分は信じてやまないのである。

*1:最近の法律雑誌より~ジュリスト2019年7月号 - 企業法務戦士の雑感 ~Season2~の最後の「なお」以下参照。

*2:ジュリスト1535号ⅱ頁、48頁以下(2019年)。

*3:特に、今まさに企業内であれこれ悩んでいる法務部門のマネージャー層と、これから企業内法務の道に進もうかどうか悩んでいる学部生、法科大学院生、司法修習生にとっては必読だろう。

*4:なお、お立場的にはJILA的なポジショントークに走っても不思議ではない片岡氏が「インハウスの増加により企業内法務に変化が起きたかというとそれはちょっと違うと思っています。」(48頁)とズバッと言い切られているところが素晴らしいな、と個人的には思った。

*5:端的に言ってしまえば、「知識」が備わっていなくても、「この説明の理屈はおかしい」とか、「正義衡平の観点からバランスが悪い」という点にビビッドに反応できさえすれば、最低限法務の仕事は務まる(逆にいくら法律知識があっても、そこで反応できないようなら法務担当者としての存在意義はない)ということである。もちろん、5年、10年やって「私は法律は分かりません」だと困るが、ベースとなるマインドやセンスがしっかりしていれば、全く法律の前提知識がない状態で着任しても、短期間のうちに必要な知識は吸収できるし、そうやって企業内で育てられてきた足腰の強い法務担当者を自分はたくさん見てきただけに、「有資格者だから重宝する」という文化には全く賛同できない

*6:分かりやすい例として、「法務の人員を増やしてください」と何度人事部門に要請しても相手にしてもらえなかったのが、「攻めの法務、戦略法務を実現するために〇人要員が必要なんです」というと、一気に2~3人要員増になった、という実話もある。目くらまし、と言われようが、そういう術を駆使しないと組織を守り育てることはできない、という現実があることは忘れるべきではない。

*7:ちょっとした言葉の「定義」等にやたらこだわった結果、何ら生産的な結論を生み出せずに時間を浪費する、という法務の人間だけで議論するとよく陥りがちな話になってしまう。

*8:そもそも、外で営業をやっている人間より、社外の人間とはほとんど接点を持たない他の管理部門の人間の方が上に行きやすい会社でもあったから。

*9:その中で北島氏の十八番、「Wordがよくない」のネタも登場(58頁)。あと、片岡氏の「仕事の報酬は仕事である」の一言も決まっている(57頁)。その後に続く「法務職人として50歳、60歳まで活躍するというのは今のところなかなか難しい」というのは厳しい言葉ではあるけど、容赦なく襲ってくる現実でもある。

*10:この点に関しては、片岡氏、北島氏ともに「縁があればさっさと企業に行った方が良い」と口を揃えておっしゃっていて素晴らしいな、と思った(59~60頁)。奥邨教授は「事務所から企業は行きやすいが、企業から事務所は難しい」という趣旨の発言をされているのだが、事務所経験がほとんどない状況で入社した社員が数年後に名門法律事務所に転職する、というパターンは結構いろんなところで目にするし、きちんと会社の中で経験を積んでいれば引く手はあまたある(もっとも企業内で経験を積んだ人間に、わざわざ既存の法律事務所に行くようなモチベーションが生まれるかどうかは別の話)、というのが実態だと思うので、そこはあまりバイアスをかけた情報にしない方が良いのかな、と思うところではある。

*11:こういうことを言うと、「そもそも、お前の書いている紹介記事がダラダラと長いじゃねーか!」と厳しいお叱りを受けることは避けられないのだが、そこはTPOに応じた(?)使い分け、ということでご容赦いただければ幸いである。

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