それぞれのストーリーが完結した日。

夏の全国高校野球選手権決勝、「大阪代表の履正社が星稜に勝った」と聞いた時点で「何か」が起きそうな気がしたのだが、やっぱり起きたようだ。

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もしかしたら、今大会に入ってからメディアが作ってきたストーリーや、この日の実況中継の流れの中には、「星稜のエース・奥川恭伸投手を取り巻く物語」がかなり色濃く登場していたのかもしれないし、「エースの力投で石川県勢が悲願の初優勝!」というシナリオが崩れて甲子園に微妙な空気が流れていた、というような状況があったのかもしれない。

だから、それまでに作られてきた”ストーリー”の流れの中で現場にいたインタビュアーにとっては、「奥川(恭伸)投手はすごいピッチャーでしたか?」という質問とか、「相手も素晴らしい決勝戦を戦ってくれました、星稜高校もぜひ褒めてあげて下さい」という質問もごく自然に出てきたもので、同時に、それまでの流れを全部追いかけていた視聴者の中には、そこに共感した方も少なからずいた可能性はある。

だが、そういった「作られた文脈」から切り離されたところにいる普通の視聴者(や、そもそも試合自体見ていなかった自分のような者)が、ここでのインタビュアーと選手との一問一答を冷静に眺めれば、やっぱり違和感は抱かざるを得ないし、これだけの批判が出てくる方が、むしろ健全

思えば、出場校のレベルの高さ、選手層の厚さゆえに、そうでなくても、”ヒール”役になりやすいのが大阪勢で、特に「プロレベルの選手を揃えた常連校」が「一人エースの地方公立校」と戦った昨年の大会などは、優勝した大阪桐蔭の側に、気の毒なくらいの逆風が吹いていた*1

今年はどちらも私立校ではあったものの、大会前から注目を浴びていたのは今大会頭一つ抜けた存在だった奥川投手だったし、「星稜」という校名を聞くと、

山際淳司が描いた箕島高校戦での延長18回サヨナラ負け*2
明徳義塾戦での松井秀喜選手全打席敬遠。
・さらにその数年後、2年生エース・山本省吾投手を擁して勝ち上がった決勝戦での惜敗*3

と、何となく悲劇性を帯びたエピソードを思い出す人も多い*4から、やっぱり応援の声は、「大阪府代表」の履正社よりは星稜の方に向く。

でも、日経紙の今朝の朝刊等でも取り上げられていたように、決勝で勝ったチームにも、当然、涙なしには語れない歴史があるわけで・・・。

「大阪福島商から履正社に校名変更した4年後の1987年、監督に就任した。当初は部員が11人で、うち3人は卓球部などと掛け持ち。「学校の名前すら知られておらず、どこにいっても相手にしてもらえなかった」そこからT―岡田(現オリックス)、山田哲人(現ヤクルト)らの入学で少しずつチーム力を上げ、ついに成し遂げた春夏通じて初の全国制覇に「夢のよう」。33年の労苦が報われ、万感の面持ちだった。」(日本経済新聞2019年8月23日付朝刊・第37面、強調筆者、以下同じ。)

春の選抜で2度の準優勝を誇りながら、「1つ」しか枠のない夏の甲子園にはこれまでわずか4度しか出場できていない*5、そんな厳しい環境の下で選手たちが己を磨き上げ、頂点にたどり着いたのだから、それを褒めたたえずに何を称えろというのか*6


スポーツでも映画でも演劇でも、背景にあるストーリーを知って観た方が、目の前で起きていることを数段奥深く味わうことができるのは間違いないし、それを分かりやすく伝えるのがメディアの役目でもある。

ただ、そういったストーリーは、そこにいる競技者、演者の数だけ存在するのであって、(どれを優先的に伝えるかはメディア側の自由だとしても)どれか一つのストーリーだけ切り取って、別のストーリーを持っている「当事者」に押し付けるのはちょっと違うし、競技そのものを超えたストーリーの補強を「当事者」に求めるのであれば*7、その当事者にふさわしいストーリーを持ってこないと、当事者本人に対しても、本人を支える人、応援する人に対しても非常に失礼なことになってしまう

その意味で、この先、ラグビーのW杯や、来年のオリンピック・パラリンピックと、大きなスポーツイベントが迫っている中、今回のような問題が指摘された、ということには意義があるのではないだろうか。

そして、こと、今年の決勝戦に関して言えば、どちらの側からのストーリーを描いていた人々にとっても十分満足できるような実力伯仲の好試合だった、ということで、率直に両校の選手と関係者を称えるのが一番素直な態度ではないのかな、と思った次第である。

*1:結果的には、むしろ「痛快」なまでの実力差を示して春夏連覇の偉業を達成してくれたわけだが・・・。k-houmu-sensi2005.hatenablog.com

*2:自分はこの試合をリアルで見た世代ではないが、山際淳司さんの作品を初めて読んだ時、同じ短編集に収められている「江夏の21球」より、こちらの作品(「八月のカクテル光線」)の方に強い印象を受けた記憶がある。

スローカーブを、もう一球 (角川文庫)

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*3:ちなみに、あの頃はちょうど北陸を旅行していて、敦賀気比と星稜がベスト4まで勝ち上がっていたこともあって、地元は想像を絶する盛り上がりを見せていた。

*4:箕島高校はともかく、90年代に敗れた相手(明徳義塾、帝京)がいずれも甲子園常連で、ヒール性が強い学校だった、ということも、星稜の人気を後押ししている面はあるような気がする。星稜高校とて、地元では「甲子園常連」の私立高校ではあるのだけど。

*5:そもそも春のセンバツで準優勝した2014年、2017年のいずれも夏の大会の大阪府代表は大阪桐蔭高校で、甲子園に戻ってくるチャンスすら与えられなかったのだ。

*6:あとで映像を見たのだが、井上広大外野手が放ったスリーランホームランも実に見事なものだった。奥川投手に連戦の疲れがあったのは確かだろうが、それを差し引いても、あの一打でプロへの切符は掴めたような気がする。

*7:それ自体、個人的にはあまり好きではない手法ではあるのだが・・・。

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