仕掛けて散った者の潔さ。

いよいよ残り一年を切って、東京五輪の代表争いも本格化、ということで、連休の真ん中の日に、東京のど真ん中で、「マラソングランドチャンピオンシップ」(MGC)なる一発選考イベントが行われた。

ラソンの代表選考に関しては、過去の五輪でたびたび「暗闘」劇が繰り広げられてきていたし*1、「一発選考にすればいいじゃないか!」というごく真っ当な意見も、様々な大人の事情で採用されないままズルズル来ていた(皮肉なことに、ここ何度かの大会では選手層が薄くなり、国内での関心も薄れたために「波乱なく」決まる形になってしまったが)。

それが、男女合わせて僅か40名程度の選手たちのために、23区内のメインストリートに交通規制をかけて「一発勝負の予選」を開催することができるようになったのだから、「東京五輪」の錦の御旗は何と強力なのだろう・・・と思わずにはいられない。

もちろん、「MGC出場権」を得るための大会の多くは、老舗のスポンサーが主催する「○○国際マラソン」大会だったし、「上位3人」ではなく、「上位2人のみ確定、残り1枠は今後のレースの結果次第」という形にしたのも、この後に控える「○○国際マラソン」大会の主催者に配慮したから、なのだろうが、

「実力上位者のみが出られるレースを、本番に限りなく近い環境の下で開催して、最上位とそれに次ぐ成績を収めた選手に五輪出場権を与える」

というのは、今考えられる方法の中ではベストなわけで、それを実現させた関係者のご尽力には、率直に敬意を表したい。

その上で、肝心のレースの中身の感想だが・・・


女子の方は、10人という少人数で行われたレースだったこともあり、暑さに強い選手(2017年北海道マラソン優勝の前田穂南選手(天満屋)と2018年の北海道マラソン優勝者の鈴木亜由子選手(日本郵政グループ))が順当に五輪切符を掴んだ、という結果となった。

もちろん、序盤の早いペースから離れて後方待機に回ったダイハツ松田瑞生選手が、中盤から一時はあわや、と思わせるような巻き返しを見せたり(4位)、ほぼ順位確定、と思われた最終盤になって、優勝した前田選手の天満屋の同僚(しかもキャリアは一回り上)である小原玲選手が「気付けば4秒差」まで猛追して3位に入ったり、とドラマはあったのだが、前田選手の勝ちっぷりが実に鮮やかだったことに加え、2位に入ったのが既にトラックで五輪出場実績のある鈴木選手だった、ということで「順当感」がより強くなった印象である*2

一方男子は、昨年からの1年ちょっとの間に日本の歴史を塗り替えてきた前日本最高記録保持者・設楽悠太選手(Honda)と、現日本最高記録保持者・大迫傑選手(Nike)が、いずれも派手に仕掛けた結果枠を逃す、という実にスリリングな展開に。

スタートするなり、2月の東京マラソンを彷彿させるような豪快な飛び出しを見せた設楽選手の場合、視聴者、観戦者は皆「このペースで逃げきれたら凄いなぁ」と思いつつ、「最後には失速して捕まる」イメージをもって見ていたはずだから、意外感はまだそれほどでもないのだが*3、断然本命と目されていた大迫選手の場合は・・・。

逃げる設楽選手を辛抱しながら追いかけていた2位集団の中で、大迫選手は終始淡々と走っていたように見えたし、後続に一度追いつかれて、追いついた中本健太郎選手(安川電機)がスパートを仕掛けたり、設楽選手を捉えるタイミングで鈴木健吾選手(富士通)が引っ張る形になった時も、難なく付いていっていた。

そして、40キロ手前で優勝した中村匠吾選手(富士通)が仕掛けたロングスパートに一瞬置いていかれたものの、すぐさま追い上げを図り、あのバネの利いたダイナミックなフォームで並んでいた服部勇馬選手(トヨタ自動車)を置き去りにして一気にトップに迫った時は、これで順当に彼が勝つだろう、と自分も確信した。

それなのに、まさかの失速、そして再逆転での3位・・・。

自分は、ここ数年、国内のマラソン大会をあまり見ていなかったこともあって(加えて正月は外国にいる関係で、実業団駅伝なども見ていなかったりする)、MGCで走っていた選手たちの記憶も彼らが学生だった時代まで遡らないといけなかったりするし、逆に、駒沢大、東洋大早大という一昔前の箱根駅伝を彷彿させる顔ぶれ、しかもいずれの選手も学生時代から名の知れたエースだったことが、まだ意外感を軽減している*4という面もある。

ただ、やっぱり、米国を拠点に活躍し「日本最強」の評価をほしいままにしていた大迫選手が敗れて、「実業団で普通にやってた」印象のあった中村匠吾選手が優勝した、というのは、ちょっとサプライズだったかな、と思わずにはいられない。

大迫選手にしても、設楽選手にしても、「足の使いどころ」のタイミングをもう少し変えていたら、全く違う結果になった可能性は当然あるわけで、傍から見ている人は「レースの準備」とか「レース戦略」云々といった話をしたがるのだけど、彼らとて、悔いなく走りたいように走って、その結果「見せ場」を作れたのだと思うので、外野がとやかく言っても仕方なかろう。

そして、男子に関しては、この後の最後の1枠のために設定された「2時間5分49秒」という派遣設定記録*5を見ても、「どう転んでも大迫選手が選ばれる」設定に元々なっていたんじゃないかな、と思うところなわけで*6、「3位」の枠で五輪に行くか、もう一度走って文句なしで枠を取るか、はともかく、最後は順当に五輪代表に収まるだろうと思っている*7


最後に、今回のイベントが今年一度限りのものなのか、あるいは、これからも続いていくものなのか、は、まだはっきりしないところが多い。

だが、仮に五輪本番で、MGC経由で枠を取った選手が1人、2人メダルを取れるところまで行けば、今回のイベントが大成功だったことを改めて示すことになるし、今後の五輪代表選手選考の際には、必ず何らかの形でこの種のイベントが定着するのではないかと思っている*8

そんな良いサイクルがうまく回っていくことを信じて、これからの一年を見守ることにしたい。

*1:自分の記憶だとバルセロナ五輪の時の松野明美選手が最初なのだが、実際にはさらにもっと昔まで紛糾の歴史は遡るようである。

*2:もちろん、持ちタイムだけ見れば、2分21秒台を持っている安藤友香選手もいたのだが、2年前の世界陸上で不発に終わった印象が強かったこともあり、今回もそこまで波乱、という印象は受けなかった。

*3:競馬で「派手な逃げ馬」が惨敗しても、その結果自体には誰も驚かないのと似たような話かもしれない。そのまま逃げ切って優勝してしまったり、逆に逃げられずに惨敗したような場合は、それなりのニュースになるのだけれど・・・。

*4:大学の名前だけ見たら、早大が3番目でも全く不思議ではないから・・・。

*5:大迫選手が持っている日本記録が2時間5分50秒だから、歴代日本最高記録を更新しない限り、最後の1枠を奪い取ることはできない。

*6:これ以降の選考が「順位上位」で決める方式なら、持ちタイムが遅くても駆け引きに長けた選手が勝つ可能性はあるのだが、「タイム」で決めるとなると、このレベルの数字で走れる選手は限られているから、事実上、「大迫選手の救済枠」という色彩を帯びるのではないかと思っている。

*7:逆に女子は、現在の日本最高記録からはちょっと遅れたタイム(2時間22分22秒)が派遣設定記録になっており、来年の大阪女子あたりにターゲットを絞ってもう一度走らないと予断を許さない、という状況にある。

*8:東京でやるのは大変、という声もあるが、今回はたまたま翌年の五輪が東京開催だから「東京」のど真ん中でやる必要があった、というだけで、次回以降は開催しやすいところでやればいいじゃないか、と思うところ。荒川の河川敷でもどこでも。

google-site-verification: google1520a0cd8d7ac6e8.html